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神の創りし新世界より B  作者: ゴウベン
第一章 「光の羽根の少女」
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6.木星の海

 太陽系の彼方に光が見える。

 その光は小さく瞬き、しかしそしてどの系内惑星よりも強く力を放っていた。 

 それは薄緑色の天王星の手前。

 その引力圏内の宙空で半野木昇はゴウベンの杖を受けていた。

 手に持つのは先ほど出現させた真理の剣に最初から持つ真理の書。

 エネルギー相転移となった今の状態で、迫りくる神の魔の手から逃れ逃れて今やこんな太陽系の果ての一歩手前まで押し出されていた。

「さっきまでの威勢はどうしたのかな。防戦一方じゃないか」

 神の杖を受ける少年の剣は鍔迫り合いのままに押される。

 宇宙空間における真理学戦闘中のその位置に留まる力は行使する真理操作力に左右される。

 ゴウベンの体を押す黒い真理の力は昇の込める真理の力を圧倒していた。

「このままでは海王星軌道を抜けて太陽系を抜けるよ?」

 歯噛みする昇は一旦退がり、押力が逃げた瞬間に宙を蹴った。

 追いかける神から逃げるように上昇した天頂から真横に跳んで黄道面に沿い夏至点の方角を目指す。

 剣とは反対の手にもつ本を光学表示的に操り今ある惑星の位置は全てリアルタイムで直視できている。

 今は天王星が太陽系の北(秋分点)、海王星が南東(春分点と夏至点の間)、木星が西(冬至点)の方角に散らばっている。

 だから今はここから最も直線距離で近い土星を目指した。

「太陽系は……広いっ」

 広いが狭い。

 光速を軽く超えた真理学機動のその跳躍はその気になればたったの一歩で太陽から海王星までの超天文学距離さえ一瞬で跨ぎ越す。

 質量を持つ物体は光速を超えることはできない。

 昇の世界ではそう言っていたが、実際にはエネルギー相転移を行えばその限りではない。

 エネルギー相転移とは物質をエネルギーに、あるいはエネルギーを別相のエネルギーに相転移させ維持させた現象のことを言う。

 それは、かの有名な質量をエネルギーにする「核反応」や「エネルギー保存の法則」におけるエネルギーを別エネルギーに変換させる現象とはまったく次元が異なる。

 例えばエネルギー相転移は、人間の体内構成を維持したまま質量だけを限りなくエネルギー状態に相転移させてほぼ幽体に近い、目に見えないエネルギー状態の人間とすることも可能である。

 突き詰めれば質量を持たない情報生命、エネルギー生命体とまではっきりと言い切れるほどに昇華可能であるエネルギー相転移という科学技術。

 その通り、今や、少年やそれを追う神ゴウベンは、質量の無い情報のみの情報エネルギー生命体とでもいうべき姿へと変貌を遂げていた。

「だがそんなエネルギー生命体の根幹を成すものとはいったい何かな?」

 土星の環。

 その暗闇に浮かぶ星と星環を背景にして昇はゴウベンの振りかざされた杖を受け切る。

「これは真理学の問題だ。答えてもらおう、半野木昇くん。

 エネルギー生命体は何を基点にしてその存在を保持している?」

 圧力を強めていく杖を剣で振り払い昇は答える。

「位置エネルギーだ! 位置エネルギーは光の速度さえも超えてこの宇宙を繋ぐ相互作用エネルギー!」

「正解だ。言い換えるなら位置エネルギーとはこの宇宙におけるただ一つの固有なIDナンバー。その位置エネルギーが消えない限り、十分な科学技術があれば君たちは何度でも蘇ることができる」

 宇宙の天頂へと跳び上がった昇にゴウベンは指を向ける。

「それでは正解した君へ私からの贈り物だ。受け取ってくれるかい。銀河の端から端までも一瞬でつなぎ、釣り合いを取って見せる位置エネルギーに乗せた惑星規模の荷電粒子魔術ブリューナクを」

