8.動爆
「我ら、ムーの時代が戦争で滅んだ……だと?」
心底信じられないという表情をする獣支たちだったが、存外、真理はどこにでもありふれた出来事の様になんの感傷もなく続ける。
「驚いているのですか?
それでも、あなた方の想定内ではあるでしょう?
まさか、予想外の結末だったということはない筈です。
あなた方、ムーの人々は相反する同じ超生物工学に特化した生体国家アトランティスの脅威を身をもって知っているのですから……」
何かに思い至ったのか、はっとなった獣支たちは問う。
「今も……そうなのか?」
真理は頷く。
「当然でしょう。我が母ゴウベンは全てをそのままこの新世界に持ってきたのですよ?
ムーもアトランティスもその当時そのままの状態でこの世界に息づいています。
例えそれが如何なる脅威を孕んでいたとしても……」
「なんという事を……」
「してくれたのだ……」
獣人たちは真理の真意を悟り、その上でそれぞれがそれぞれの顔を見合わせる。
まるで何かの確認を取っているようだった。
「なに? どうしたの?」
獣支たちの動きが急に止まったことに、章子は戸惑う。
つい先程までのギラついた戦意が今は見る影もなく萎んでいるのが分かったからだ。
そして、その章子の疑問符に答えたのはやはり半野木昇だった。
「咲川さん、実は進化を仕組まれていた生命は人間だけじゃないんだ」
「え?」
「恐竜もなんだよ。
大昔、僕たちが人に進化する前にあの地球上を闊歩していた恐竜たちも遺伝子的に仕組まれてあんな巨大な生き物として生きるように策略されていたんだ」
「あの恐竜が?」
章子が問うと昇は断定するように頷いた。
それはまたもや章子に新鮮な驚きを与える。
もちろんそれは中学の授業などでは絶対に教えてくれない世界の事実だった。
「恐竜が滅んだのは隕石が原因じゃないんだ。
おそらくムーかアトランティスどっちかの条件づけによるものだろう」
それがどちらの国によるものなのかは昇にも分からない。
分からないが今も自分たち人類が憧れて止まない恐竜の跋扈していた太古の世界。
その太古の世界で生きていた恐竜でさえ、更なる太古の文明により仕組まれたことは明白だった。
章子は獣支たちを見据える昇に訊ねた。
「それってどういう事?」
「気圧だよ」
「気圧?」
「恐竜の大量絶滅した直接の原因は隕石災害じゃないんだ。
気圧なんだよ。あの頃、地球の地表面近くの通常気圧は今の半分以下だったんだ」
「え?」
「だから恐竜はあれほどの巨大化に成功した。いや、気圧が下がった気候環境下では巨大化するように仕組まれていたんだ」
その話を聞いて章子は眉根を寄せた。
「じゃあ昇くんは地球上の気圧が上がったから恐竜が滅んだっていいたいの?」
「そうだよ。低気圧による気候環境下で体組成膨拡によって巨大化に成功していた恐竜たちは、第六時代より続いていたはずの急激な地球体積増大が終了したことに伴って起きた地表対流圏の高気圧化に耐えきれなくなったんだ。
だから彼らはほぼ呼吸循環器系のみに圧迫を受て滅んだ。
とは言っても、現在に残る化石程度の物証じゃ骨質や肉質の強度までは測れないからね」
「……なら、その高気圧化で恐竜が滅んだと思い至った論拠はもちろんあるんですよね?」
話に割って入ったのは真理。
その口調は何故か詰問する調子を含んでいた。
だが昇はそんな詰問にも動じることなく頷く。
「鳥だよ」
昇は空を高く見上げて言った。
「鳥の祖先が恐竜だという説をぼくも支持する。
そしてもし本当に鳥が恐竜の推移していった変化形なら、なぜその鳥は気圧の低い空をわざわざ求める様に翼を得ていったのか?
