5.隕跡に集う鳥たち
エグリアの誇る空港湾ギャラクシアはその湾内全てが空港都市といっても過言ではない構成をしていた。
伊勢湾ほどの広さもある円形の湾内で、ほぼ汽水湖の開水路と変わらない小規模な幅の湾口部は辛うじて最低限の湾の形を保っている。
「ここは過去にできた隕石孔による隕跡湾を、首都ロマリーに近いこともあり空路海路の要として発展させた由緒ある空港都市だ。
この空港湾も開港から約一万八千年ぐらい経つが、それでもエグリア建国から二千年後のことでしかない。
いま、我がエグリアは今年でちょうど建国後二万年目の節目に当たる。
しかし、そのエグリア、二万年の歴史の中でさえこの一万五千年間ほどは科学技術力はほぼ横ばいを続けているな。
大体、どの国も得てして同じようなものだ。どこもそう大して科学水準は変わっていない」
広大な湾内を見渡せる湾岸の西部周辺に設けられた空港湾公園。
その岸壁に沿った赤レンガ畳の遊歩道でカネルは章子たちに解説する。
「一万五千年間もここはこの風景のままだったっていう事?」
隣を歩く章子が訊くとカネルも頷く。
「そうだ。
章子たちの国の問題は色々聞いている。
世界の紛争などはどの世界も共通の課題だろうが、我々はそれを最初の二千年間で決着できた。
それが幸運だったんだろうな」
「その一番の功績がエネルギー問題の解決なんでしょうね」
背後を章子たちに続いて歩く真理が言った。
「そうだ。ちょうどこの空港湾が出来る、数百年前らしい。
今の主なエネルギーの主力機関となっている、ある画期的な動力機関が発明、開発されたんだ」
「それが……?」
「ああ、夢の永久機関。
我ら第三文明時代の誇るエネルギー科学技術、反動力機関」
それは通称「駆動掛け」と呼ばれる永久機関。
最初の初動のみで外力は完結し、後はその反動力で内部に設計された回転軸が物理的に疲労、崩壊するまで半永久的に回転し続ける超内転機関。
「そのエンジン挙動は実に多彩であり、ガソリンエンジンと遜色ない回転振動からモータースポーツ車にも積まれているし、それとはまったく正反対の電池などの静音出力も可能だ。
だから携帯電話などの主電源にもなっている。
無音で電池切れの心配が一切ない、超小型の永久電池としてな」
勿論、ついさっきまで乗っていたカナルの運転する車にもその反動力機関を搭載していた。
それは高出力で排気ガス一切無しのまさに章子たち現代世界から見れば喉から手が出るほど欲しい科学技術だろう。
エグリア、いやエグリアの存在する第三文明時代の高機動機体の主力動力源はすべて、陸・海・空の如何を問わず、その反動力機関と呼ばれる永久機関が担っていた。
「永久機関と無限機関の違いはわかりますか?」
突然、真理が章子たちに言った。
「永久機関と無限機関?」
章子が訊くと真理も頷く。
「そうです。永久機関と無限機関。
この似ているようで似つかないエネルギーシステムの違いが分かれば、カネルとクベルの世界の違いが少しだけ分かります」
「カネル、分かる?」
「いいや」
章子に訊かれ自身も首を振る、地元、第三世界の少女、カネル・ビサーレント。
「じゃあクベルは?」
さらに章子に訊かれ昇の近くで一緒に歩いていたクベルは顔を向ける。
「出力上限の違いじゃないかな?
