7.進化の系譜
「私たちのこの進化が……仕組まれた、進化……?」
第六の獣座たちが溢した一言は何も知らなかった章子の心を激しくかき乱した。
「やはり、知らなかったか。あらかじめ超生命国家ムーによって人に進化するように仕組みこまれた謀られし生命の生物。
それがお前たち現代世界に生きていた第六時代の次の時代、第七世界の命に刻まれし宿命だという事を……」
その言葉は慈悲。
何も知らず、何の疑問も感じずに、その誰かに計画された身体で現実世界や社会を謳歌していた七番目の人類社会に対する、仕組みし側の最大の憐れみだった。
「お前たち人はな、あらかじめ人に進化するように仕組まれていたのだよ。
太古の昔、第六のその時代に生きる全ての獣の命を強制的に束縛し、保護し保守し保存する為に司る生命生体管理操作国家ムーによってな……」
その真実は、自分のその身体が自然から行き着いたものだと錯覚していた章子の心に巨大な空洞を開けることに成功している。
「そんな……なんで……?」
章子は放心したまま疑問を呟いた。
ただただ自分の両手をまるで穢れたものの様に見る。
「章子! 今は戦闘中だぞ! 気をしっかり持てッ!」
だがそんなカネルの叱咤も今の章子には届かない。
「だってカネル……わたしの身体が……? そんな……どうして? どうしてッ?」
自分のこの手が実は自分のものではない。
その事実が今の章子の自己確立を崩壊させている。
それは今の第七文明の科学力では到底取り消すことのできない、修繕不可能のどうすることもできない既成された事実だった。
だから章子は混乱するしかない。
自分の身体が誰かも分からない古代の人々の造形物だったのだから。
「どうしよう……、どうしよう、どうしよう。
どうすればいいの?
わたし、どうすればいいのッ?
わたしのこの身体、わたしのじゃなかった!
わたし達のこの身体ッ、わたし達のじゃなかったよッ?」
そしてそんな恐怖で心が止まらなくなった章子は堪らずに上空の少年を見上げる。
「ねえっ! 昇くんッ?」
いつだって自分一人では耐えきれない真実を突き付けてくるこの新世界から身を護るための真理を常に少女に与えてくれるのは、上空でただ一人だけこの新世界と面と向かい立ち向かっている少年だけだった。
だが、その少年。
答えという救いを求める章子のさらに上空で立つ、クベルと共にいる半野木昇は何も答えず、目の前の獣人たちとただ視線で対峙している。
「昇……くん……?」
章子はもう一度、問いかける。
だが昇にはその求心に応える様子がない。
「何とか言ってよ……」
章子は言った。
「何とか言ってよっ! 昇くんっ!」
叫んだ章子から涙が弾けた。
それをやっとの憐れみで見てとり、同じ仕組まれた生命であるはずの昇はしかし、更に自分の高空を見上げて言う。
「だってさ、真理……さん?」
気疲れでもしたのか力のない声で章子からの求めを、自身よりも高空で立つ真理に振った。
その昇より向けられた視線を受けて、オリルと共にいた真理はやれやれと嘆息する。
「真理と呼び捨てでいいと言ったはずですよ。半野木昇」
「その話は後にしてよ……。そんな事よりもいいの? 君の咲川さん、泣いてるよ?」
昇は何よりも目じりに涙を浮かべる少女を見ているのが辛いようだった。
「ならばあなたが答えて上げればいいでしょう? その方が章子も喜びますよ」
「言ったって、僕たち人類のこの進化が仕組まれたものなのは事実なんだから、しょうがない」
「なにっ?」
その軽快な軽口の昇の答えに敏感に反応したのはオウドビだった。
「お前は、自分の身体がムーに仕組まれていたことを知っていたといいたいのか?」
そんなことがあるわけがない。
この鯔の獣人はそう高を括っていたが、案の状、昇はそうだと是を肯定する。
「仕組んだのがムーという国だったのは知らなかったけど、まあ自分のこの身体が誰かに仕組まれたものだろうなっていうのはあらかた予想はしていたから、そんなに驚かないよ。
まー、普通に考えれば当然の結果だよね」
「当然?」
あっけらかんとのたまう昇に章子は眼を丸くした。
何をどう普通に考えればそれが当然だという考えに行き着くのか。
「普通に考えれば僕たち人類が地球上でここまで自然的に人類として知能進化することはあり得なかった。
ぼくや咲川さんたちの時代、つまり今の地球の月は同じ面を常に地球の地表へ向けて公転している。
だけどあなた達の時代や、ビサーレントさんやオルカノくん、オワシマスさんたちの時代では、月はちゃんと自転してる様に地球から見えてたはずだ。
そうでしょう?
そしてあなた達は知っているはずだ。
身近な衛星天体が自転して見えるか見えないかで本星(惑星側)の生物の進化が雲泥の差ほども広がりを見せることを」
今度はオウドビたち獣支たちが目を見開く番だった。
「だからぼくには自分のこの身体が不思議だった。
視覚的とはいえ見かけだけでも無自転となった月によって、その宿している生命たちの進化の可能性を完全に閉ざしてしまった地球。
その夜も昼も視覚的天文野において限りなく静止した世界の中でここまでの人的進化はまだ早すぎると思ったんだ。
でもそれも中学に進んだころには答えを見つけたよ」
そして章子を見る。
「咲川さんも学校で習ったよね。
中学一年の最初の歴史の授業だ。
僕たちの系譜、「人類の進化」の授業だよ。
そこで習ったはずだ。
ぼくたちホモ・サピエンスの先祖、アフリカ大陸を起源とした「人類の進化」以外にも、世界の大陸各地に最初からいた類人猿から独自に人類へと進化をしようと試みた群体・個体が複数あることを」
昇の話を聞き、何かに気づいた章子の目から次第と涙が消えていく。
「それを聞いた時、ぼくは確信したんだ。
自分のこの手を見て、
ああ、これは仕組まれているなってね。
そして、その仕組まれた理由も……」
昇が今度こそ真理にその答えの発言権を渡した。
「言ってあげなよ。真理さん。
その理由を」
真理はまたもやうんざりといった様子だった。
「ならば問いましょう。
獣支たちに訊きます。
章子や昇たち人類が意図的にそうなるように進化を仕組まれた生命体だというのなら。
あなたたち第六時代の文明世界は一体、何をもって過去の地球で滅んだのか、その原因を知っていますか?」
「なんだと?」
真理は笑う。それも不敵に。
「あなた方は滅んだのですよ。
それもギガリスも含めた七つの古代文明時代の中で唯一、戦争によって滅んだのです。
しかも最も悲惨な戦争の形でです。
それこそ、あなた方古代ムーの住人でさえ目を背けたくなるムーとアトランティス、その古代超二大生命国家同士の間で起こった最初で最後の最終生物生体間戦争という終末によってね」
その事実は今度こそ何も知らなかった獣支たちを驚愕させるのに十分な効果をもたらしていた。