6.仕組まれた進化
空港湾の上空に現れたのは、今や新世界最大の脅威となった強力な新世界侵犯組織「神の羊となる教え」
その一員となった十一人の獣支たちの内の四人と他にもう一体「神の羊」の首魁クダリル直属の獣人だった。
空の一番上に立つ羊の獣人を筆頭に、その下にそれぞれ揃う馬、鯔、猿、猪の四人。
その威圧してくる視線は獣支たちが何の迷いもなく章子たちの居場所を見抜いていることを意味している。
そして突然、起こったこの不測の状況下で空港湾の航空管制が一時的に混乱しているのも容易に想像できた。
それは仕方のないことでもあった。
空の交通の要所である空港都市の上空にいきなり現われ、単独で空中に滞空する人型動物である獣人。
その存在、現象そのものが、このエネルギー技術が高度に発達しただけの科学世界では不可解にすぎた。
人々はこの摩訶不思議な光景に茫然となるしかない。
しかし、章子たちにはその呆ける時間さえなかった。
「なんで……このタイミングで……?」
章子は呟くがその問いに答えられる者は一人もいない
代わりに上空に滞空する獣人の一人、馬の獣人が自身が手に持つ槍を手に浮かべて、海面に揺られる大型の巨大航空艇に狙いを絞る。
「邪魔だね。邪魔なものは一通り掃除しておこうか……」
言って、手の平に浮かべた槍を大型の航空艇に穿ち放つ。
穿ち放たれた槍は一瞬で五カ所にものぼる極大の風穴を航空艇の装甲に空け、急激な熱膨を強いて爆散炎上させる。
「なっ……!」
「エネルギー相転移による一度の投擲で多段攻撃を放つ槍、これが私が槍、射矢槍の力なわけだが……」
手に浮かべた槍を軽々と振り回す馬の獣人。
十二獣宮座の射馬宮を司る射馬座、ケウロべ。ケウロべ・スーホス。
「やってくれたな……っ」
煙を上げ火を噴き湾底へと沈んでいく航空艇を、ただ手摺り際から眺めることしかできないカネルが唇を噛む。
あの航空艇にはまだ降りていない乗客が大勢残っていたはずだ。
それを深釈することもなく、一撃で貫いた十二獣座……いや、侵犯を睨む。
「どうします? 彼らは本気です。本気でここさえも戦場にしようとしている……」
「またあんなことを繰り返すの?」
章子の問いに真理は頷く。
「そうです。
それをすることでしか彼らは自分たちの存在意義を見いだせない。なんと悲しい存在でしょう……」
「けれど、そんな悲しい存在っていうだけで人が死んでたら、たまらないっ」
昇の脇で地面を踏み切って飛び上がったクベルが即座に航空魔術で加速したまま高空を直進し、航空艇を沈めた射馬座に切りかかる。
振り上げられた赤い透明な刀身の宝石剣、許約剣が、投擲射撃に特化した射矢槍と激しく打ち合った。
「あの時の象はいないのか?」
「あいつ……?」
「象のヤツだ、かなりの上役だと思ったが?」
「巨象座の事か。なら名前ぐらいは覚えておくのだね。彼の名はパオエブ。パオエブ・ガデッサだ。
しかし君の求めるパオエブは文官の長であり十二獣座の首頭、獅子座の補佐役でもある副頭を務める巨象座。
残念だが、そうおいそれと前線に出てくることはない」
「あれだけの力を持ったヤツが文官?」
「意外だという顔だね。だがその意外性が彼の持ち味だ。文官だと思って軽く見てかかるとその頭を踏み抜かれるよ」
鍔ぜりに持ち込もうとする剣戟をいなし、距離を取ったケウロべが手に浮かべた槍の矛先をクベルに向けてその石突に鼻緒の口を近づけ息を吹きかけようとする。
「詰みだ。案外脆かったね許約者も……」
そして息吹と共に放たれた一撃の投擲は、同時に三十発もの散弾巨砲と化してクベルの小さな体を襲う。
「な……」
声を上げる間もなく、襲い掛かったその威力はだがクベルの前で立ち消えとなった。
「……っ?……どういう事なんだ……。この射矢槍の威力が消えた……?」
確かに一度の投擲で三十発に及ぶ威力を纏わせた位置エネルギーを散弾的に放射したことを再度確認したケウロべは、それでもまだ何も攻撃を受けていないクベルの無傷な姿を見て驚く。
「後ろだ! 射馬座!」
