9.真理学戦闘
空港湾の上空で立つカネルは憤っていた。
動爆が使われる。
しかも自国内でよりによって使われるのは、あらゆる戦闘局面で最大限の効果が発揮できるよう多目的に開発され多様化していった動爆シリーズの中でも最も凶悪で最悪の呼び声が高い、第三文明史上最悪の戦局兵器。
動爆Ω、タイプ「災厄」
それは核融合爆発と同規模の強力な破壊力を備えながら、爆心地点を中心に半径百五十キロ圏内の範囲を軽金属及び重金属汚染、さらには極度に有害な化学物質汚染、放射能汚染にまで被曝させられる禁忌の兵器。
本来、放射能汚染も引き起こさない理想的な核爆級の広域殲滅兵器として持て囃された代替核、動爆も結局、行き着いた先は被爆地域を人の住めない土地へと変貌させる超広域の殲滅破壊汚染兵器だった。
「だが……なぜそれを、今ここで使う?」
カネルは訝しんだ。
カネルの真理媒体、銀飾短銃コマー・フォルトはカネルの所属するエグリアの保安省のデータベースと常にリンクさせてある。
そのコマー・フォルトが、情報のやり取りを傍受している保安省のネットワークに反応してカネルに知らせているのだ。
動爆弾頭が放たれると。
動爆弾頭弾の発射を最終的に許可できるのはエグリアの国首、統議会の議会長も兼ねた統議会宰総、その人のみ。
だがその国首に肝心の動爆弾頭弾の発射を進言できるのは保安省の最高権力者、保安省最高長官ただ一人。
「長官が……? なぜ……?」
長官は第二世界の魔導国家ラティンでの戦闘を間近で見ていた。
それに恐れをなしたのか?
あるいは自国を犠牲にしても新世界を守るという許約者たちの行動に感化されたのか。
いずれにせよ、ただそれだけで最悪の動爆であるタイプ・災厄まで使うとは考えにくい。
「そこまでの短慮をあの人はしない……」
しないはずだが、現に今、この空港湾上空で動爆が落とされようとしている事実は変わらない。
カネルは覚悟を決めた。
「それまでにこの戦闘を終わらせなければならない」
終わらせられることが出来れば最悪でもタイプ・災厄の効果が最大限に発揮される上空起爆だけはなんとか避けることができるだろう。
「弾着まであと四分三十五秒零九っ……」
着弾までの所要時間減少が光学空間表示上で始まった。
それまでにこの戦闘を終決させなければならない。
いや仮に終決させたとしても果たして……。
そこまで考えたカネルは、余計な邪念を頭を振って思考から消した。
まず今は、戦闘を終わらせるというその意思だけを言葉に乗せて、雷属性の魔術無線を発動させて仲間たちに伝えることを優先する。
「聴こえているか?
章子、オリル、クベル、真理、昇。
どうやら私たちには時間が無くなった。
詳しいことは簡単な情報としてお前たちに送る。
とにかく今、わたしに言えることはあと四分以内にコイツらに勝たなければならないという事だけだ」
カネルの強い視線が相対する鯔と猿の獣人に向けられる。
その視線を受けて獣支側も意を決したようだった。
真理学戦闘が始まる。
それは魔法や魔術といった超科学さえ超越した真科学、超能力同士の広域瞬間空間戦術戦闘。
「何が起こるかは知らないが。
何か余程の事でも差し迫っているのか?
