12.命のありか(第五世界)
章子たちは海上にいた。
太古の地球上で五番目に栄えた時代、第五世界の海だ。
大きく揺れる海洋の波はそこが外洋であることの証し。
常時、6メートルは超す波の高低差は、航空魔術で海面すれすれに滞空する章子たちも戸惑うほどのものだった。
「本当に空を飛んでいるんですね……」
第三世界の空港湾での戦闘から数日後、大型の旅客航空艇に乗って第五世界に辿りついた章子たちは、先に駐留していた第一世界リ・クァミスの先遣使節団、通称「三日月の徒」の協力もあり、スムーズに第五世界の窓口と交流することに成功していた。
「この海域がその……」
章子が言うと、今も第二世界の科学技術「魔術」で空に立っていることに驚きを続けている第五世界の案内人である褐色の肌の少女、サマリナ・リミッサが慌てて平静を取り戻した。
「そ、そうです。
ここがあなた方、特別使節団の探されているという、水の槍ペンティスラが発見された海域です」
そこは赤道近くに位置するはずの第五世界の中でも極圏と同じレベルの寒気が吹き荒ぶ海域だった。
「ここは元の世界ではほとんど極圏間近の海域でした。
それがどういうわけか、面積が広大になったこの巨大惑星になったいまでもその気候条件は続いています」
サマリナが不慣れな先頭に立って、未だ波高い海面を見つめる。
「もともと水槍ペンティスラは我々の世界、ギガリスの時代を惑星ごと、その時代に召喚させるための遺産だった。
それをお前たち第五は違う手段に使ったというのだな?」
口を開いたのは覇都ギガリスの少年、トハイエズ・シイル。
彼やその隣のフルワイナ・ミルがこのメンバーの中にいるのは至極当然だった。
彼らの遺した力、水の槍ペンティスラが本来の役割とは違う目的によって消費されていた。
その事実は、その事態さえ想定していなかったギガリスにとって必要最重要の確認項目だった。
そのしつこいぐらい再三に及ぶシイルの確認にサマリナも頷く。
「そうです。我々第五も、あの槍にそんな大げさな機能が備わっているなどということは予想すらしていませんでした。
私たちはただ、これから訪れるだろう地球圏の崩壊をただただ防ぐことだけで頭が一杯だったのです」
悲しそうに海を見つめるサマリナの言葉に同じくシイルの隣にいたミルが問う。
「それはもう聞いたわ。
一体あなた達は何をしたの? わたし達のあの槍に?」
「それは……」
言葉を濁すサマリナに殆どメンバー全員の視線が集まる。
「生命を与えたんです。
ただの水だけで構成された不思議な槍、ペンティスラに……」
「生命を……与えた……?」
「皆さんは生命は何処から生まれるのか知っていますか?」
サマリナの問いに流石のギガリスも答えを淀ませる。
「命は重力によって生まれるのです。
そのことに我々、第五は気づいていました。
重力によって落ちる物でも、その落ち方によって個性があり、そこから生命の個という物が生まれる。
そうです。
この真下でうねる波の数々にも、一つ一つに個があるように」
それを聞いて一番驚いていたのは半野木昇だった。
「命が……重力から……?」
口元に手を抑え、何か信じられない物でも目のあたりにした様に驚きを禁じえない昇。
「どうしたの? 半野木昇?
まさか、今や不可能なものなど何もないあなたでも知らないことがあった?」
周囲の視線が一人の少年の元に集まる。
だが昇はただブツブツと独り言のように何かを呟き続け、口元に手を当てるだけだった。
それは章子にとって、初めて目にする昇の姿だった。
今までどんな事実でも想定内の出来事だと微動だにしなかった半野木昇。
その昇が、この事実だけは今までにない驚愕の表情で受け取っている。
「あなたたちの造った槍、火の槍ホスケイトスと水槍ペンティスラの役割はだいたい分かったわ。
水槍ペンティスラがなぜ、願望器の役割を持たされたのかも」
オリルがミルたちを見て言うと、そのミルもまたオリルを見返す。
「そうよ。
願望器にすればわたし達の世界をその時代に召喚させ易いのは当然でしょ?
いつの世も、願いを持たない人間なんていないんだから」
「だからこそ、その願いをキーにして自分たちの世界を召喚させるつもりだった?」
クベルの睨みにシイルが答える。
「そうの通りだ。だがそれはこの時代にまんまと阻止された」
言ってシイルは苦笑する。
「それで?
命を与えられた水の槍は一体どこに行ったのだ?」
「地球の内部です。
私たちは当時で最大のマントルへの深度をもつ火山、カツォノブレイッカ山の火口に命を刻んだばかりのその槍を投入したのです」
「なら今でも……地球の内部にはペンティスラが眠っている?」
「今は地球の地核と同化していてその内圧バランスが崩れるまで地表に出現することはないと思われますが……おそらくは」
「今後、その槍はどうなる?」
「わかりません」
シイルの質問にサマリナは首を振った。
「ただ、他の海流や偏西風、プレート移動などの大型の自然現象に与えた命の変遷を見ていますと、おそらく最終的には龍の形を取るだろうというのが大勢の見方です。
この先にある大海流もそうなんですよ。
大洋龍。
私たちは空の偏西風、陸のプレートテクニクス、海の様々な海流に命を与える事に成功していました。
そしてそのどれもが、ほとんど最後には龍の生物の形を取って安定していきます」
「大地龍?」
「そんな……」
第四世界が汚したあとの諸島だけの世界となった時代に生きて行かざるを得なかった五番目の世界。
その自然調和を取り戻す為に、第五世界は踏み込んではならない領域に足を踏み込んでいた。
「わたし達もその最後にはその槍がどんな形を取るのかわかりません。
それこそ、この世界を創った神のみぞ知る。といったところでしょうか……」
サマリナの目は酷く哀しげに海の色を映していた。




