7.始まりの火
神ゴウベンの伸ばした手の先で、暗闇の宇宙空間を焼き切り一筋の線となって現われたのは白熱した一振りの槍だった。
「火槍ホスケイトス。これは君たちの槍だ。そうだね? トハイエズ・シイル」
ゴウベンが横目に見た方角は火星の傍。
そこではボロボロになった赤い衣の少年クベルの胸ぐらを易々と掴む拍子抜けしたシイルがいた。
「……なっ?」
その時代、史上最強の許約者とまで云われるほどのクベルの持てる最大火力を潜り抜け、更にそこから捻じ伏せてみせた覇星の少年。
そのシイルでさえゴウベンの浮遊させる火槍を見ては驚愕の色を隠せない。
「説明しておこうか。これは火槍ホスケイトス。彼らギガリスの創りだしたもう一つの槍、水槍ペンティスラと対を成す「始まりの火」を封じたとされる槍だ」
「始まりの火……」
ゴウベンはまだ痛みがあるのか未だに喉元を抑えている昇を見る。
「君たちにとっての始まりの火とは何かな……?」
その問いに対する答えは様々にあるだろう。
「それは君たち人類が古代に初めて手にした最初の火か、それとも地球に恩恵をもたらした四十六億年前の太陽の火か、はたまた……」
「この宇宙を……最初に始めたあの……「始まりの火」……?」
呟いた昇の言葉にゴウベンは笑う。
「宇宙起源。
……それが君たちのこの宇宙の始まりに対する答えだったね。
しかし、君たちの言うその百三十八億年前の宇宙起源が実は宇宙史上、四十七回目の宇宙起源爆発だったという事実は知っていたかな?」
その発言は昇だけではなく、この宇宙空間に漂う少年少女たちにも今までにない衝撃を与える。
「一番初めに起こったのは今から約九千四百億兆九千億年前、原初の開闢と呼ばれるものがそれだった。
そしてその四百五億兆八千億年後に次の火、宇宙起源が起きた。
二回目からの宇宙起源は全てただの宇宙起源、宇宙再起源と呼ばれる。
何故だかわかるかい?」
茫然となる昇にゴウベンは問いかけた。
「全ての現実空間を総べる真理学法則、原理学法則を布いたのが原初の開闢だったから……?」
「その通りだよ。逆に言えばその後のビッグバンは全てその役目はただの黒板消しに過ぎないものだった。
最初のビッグバンによって創られた黒板の、その落書きを消すためのね」
「落書き……?」
「そう、私たちのこの現実世界というものは全て、宇宙起源にとっては落書きでしかない」
悠々と語るゴウベンに昇はかみついた。
「じゃあチョークはっ?
黒板があるならチョークもいるはずじゃないですか?
そのチョークでビッグバンの黒板に誰が落書きを書くんですか?」
こんな質問はただの直情的な子供の思考だ。
しかも、ただの屁理屈でしかない。
そんなことは分かっているが昇はどうしても言わずにはいられなかった。
「そこにあるだろう? 君のそれは一体何だい?」
ゴウベンが指を差すのは昇の持つ本。
昇は自分の持つ指摘された本を借り物に触れる目で見た。
皮肉に笑みがこぼれるゴウベンは続ける。
「君のその本は私のこの本と同じ真理媒体と呼ばれるものだ。
そしてそこの太陽やこの銀河系、向こうの地球、月などの惑星・衛星も、大なり小なりの魔動発圏機関、あるいは魔動媒体と呼ばれる天然の魔動装置でもある」
「魔動……装置……」
「そうそう。彼の持つ剣も魔動媒体の一種だ。
クベル・オルカノ、時代で言えばそうだなヴァルディラ紀とでも名付ければいいのかな、今から約二十三億年前の地球の時代だ。
彼の剣は許約剣と呼ばれる。
その一振りは太陽の百十分の一の出力に匹敵するとされるギガリスの遺し魔導遺産、圧縮剣だよ。
まあ今は、真理が真理を付与させて出力規模を真理剣にまで拡張してあるだろうけどね」
ゴウベンはちらりと転星付近、章子のいる方角を覗く。
「昇くん、君は魔術というものがどういうものかよく分かっているだろう。
今ここで一番身近な魔術を言ってみるといい。