この前よりもいい目をしている」
「そんな余裕もあと四分だ。
この四分の間で決着を付ける!」
カネルが銃の引き金に指を掛け、章子やクベル、敵対する獣支たちもそれぞれがそれぞれの武器を手に持ち構える。
「始めるぞ……っ!」
静寂は一秒、始まった瞬間は刹那だった。
「発射ッ!」
カネルが銀飾短銃内の内転式反動力弾倉に溜められていた出力を荷電粒子弾として猿の獣人、ハヌマに向けて放つ。
それが合図となって、真理学戦闘は始まった。
最初の標敵にされた斉禺座のマヌハは、瞬時に相転移機動で荷電粒子光を避けると同時にカネルの隣に現われて自身の持つ斉意棒を如意棒さながらに振り回して構える。
マヌハが狂威を放つ先として捉えたのはカネルの四肢全てだった。
「覇ッ!」
その見て取れる部位の点穴、秘孔全てに、縦横無尽、伸縮自在の斉意棒の石突を際限なく放つ。
「……うっ……!」
「カネルっ!」
だが、マヌハのカネルの四肢を貫いたと思った脅威は悉く弾かれた。
弾いたのは割って入った章子が縦横無尽に振り舞わしたピンク色に光る帯状の光のリボン。
光の羽根を左胸に灯し、魔法少女のような出で立ちの章子は、握った柄の先から伸びる長い桃色に光るリボンを新体操のように螺旋状に描かせている。
「新体操なんてやったことなかったけど……なんとかなった……?」
完全に見様見真似であるが、それでも華麗にリボンを振り舞わし操って見せる章子。
今のところ、自分の思いつく限り、この獣支たちの持つ武器に対抗できるものは、この道具の形状が一番適している様に思えた。
「面白い武器を持っているな」
「……!っ……」
カネルから最初の危機を守り、気を抜いた瞬間、次の脅威が襲ってくる。
それは当然、あの鯔の獣人の振り回す十二本の鎖だった。
水環鎖。
あれが往々にして厄介なのだと章子もカネルも認識している。
飛んでくる鎖の一つ一つに人を殺める重圧を感じる所がまた危機感をカサ増しさせた。
あの十二の鎖が、それぞれに何か一つずつでも属性を備えだしたら手に負えなくなる。
そうなる前に何としてもあの鯔の獣人だけは黙らせなければならない。
だが彼らもただの動かない的ではない。
真理学による多角的な相転移機動の連続発動で全てを惑わし、章子やカネルたちの隙を造作もなく作り出す獣支。
もちろん放たれる攻撃も瞬間移動に準ずる瞬発的なものだった。
空中をジグザグに打ち下ろされ、打ち上がる鎖で出来た鈍色の回廊。
その側面を鉄格子を作る様に幾つもの棒昆が交差し十字を見せる。
それらの攻撃の嵐を、銀飾銃と曲線を描く光のリボンによる魔動防壁によって辛うじて直接的な被弾から免れているカネルと章子。
そんな中、獣支たちの攻撃に耐え続けているカネルは歯がゆかった。
「なんで私には……相転移機動が出来ないんだ……」
カネルは章子やオリルと同じように真理媒体を持っている。
なのに章子たちとは違い相転移機動は愚か、固体発生ですら今も満足に発動できない。
それはカネルだけではなく、別の戦闘で昇と一緒にいるクベルも同じだった。
「足手まといになっている……。火の許約者の僕が……っ」
カネルたちよりも一段高い高空で、やはり止めどなく放り込まれてくる小鎚の数々を避けるクベル。
しかし、避けたそばから投げ込まれてくる小鎚は、クベルの直近で巨大な爆発を巻き起こす。
まるで無尽蔵に降り注ぐ戦術兵器級の威力を持った手榴弾のようだった。
それが相転移機動と相まって今も四方八方から襲いかかっていた。
数え切れない小鎚を手玉の様に投げ込んでくるのは十二獣座の一つ、戒猪座を担う猪の獣人フゴフ・ハッカク。
そのフゴフが放つ尽蔵無尽の小鎚、戒厳鎚の攻撃に気を取られていたクベルは、その隙を突いた射馬座の一撃に気づけなかった。
射馬座の馬の獣人、ケウロべが持つ十二獣具の一つ射矢槍。
その空洞さえ開ける一撃がクベルのがら空きとなった脇腹を狙っていた。
(しまった!……っ?)
だが気づいた時には相転移機動によって既にクベルを貫いていた射矢槍だったが、その威力は今度も完全に抹消されていた。
「一体、さっきからどういうつもりなんだね?
