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神の創りし新世界より B  作者: ゴウベン
  第一部「新世界の扉」
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4.空港湾

 車の窓越しから流れていく景色を眺める。

 秋の色を深めていく山間の樹々たちが章子たちの視界を前から後ろへと高速に過ぎって行く。

 いま章子たちはカネルの運転するボックス車の中にいた。

 現在、車が走っている車道はエグリア中に張り巡らされている高速道ハイウェイだった。

 その高速道を使い、これから章子たちはエグリア最大の空の玄関口である空港湾エアポート・ハーバー<ギャラクシア>へと向かう事になっていた。

「カネルって車の運転ができるの?」

「まあ、一通りは」

 黒いサングラスに長い金髪を風になびかせ、手慣れたようにシフトレバーを動かし、力強くアクセルを踏みぬくその姿は実に精悍な大人らしさを感じさせる。

 それはとても未成年者とは感じさせない振舞いだった。

「免許持ってるの?」

「いや、保安省の特権措置だ。

この保安証がすべての免許の保有を示している。

私には公私問わず、殆どの乗り物の操縦権、緊急時の超法規的指揮権がその法制の下において保障されている」

「え?」

「つまり民間、軍事問わず航空機の操縦や、緊急時にはその機の機長の権限さえも剥奪し、さらには空港の管制能力さえも私たちの指揮下に置くことができるということだ」

「なにそれ? 十四歳でそんなこと出来るの?」

「でなければ保安省デルタゴンには入れない。保安省ここは警察機能と軍機能を一括に管轄する省庁だからな」

「ええ?」

 助手席に座る章子はその言葉を聞いて驚いた。

「じゃあカネルは軍人?」

 章子のその問いにカネルは顔をしかめる。

「軍人と云えば軍人かもしれないが、今の公務活動はほとんどが自国内の警邏活動に割かれている。

海外派遣もないことはないが、今はどの周辺国も治安が安定しているからその機会も少なくなっている。

喜ぶべきことだ」

 ということは軍人とういうよりも警察色のより強くなった自衛隊と云ったイメージが一番近いように感じられる。

「じゃあ……、その銃で人を殺したことはある……?」

 カネルに唐突に問いかけたのは最後部の座席に座るクベルだった。

 クベルの物言わせない鋭い視線にカネルは肩をすくめて見せる。

「ある。当然だろう。私のこの手は血で汚れている。しかし、それももう慣れてしまった。

仕事だと思うとこうもなるのかと嫌になるが」

 カネルはそうやって自分の事を自嘲するが、章子は反射的に窓際にその身を寄せてしまった。

 自分と同じ年齢の少女が、自分とは遥かかけ離れた世界にいるからだと思考してしまったからだった。

 しかし、その嫌悪的な反応を見てもカネルはただ苦笑いしているだけだった。

「そういう反応をされても、もう慣れてしまったな。

特にまだ同じ年の人間にならいいんだが。これが妹より小さい幼児とかにされるとなおさら堪える。

今まで笑顔を見せて懐いてくれた子供が急におびえた表情で自分を見てるのが分かると本当にやりきれなくなる」

 カネルのその目は本当に悲しそうだった。

「あ……、ごめんなさい」

「いや、いいんだ。職務上、容疑者、被疑者とはいえその手に凶器があれば対処せざるを得ない。

今はやっと急所を外して狙撃できるようにもなったが、最初は撃てと言われれば胸を撃つしかなかった。

この銃は短銃とはいえ出力調性が難しいから、初心者が使えば大きいもので五センチ口径で被弾部を根こそぎもっていく。

しかしそんな威力なんていうのは体のどこにでも当たれば一発で致命傷だ。

だからひよっ子の保安官ワイアットに撃たれて死にたくなかったら犯罪クライムはするな。

それがここ私の国エグリアの絶対の掟になっている」

 自嘲して自分の所業を誤魔化そうとするカネルにクベルも告白する。

「……人なら僕も殺してるよ」

「なんだ? その手にかけた殺害者数でも自慢したいのか?」

 明らかに機嫌を損ねたカネルにクベルは首を振る。

「ちがうよ。そんなんじゃない。

ただ知っておいて欲しかったんだ。

この、これから新世界を周るメンバーの中には、こういう手の汚れた人間もいるっていう……」

 独白するようにクベルは何処か何かを恐れているように自分の手を見ていった。

「僕は何度か戦争する国を消したことがある。許約者ヴライドの責務でね。

国と言っても小国だった。けどそんなのは関係ない。

僕は人を殺めた。

それも数えきれない数だ。何人がこの手で死んだのか、それはもうこの許約剣ヴライドしか知らない」

 そう言って隣の外を眺める昇を見る。

「それでも一緒にいていいだろうか?」

 問われた昇は興味もなさそうに言う。

「咲川さんがいいと言えばいいんじゃないかな? 少なくとも僕は気にしない……」

「気にしないの?」

 章子が訊くと昇は頷く。

「殺めたことを自慢したり、何も感じてない人間だったら二度と会話をすることもないだろうけど。

そうじゃなくて、心のどこかが常にその罪の意識で痛んでいる部分があるんだったら、僕は気にしない。

いちいち自分の手にかけた覚えきれない命の数をわざわざ一生、考えて生きてしまう人間なら僕からはもう何かを言う資格はないから。

その時点で、その人の人生には狂いが生じているんだと僕は思う」

 だから昇は外を眺めたまま言う。

「だから「罰」っていうのはそういう事を云うんじゃないかな」

「その台詞。自分が殺されても同じことが言えるのか?」

 カネルがステアリングを握りながら言う。

「言えるよ。ビサーレントさんやオルカノくんに引導を渡されても僕はきっと同じことを思う。

ただ僕が、僕自身の方が……」

 そちら側の人間ではない。そう言おうとした時。

「昇もこっち側よ。だから安心して……」

 前席と後部座席の間の中間席で真理と一緒に座るオリルが言った。

「昇はちゃんと人一人の命をちゃんと考えてる……」

 オリルのその断言は、聞いていたカネルさえもため息を吐かせる。

「よく恥ずかしげもなく、そういうことをはっきり言えるな」

「当然でしょ。だって私、ずっと昇と一緒にいたいから……だから……」

 オリルが昇を見つめて次の言葉を続けようとしたとき。

 山間の景色ばかりだった視界が次のトンネルを抜けた瞬間に一度に開けた。

「……着いたぞ」

 カネルが弧を描く右カーブで路面の傾く車の窓から、右に覗く海の瞬きを捉える。

 それは緑の稜線で周囲を囲まれた広大な隕跡クレーター状の形をした湾内の海面だった。

 そして突如、カーブ脇の出口アプローチに侵入しようとするカネルたちの車の真横の景色を、銀翼の巨大な航空艇の姿が塗りつぶした。

「うわ……ぁ」

 下界に広がる真円な隕跡クレーター型の湾内に着水しようと旋回しながら高度を下げ侵入していく大型の旅客航空艇。

 見上げれば湾の上空では幾つもの同型の航空艇が螺旋を作りながら、着水を待つ鳥のように旋回を繰り返している。

「これが我がエグリアの誇る空路の要、空港湾エアポート・ハーバーギャラクシアだ」

 その広大な水辺に幾つもの巨大な鳥たちが集まってくる光景はそうそうさながらにない壮観な光景だった。

 気づけば誰もがその近未来的な絶景に息を呑んでいた。



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