十二の鎖を震わせてケウロべの背後に飛び込んできたのは三メートルはある巨躯の獣人、鯔の獣人であるオウドビ・ゴマフトリだった。
「半野木昇と言ったな! オレは憶えている! 憶えているゾっ!」
十二の鎖を束ねる錠環、水環鎖を掴み、自分の四肢のように鎖の束を縦横無尽に振るいケウロべの背後からクベルの方角へと視線を向ける。
「あれが……」
「そうだ。我らをおちょくってくれた。あの時の子供よ」
二体の獣人の視線の先にあったのは、クベルの背後で背中合わせに立つ、開いた赤茶色の本を片手に持ち青い光学罫線に包まれた紺色の衣を纏った少年だった。
「昇……」
「後ろは任せていいよ。まずはこの人たちを土台にしよう」
「土台?」
「そう、君の練習台という踏み台」
「なっ?」
その言葉はオウドビの目に激烈を孕ませる。
「なめるなぁぁぁぁぁっ!」
「なめるもなにも、そうなんだから仕方ない」
襲い掛かる鎖の群れを全て真理学解析し、その動きを手で優しく受け止めて弾く。
「なぁっ?」
「ダメだな。そんなんじゃ。
人は平気で殺す癖にいざ自分がバカにされると激高するなんて、本当にダメな軍人の見本じゃないか」
言いながら、やさしく触れたオウドビの巨大な額に次はデコピンをたった一発、強烈にかます。
「オウっ?!」
「殺す覚悟があるんなら当然殺される覚悟もあるんでしょ? だったら別に馬鹿にされても平気なはずだ。
まさか、殺される覚悟はあってもおちょくられる覚悟はなかったなんてオツムの足りない事は言わないよね?
いずれにせよ。それはただ単にあなた達の力が無かったってだけの話なんだから。
それが嫌なら最初から人殺しなんてしなけりゃよかったんだ」
「く、くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!」
昇の放った真理を込めた中指の一撃によって、空から下へと真っ逆さまに急落下していく水鯔座の獣人。
それを見届けて昇は言う。
「これでもまだ僕に立ち向かってきたいなら、その前にビサーレントさんの相手をしてくれないかな?
ビサーレントさんを負かすことができればまた相手をしてあげるよ。
水鯔座のオウドビさん……」
見下げ果てる昇の声を聞いて、空を滑落するオウドビは一条の光閃が脇を掠めるのが見えた。
昇のかけた魔動拘束呪動が解かれ、オウドビはようやっと航空魔動が回復し態勢を整える。
「く……っ」
まだ海面よりは遙かに高い空。
気付くとその目の前には深緑の警制服を着たカネルが立っていた。
その隣にはカネルを補佐するように光の羽根を灯し魔法少女の装飾に服装を変えた章子がいる。
「お前の相手は私たちがする。
十二獣座。
貴様たち侵犯の蛮行を止めるためのな!」
カネルの握る銀飾短銃を中心にして緑色の光学罫線が灯り自転する。
「ならば水鯔座には私が付こう」
エネルギー相転移によって瞬く間にオウドビの隣に現われた猿の獣人、斎禺座のマヌハ・カルバ。
「気を付けて、カネル。
やっぱりこの人たち、瞬間移動を使う」
章子の言葉にカネルも頷く。
「おう、さすがにその程度は分かるのか。我らにその体を仕込みこまれた人種が……」
「え……?」
その巨手で自分の太顎を擦り、どこか感心した面持ちで呟いたオウドビに章子は呆ける。
一瞬、なにか悍ましい事を言われたような気がした。
だが、その直感は決して間違ってはいなかった。
何気なく呟かれた彼ら第六の一言には、章子や昇たち第七の人類の真実に迫る事実が隠されていた。
「止めてやれ、オウドビ。
第七はまだ気づいていないのだ。
彼らの今までの進化が我ら……いや、我ら主道十二獣宮でさえ謀略的に仕組み込み作り上げた超巨大生命国家の一つ、ムーによってあらかじめ遺伝子レベルで組み込まれ操作された作為的にして人工的な人型への進化だという事をな……」
その言葉は、その仕組まれた進化の成れの果てである人という形をした章子の心をこれ以上もないほどに抉りこみ、言葉にもできない強烈で衝撃的な感情の起伏を深く、そしてどこまでも激しく情動させるものだった。