こっちは誇りを持って真剣に戦っているんだ。
おちょくりたいだけなら、見物止まりにしてもらえないかな?」
自身の誇りをかけた戦いを、ただ子供の遊び同然に扱われている射馬座のケウロべは、苛立ちを隠さずにその威力を消した張本人、半野木昇を威圧する。
だがそれは逆に昇の神経を逆なでした。
「黙れよ。
アンタたちの誇りなんざ知ったこっちゃない。
弄ばれるのが嫌ならその誇りを持ってとっとと帰れ。
ここは既にぼくの掌握圏内にある。
こっちは真剣にアンタたちを弄んでるんだ。
勝手に攻め込んできたアンタたちの都合なんて、なんでこっちが斟酌しなくちゃいけないんだ?」
それは暴言だった。
襲撃者の矜持など知ったことではない。
そう言い放った昇にケウロべは怒気を孕む。
「君ぃ……ッ」
昇はケウロべを怒らせた。
だが同時にケウロべも昇の逆鱗に触れていた。
「そうさ。それが嫌なら向かって来い」
「よすのだっ、射馬座ッ!」
フゴフの静止も聞かず、ケウロべは渾身の力を込めて射矢槍を投擲した。
だがその相転移機動の砲撃は昇のただの航空魔術の物理挙動のみで難なく躱される。
「相転移機動ッ?」
「……な分けないだろ」
吐き捨てる様に言った昇はケウロべを目に留めただけで、魔術を唱えた。
「斬りつけろ」
「なッ?」
ケウロべの目の前で水、氷、炎、風、雷、光、闇、金属の刃が次々に現われ斬りつけるように天地左右から伸びて襲いかかる。
それを避けるためにケウロべは相転移機動を繰り返すが、その次の着地地点でもやはり数多の属性が刺突となっていつでも放つことができるように見えない魔法陣として待ち構えていた。
「うっ? ううっ……ッ!」
相転移機動による逃避を執拗に追い込んで昇の放った各属性の斬撃、斬撃魔術が罠として発動する。
「そんな……真理学の力がただの魔術の力に押されて……?」
表皮や衣を傷だらけにされ、さらにそれさえもすぐに医療魔術で強制的に回復させられた自身の身体を見てケウロべは絶句する。
「ここまで……弄ばれるものなのか……っ」
本を開く青の光罫線に包まれた少年、半野木昇はそれでも獣支たちを蔑視していた。
「で……? 誇りがなんだって?」
その低く抑えられた声にはまだ怒気が宿っている。
昇にとって誇りを口にして自分の戦闘を誇示する者は、ただ快楽の為に戦闘をする者と同列に位置するぐらい癇に障るものだった。
その射殺すほどの視線を受けて獣支たちはたじろいだ。
先ほどまでの攻撃の手を緩めてただ茫然と昇を見る。
「手を止めるなよ。誇りなんだろ?
誇りで人を殺すんだろ?
まさか、たかがこれだけのお弄びで崩れ去るものなのか?
アンタらの言う誇りってヤツは?」
だが獣支たちは黙っている。
それを見てさらに昇は怒りを顕わにした。
「最悪だな。その程度の矜持を高らかに語って、一体何人の命を死に至るまで追い込んだんだ?
そんなすぐに壊れるようなアンタたちの誇りってヤツで、一体今まで何人殺してきたんだよッ!」
ケウロべはその真摯の視線に心を射殺されていた。
「わ、私は……」
「本当に最悪だ。やっぱりアンタらのような奴らが語る誇りってヤツは一番気に留めてちゃいけない」
その侮蔑を最大限に現した昇の豹変ぶりは同じ仲間であるはずの章子たちも絶句させるほどの変わりようだった。
昇はこの世界に対して怒っている。
だがそれが分かったところで章子たちにはどうすることもできない。
「これでわかったでしょ?」
「え?]
それは唐突に投げかけられた、やさしい問いかけだった。
気付けば、さっきまでの怒気が嘘のような軽い調子で昇がクベルに話しかけていた。
「分かったって……なにが……」
「別に相転移機動が出来なくても、真理使いたちと渡り合う事はできる。
魔術戦闘と一緒だよ。
真理学戦闘で一番重要なのはね。
魔術戦闘の基本と同じ、情報解析を主軸とした真理学解析でどれだけ深く戦闘因子を読み取れるかにあるんだ」




