15.それぞれの過去
地球で七番目に栄えた文明社会である現代社会と過去の時代が一つになってから半年が過ぎていた。
章子たちは今、他の世界の大陸に迷い込んだ他世界の野生生物の帰巣的な対応に遣使の一員として試験的にだが着手している。
その主な活動任務は殆ど他世界に侵入した第六世界の巨大生物を本来の生存圏に戻すことだったが、思いの他、章子の出身世界である現代世界を合わせた七つの世界を取り囲む未知の新超大陸の地質、生物調査も先遣調査隊としての役目も同時進行で進められていた。
今ではひと月に一度、この新世界のどこかで開かれている新世界会議によって、章子たち遣使に課せられていく任務は着実に増えていっている。
章子たちには瞬時にこの転星の裏から表まで行き来できる移動手段、エネルギー相転移機動があるからといって、その仕事量は普通の国際職員から見ても悲鳴を上げるほどの膨大な量にのぼった。
「ここにも第六世界の大型生物が辿り着いた痕跡がある……」
章子は昇と同じ紺色の衣を纏い地面に残る巨大な竜の足跡を撫でて言った。
「検疫の精査は問題ないわ。
私たちの体内にも新種の細菌、ウイルスが約二百三十種類ほど、この超大陸に上陸してから確認しているけどそのどれもに致死性の毒性、感染性は認められない」
周囲に自分独自の紫色の光で表わされる光学空間表示を目で流し見て呟くオリル。
「まずは地形の記録からだな。
この新世界に転移してから人工衛星技術だけは綺麗に喪失してしまった。
だからまずはこの新世界超大陸の詳細な地形の記録情報だけでもまずは欲しい」
「それと並行してある程度の生物調査も必要だね。
侵犯行動生物だと思ってた生物が実は地元の新種生物だったなんて話になったら目もあててられない」
カネルやクベルも自分たちがもつテキストファイルとにらみ合いながら、互いが互いの会話を挟んで一つずつ膨大な量の任務を着実にこなしていく。
「……どうやらこの近くに砂浜があるようだ。
そこで一息、休息をとらないか?
新しい情報をこうも精査して記述を繰り返す作業を続けているとどうも肩が凝ってしょうがない」
提案したカネルに周囲の五人も頷いた。
話し合っていたのは日本の渓流に似た地形に生い茂る亜熱帯の植物。
涼しさと暑さが介在しているこの不思議な環境で渓流の岩場から下流に向けて章子たちはすぐに移動を始めた。
そして流れる新緑が切り開かれた頃。
目の前に広がるのは透き通った青い海と白い砂浜だった。
「ここで休憩をとろう。
一時間もあれば十分じゃないか?」
遣使の証しである紺色のコートを脱いでカネルは即座に肌の顕わになった水着を着用していた。
「水着なんて用意してたの?」
「固体魔法だ」
そして章子や真理、オリルまでもが次々と自分たちの好みに合った水着姿に変わっていく。
「ひょっとして、ここに来る前からこういう事って考えてた?」
唖然とする昇に振り返ったオリルは当然とばかりに頷いていた。
「勿論でしょ。ほら後ろのクベルだってもう泳ぐ格好になってる」
オリルが楽しそうに指を差した先では昇と一緒にいたはずのクベルまで水着姿に変わっていた。
「クベルも共犯か……」
「いいじゃないか。
たまにはこういう息抜きもないと息が詰まるよ」
軟な印象のあるクベルの体つきだったがいざ裸になってみるとそれなりに肉質の引き締まった体つきをしている。
昇を覗いた五人は章子から情報得てビーチボールや浮き輪なども固体魔法から造りだして、青い浅瀬の海で遊び始めている。
「いいな。私たちもお邪魔させてもらおうか」
「いいわよねっ? 章子っ」
どこから現われたのかギガリスのシイルとミルも水着姿で現われて章子たちの遊戯に加わっている。
「ギガリスもこういうのには抜け目がないんだな……」
如何に覇都とはいえこういう行楽にも興味があるのは意外な驚きだった。
そして一人章子たちの環に入れず、突っ立っている昇をよそに、海水をかけ合ったりボールや浮き輪で各々が海を満喫してる中で章子は隣ではしゃぐ真理に語り掛けていた。
「真理は昔に生きていた本来のオリルやカネルの生涯も知ってるの?」
それは前々から疑問に思っていたことだった。
章子の真剣な問いでそれまではしゃいでいた真理も急に動きを止める。
「知ってますよ。知りたいですか?」
真理の問いかけに章子は少しだけ狼狽えてしまった。
「昔のオリルは……誰かと付き合ってたことがある?」
章子の問いに真理は少しだけ驚いたようだった。
しかしすぐに笑いかけて優しく言う。
「いいえ。太古のオリルはどの異性とも交際せず独り身を貫いてそのまま男を知らない生涯を終えましたよ。
ですからオリルにとっては正真正銘、昇だけが運命の異性と言えるでしょうね」
それを聞いて章子は表情を曇らせていた。
「どうしました? もし昔のオリルに他の特別な関係にある異性でもいたなら昇ではなくそっちと引っ付けようとでも考えてましたか?」
「それは……」
「逆にカネルは結婚していましたね。
相手は職場の同僚です。
上司でもなく、後輩でもないところが今のカネルからは想像もつきませんよね……?」
「カネルが……?」
「そしてクベルは滅ぼしました。同じ許約者たちをです。
クベルの次の時代である第三文明に最強の魔動師たちである許約者たちが残っていないのはそういうわけなのです……」
「クベルが……? 自分の仲間たちを……?」
「人というのは分からないものです。
何がきっかけで狂気を帯びるのか、いつだって窺い知ることはできません……」
「……それは私のこと……?」
章子の問いに真理は首を振る。
「いいえ。私の事です。私と、私の母と、私の姉の……」
そこで津波を引き起こすような巨大な地響きが、世界を揺り動かすように地の奥底からゆっくりと湧き起った。