 ゴウベンの手が惑星を操るように虚空に指示を出す。

「行くよ。太陽系に存在する全天体からの光が荷電粒子の矢となって君に向かう」

 そのセリフを聞いて昇は見た。

 彼方から巨大惑星の口径そのままに黄色の一閃が昇の脇を掠めるのを。

 放ったのは大規模に粒子群を一点に集める木星。

 そして背後から土星からの荷電粒子が突き抜け、ついでその環を構成する小衛星群からも絶え間ない粒子閃光がサーチライトのように昇を追いかけ幾つもの薙ぎ払いをかける。

 遠く海王星や天王星、果ては地球や転星からも、ほぼ同じ惑星幅の砲撃を受けた。

 そして地球や転星と同じ同一公転軌道上にある地球と同じ青い惑星をした覇星ギガリス。

 そのギガリスさえも例外ではなく、太陽系の全ての天体が荷電粒子の砲台となって昇を補足している。

(少しかすった……)

 しかしそれすらも身体をよじり辛うじて避け、焼け溶けてほつれた肩口の昇はもう一度跳躍しその場を離れようとする。

 位置エネルギーは位置エネルギーによってのみその傷を負う。

 それはエネルギー相転移状態の現在の体でも例外ではない。

 だから喫緊の問題は外太陽系と内太陽系にある木星と火星の間。

 アステロイドベルトからの一斉斉射。

 これらは速射の効く小回りのいい小口径だろう。

 巨大な惑星砲撃とは違いこれらを躱すには連続的な多角跳躍しかない。

(荷電粒子を弾く魔動領域マキス・フィールドは全面的に展開しているからある程度の荷電粒子は被弾しても構わない……)

 だが一度でもアステロイドベルトからの斉射に嵌まれば、そこから逃げ出す自信が昇にはない。

「アステロイドベルトからの射撃はただの小銃射撃じゃないよ?」

 そっと昇の背後に現われたゴウベンは耳元で呟く。

(撒くことができない?)

 そう思う前にアステロイドベルトからの弾道が来た。

 荷電粒子の弾道は鳥の群れのように群がりあらゆる方角から昇に向かってくる。

「これは……荷電粒子弾道弾ビームミサイル?」

 自動追尾性能を弾頭部へ魔導的に付帯させた荷電粒子の流星雨。

「荷電粒子が位置エネルギーに乗り光速を超えてやってくるだろう?

ほら太陽からも来るよ」

 その巨大な口径、太陽からの荷電粒子が、か細かい粒子群も巻き込み太陽系の黄道面を一直線に貫く。

 通常の光なら五十分はかかる距離をこの荷電粒子は一瞬だった。

「私の使う荷電粒子魔術ブリューナクには全て私なりの真理学を付帯させている。だから全てにおいて届くのは一瞬だ。太陽系の端から端まで、いや銀河の端、宇宙の端までも一瞬でその威力を届けて見せよう。それだけ位置エネルギーの届く速度は光よりも速い。

 しかも位置エネルギーに乗せたこの荷電粒子は触れれば今の君さえも容易に呑みこみ、貫き、熱溶させることができる」

 そして握る手の平を荷電粒子を潜り抜けた昇に見せる。

「私の手の中には宇宙の欠片が入っている」

 その闇の手が昇の喉元を掴んだ。

 その状態のまま一直線に跳んで向かった先は木星だった。

「正直に言えば君は知りすぎたんだよ……」

 目の前に迫った木星も構わずにゴウベンはその茶色の大気大海に迷いなく飛び込む。

 喉首を掴まれたまま昇は木星の内部へとどんどん沈んでいくのを実感していく。

 飛び込んだ星の海は木星色のガス雲、そこから遠くなっていく煙の先の地上の光。

 沈められていく周囲の大気はやがて真っ暗になり圧力を強めていく。

 昇は木星の深海に堕ちこんでいった。

 息苦しくなり口から有りもしない酸素の泡が出る。

 そしてようやく気が遠のいて、意識まで堕ちようとしたとき、とうとうそこで木星の反対側にでた。

 酸素があるわけでも無いのに、その息苦しさから解放されたからなのか、息も絶え絶えにゴホゴホと咳き込む。

「私はね、昇くん……君には死んでもらうつもりだったんだ」

 太陽を背にした、それは唐突な神の告白だった。

「だけど、それはなにも今すぐにというわけじゃなかったんだが……気が変わった」

 そして神ゴウベンは昇を放し横に手を翳す。

「もう少しできると思っていた私の期待を裏切った罰だよ。昇くん。これじゃ単なる弱いものイジメだ……」

「いけない!」

 遠くから神の娘の声が聞こえてくる。

 だが神はただ笑っていた。

「君に期待していた私がバカだったということかな?」

 神の言葉が暗闇の宇宙に響いていた。


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