ほら転星の傍で女の子たちも見ている。
格好いい所を見せるチャンスだ」
顔先で高揚を煽るゴウベンだが昇はただ模範的に答えた。
「光合成。……小学校の頃、一番不思議だったのはそれだった」
「いいね。味気ない光合成を光合成と魔術らしく呼ぶのは中学生らしいよ。
そして、その通り光合成を行う植物こそは君たち人類にとっては一番身近な天然の魔動生物だろう」
「今は……地球の大気構成とかが科学的というよりかはその先の魔法的だとは思ってきてた」
「人間が厚着した時の物理的に作られた層もないのに地球大気が成り立っていることに君は科学ではなくその先にある超科学《魔法》を見ていたわけだ。」
合点がいったのかゴウベンは今まで漂わせていた火槍を初めて掴み自分の元に寄せる。
「そして、その独走的な君の発想力は星の瞬きと存在をヒントにとうとう光より速い物にまで辿り着いた。位置エネルギー、そして……「事」」
その言葉を聞いて昇ははっ、となる。
「そうだよ。それで合っている」
ゴウベンは火槍を振りかざす。
「事……これがこの世界を最も絶対的に宇宙の彼方から宇宙の彼方までを瞬時に繋ぐものだ。
その中に位置エネルギーの伝導速度があり、引力、光の伝播速度がある。
君はすでに光よりも速い物差しを手に入れていた。
だから、これだけ光の速度を超えて太陽系を跳び回っても転星や地球との時間がズレることもない。
なぜなら太陽系全ての出来事を「事」として自分たちの「事」と同軌させているからだ。
「事」は光よりも位置よりも速い。
その「事」同士を同軌させていれば例え光速を超えてもそれらの時間軸同士がズレることは絶対にない」※
「だから……光速の距離よりも巨大な天体は位置と事の速さによってこの宇宙で存在できている……?」
昇の独白はもはやゴウベンの肯定だった。
「だが君にはまだ辿り着いていないものがある……」
それがこれだ。と神は言った。
「今まで私や君たちが使っていた魔術、魔法、真理学における相転移機動を始めとした超能力、それらの超科学が使用する考えきれない天文学的なエネルギーは何処から来てると思う?」
昇にはまだその答えが分からない。
「変だとは思わないかな?
例えば君たちのエネルギー保存の法則だ。
何のエネルギー消費もなく、物質がエネルギーに、エネルギーが別のエネルギーに変換できるなんて、そんな都合のいい魔法のようなファンタジー小説みたいなことがあると思うのかい?」
その物言いは何処か恐ろしい反作用を仄めかしているようで恐ろしい。
「何かが何かに変換されるたびに本当はどこかでエネルギーが消費されている?」
「しかし君の世界はその消費されたはずの無くなったエネルギーを観測すらできていない。
それどころか消費されたエネルギーがどんなエネルギーかさえ分かっていないだろう。
なら……消費されたエネルギーとはまったく別のエネルギーがどこからか供給されていてそれがエネルギー保存の法則をエネルギー供給的に補完し現実的に保存させているように見せかけていると考えた方がよほど自然じゃないかな?」
ゴウベンの眼窩は全てを見透かしているようで昇を震え上がらせる。
「そしてその答えに今、君は辿り着いた。もう知っているね? ……そうだろう?」
「……宇宙は……増大している……?」
ゴウベンは歓喜する。
「その通りだ。
宇宙は膨張しているんじゃない。
宇宙は増大しているんだ。
物質的にも、エネルギー的にも!」
神は天頂まで掲げてみせた火の槍の先をそこで立ち止めた。
「その答えがこれだ」
「そんな、まさか……ここで……?」
「お母さんッ、それは待って!」
「起こすよ……。君に止められるかな?」
神は言った。
「ここを新たな宇宙の起原点にする……!」
神の決意は固い。
「止められるかい? 半野木昇くん?」
神はその標的を見つけた。
「これが宇宙史上四十八回目の宇宙起源開始だ」