答えは一つだ。
恐竜は自分たちが生きていける気候、つまり気圧の低い場所を求めたからだ。
そしてそう考えると合点がいく現象が一つある。
それは……」
「水の沸点の低下……。そうなのね?」
真理の傍らで話を聞いていたオリルが呟く。
「そうだよ。水の沸点の低下は、海面の蒸発をさらに容易に至らしめる。
地球の平均気温を簡易なまま高温を維持した状態で達成させる事が出来るんだ。
これで恐竜時代の高温温暖多湿な気候は簡単に説明が付く。
ただそう考えると鳥の姿へ進化していった恐竜には一つだけ絶望が待っていたんだ。
気圧の高くなった地球上で唯一自分たちに適合する低気圧の場所、空。
でもその空には彼らの適温である高温を求めることが出来なかった。
だから彼らは二択を迫られる。
気圧は高いが適温である地表で身を縮めて生きていくか、気温は低いが適した気圧の空の中でまた自分たちだけの世界を謳歌するかの二択をね」
「そしてその彼ら、恐竜という生き物はその二択全てを取った。体を縮め翼をもって自分たちだけの世界をもう一度再現する為に」
真理の結論に昇は頷く。
「おそらくその鳥という結果も仕組まれた進化の一部なんだろうけど、問題はそこじゃない。
本当の問題はどうして第六時代が、未来の地球で気圧が低くなったら恐竜を出現させようと思ったのかが重要な訳だけど……」
昇が困惑する獣支たちを見る。
「その問いには答えてくれるんだよね?」
まるで全てを見透かすように問いかける少年に、ただ黙って俯いていた獣支たちは、その表情を読み取らせずに顔に影を宿したまま語る。
「……おしいな。
残念だがその恐竜とかいう方の生命の進化はムーが仕組んだものではない。
おそらくだが、今や国家の体さえ成していないとはいえ、それでもまだムーに比肩した力を今なお放ち続けている国家規模の超巨大生命放出形態体アトランティスだろう」
「国家ではない?」
昇の問いに獣支たちは頷く。
「そうだ。無差別遺伝子改竄有機生命造成大系、俗に「原始の海竄」と呼ばれる国家形態規模の自立制御による巨大連鎖生命造成系統樹によって支配された大地。
それが今のアトランティスの正体だ」
それは生物工学に特化した社会文明の辿るべき末路の姿。
「いい機会だ。
今ここに忠告して置こう。
もし我ら第六世界を訪れる時があれば、興味本位でもアトランティス大陸には行くな。
あそこは今や生命の大陸だ。
生命の大陸といえば聞こえはいいが、その実態は無差別に生体を取り込みその遺伝子を分解し繋ぎ合わせ新たな複合生物を生み出す狂気の土地と言った方がより真実に近いだろう。
脈動する血と肉と臓腑が樹の幹のように張り巡る、見るも悍ましい真紅の赤に青と白の入り混じった胎動する大地。
ただ全ての生物の体を取り込みそれらの特徴を縫い合わせた奇形生物たちを生み出すだけの場所。
もし行けば、
お前たちはこの世で見てはならない物の片鱗を目のあたりにすることになるぞ」
その獣支たちの語るアトランティスの姿は端から聞いていても悍ましさが込み上げてくる。
「おそらくアトランティスは我ら第六の時代以降、地球環境が激変し気圧が急激に低下することを見越していたのだろう。
それはムーも一緒だった。
だからムーは、我ら十二獣宮を作り上げ、《種の保存》という国家目標を掲げ、本来の計画と進化組み込みからの二段構えを実行したのだ。
未来の世界が元の地球環境に戻った暁には、また同じ人類という形の知的生命体が生まれ生きる様にな」
だが、アトランティスはそれを種の保存ではなく絶好の《新種の試作》の《場》として受け取りそれを実行に移した。
その最大の目的の違いこそが、後に生む、最悪の狼煙であることも知らずに。
「昔話はここまでだ」
種を造ることに没頭したアトランティスと種を守ることに傾倒したムー。
そんな相反する彼らがいずれ衝突することは半ば決められた事案だったのかもしれない。
ムーとアトランティスの戦いは、彼らが滅んだ後も続けられていたのだ。
「人」と「恐竜」
仕組まれし命たちによる進化という形での代理戦争。
その勝敗を分ける賽の目を母なる惑星、地球に託して。
「戦意喪失かと思ったけど」
見下げ果てて言った昇は戦闘継続の気配を感じて本を開く。
「とんでもないゾっ! お前のおかげで思い出すことが出来たのだ!
我らの、これまでにムーより受けし数々に及ぶ仕打ちをなっ!」
それは哀しき十二獣座たちに刻まれた生存理由であり行動原理。
この獣人たちの秘められし怒りと哀しみは決して人の慰めからでは癒されない。
もし、それを癒すものがあるとすれば、それは……。
しかし、その時。
カネルの緑色に表示される光学空間表示の端で一つの警告灯がけたたましい警告音とともに点滅した。
それはここが死の大地となる宣告。
何処からともなく照準され標的とされてしまったのはこの地。 空港湾ギャラクシア。
放たれるのは大陸間弾頭弾道弾。
それに積まれたるは戦術兵器、戦略兵器を超越したたった一発の起爆で困窮した戦局さえも打破することのできる戦局兵器。
今、その最大の警告を明滅的に知らせていのはその発射許可だった。
現在、この場にいる全ての生物たちを汚し、焼き尽くす為だけに落とされるソレ。
「動爆弾頭弾の使用許可っ?」
いったい誰がそれを許可したのか。
動爆。
それはここ、古代の地球上で三番目に栄えた文明世界が誇る核に代わる代替核兵器の通称だった。
“カネル。あなた達の文明はその反動力機関の仕組みを軍事転用しもう一つの側面に思考が辿り着いてしまった……。
それを形にしたのがアレでしょう……?”
いつか真理の言っていた、反動力機関のもう一つの側面。
それがこの答えだった。