永久機関は燃料切れの心配が無い割に常に一定上限の出力までしか出せないけど、無限機関はそれこそ、底なしの出力を半永久、半無限に発揮できる……」
「その通りです。クベル・オルカノ。
これはどうでもいいことのようで実は重要なことですから、あえて今指摘しておきます。
今答えて頂いたクベル・オルカノの持つ、許約剣。
その許約剣は使用する許約者次第ですが、その分類は無限機関に相当します」
「それが?」
「許約者たちの扱う魔動媒体・許約剣が無限機関ならば当然、あの元第六の十二獣支たちの持つ魔動媒体も無限機関ということです。
この意味が分かりますか?」
真理は昇を含めた五人の少年少女に向けて言っていた。
自分たちの持つ力に適応しきれなければ、彼れの持つ力にもまた呑みこまれる危険性を。
だが、真理が指摘したいのはそこだけではなかった。
「これから私たちは第五世界へと向かいます。
今までの時代文明の地球状況を見比べ踏まえながら、地質学的に第六時代から著しく急激に地球半径の大きく広がった理由を探るためにです。
それにはすでに他六つの文明全てに滞りなく使節を配置できている第一世界・リクァミスの代表する特別先遣使節団「三日月の徒」の協力が不可欠になります。
私たちには他にはない強力無比な真理の力がありますが、いかに真理の力といえども国際協力という円滑な異世界交流の支持など、そうそう簡単に得られるものではありません。
所詮、強力な力は「怖れ」しか生まないのですから」
言った真理の背後の湾内で、空から滑空してくる銀色の巨大な航空艇が激しい波風を立てて胴体から海面へと豪快に着水する。
その光景には、その瞬間を待ち続けていた第三世界の観光者たちも盛大な歓声を上げている。
その歓声をまた一段と大きくさせるのは、第三世界の航空艇に特有の壮観な金属製の角ばった飛行船のような巨体だった。
巨大な両翼にはプロペラの代わりに動力部直結の加速器の羽が、片翼に付き三機ずつゆっくりと出力を維持する様に回転している。
その主力推進機関には例によって反動力機関が使われているのは明らかだった。
章子たちはこれからこの大型の旅客航空艇のどれかを使って、最初の目的地である第五世界へと向かおうとしていた。
「エネルギー相転移も使わずに、航空機などの通常手段だけで他の世界へ行くという理屈は前もって聞いたから分かる。
緊急時でもない限り、地表上でのエネルギー相転移機動、とくに集団での大規模な集団機動では自分、周辺環境に与える環境負荷が大きいこともな」
カネルの言に真理も頷く。
「そうです。何より他世界に対する心象が断然に違うという事を強く主張しておきます。
相転移機動のそれはまさに侵略という驚異以外の何物でもない」
「確かに無用な警戒心は抱かせ無い方が無難なところね」
真理の意見に隣を歩くオリルも同意する。
相転移機動を使えば他世界大陸に行くのも簡単だろう。
だがそれは同時に他世界の敵愾心をも煽ることにも直結している。
「結局、過ぎたる力は及ばざるがごとし……か」
「しかし、あなた方、第三世界や、精神科学の第五、超生物工学の第六世界はそれぞれの分野から、各々独自に真理学の先端に到ろうとした文明でもあります」
真理の突然の発言は昇以外の章子たち全員の眉根をよせた。
「どういう事?」
「カネルたちの科学技術、反動力機関はその存在がすでにエネルギー保存の法則を打ち破っているのですよ。
いえ、正確にはただの緻密に計算された物理挙反動だけで原理学の源、原初開闢の門を開けたと言っていいでしょう。
そして第五の精神科学はその精神の定礎造成だけで真理学の一端を、さらに第六はその生体構造遺伝の改造、改竄、改修のみでやはりそれぞれ真理学の端緒に辿り着いています」
「……つまり、どういう事なんだ?」
カネルの茫然となった問いに真理は笑って答える。
「つまり、この集めれれた世界の内、半数以上はすでに独自のかけ離れた専門分野から科学の最後に辿り着く同じ真理の一端を掴んでいたという事です」
さらに、広い内海の光景を眺めて真理は続ける。
「そして、カネル。あなた達の文明はその反動力機関の仕組みを軍事転用しもう一つの側面に思考が辿り着いてしまった……。
それを形にしたのがアレでしょう……?」
「気づいていたのか……」
「当然でしょう……。もっとも気づいていたのは私だけではなかったようですが……」
そう言って真理の視線が昇を差した。
カネルもその瞳の視線を追って昇を見る。
「え? な、なに……?」
当の昇は困惑した表情をしていた。
「そう。その通りだ。我々は……」
その先を言おうとして、
しかし、それはけたたましいサイレンと共に打ち消された。
「なに?」
「どうしたんだ?」
遊歩道にいた章子たち以外の一般市民の人々も耳を強く抑え空を見上げる。
「これは……空襲警報?」
呟いたカネルの空を仰ぐ視線の先から、いつか見た極太の鎖が信じられない速度でいくつも湾内の海面に降り注いで着弾していく。
「……まさか……もう来たのか?」
その降り注いできた鎖の先、高空の遥か高みから五つの影が地上を見下ろしているのが分かった。
「いつかの借り、いまここで返そう」
それぞれの手にそれぞれの武器を持ち、五つの影は静かな意思を秘めて呟く。
その影たちは、黄色いピアスを左耳に輝かせる五つの獣人の影をとっていた。




