2.新世界より
夕方近くになり、辺り一帯が暗くなり始めた。
湖畔の波もそれに反射して今は度々きらきらと黄昏の色を瞬かせている。
昼前になってこのログハウスに到着したカネルの世話役兼家政婦であるマーヤ・アルカイスが一階のダイニングで夕餉の準備をしている。
その間に、このロッジの三階に設けられた個人宅には不必要とも思われる広い広間でこれからの事を話し合おうと、それぞれ真理媒体を持ち寄った六人が端々に散らばって占拠していた。
「それではこれからこの惑星、転生に集められた七つの世界とギガリスの情報を私が知る限り詳細に提供します。
分からないこと、気になる個所があれば何なりと質問してください」
そう言って真理は手の平で回していた球体型の光学空間表示を強く輝かせる。
「接続できましたね。それでは送信します」
真理の手の平からそれぞれの真理媒体へと「事」によって情報が転送されていく。
「書き起こしできましたか?
ではそこから各個人個人でその情報を精査していってください。気づいたことがあればお答えします」
言うと真理は目を瞑り腰かけていたソファにもたれ掛る。
他の五人は今真理から受け取った情報をそれぞれ開き素早く目を通していく。
「すごいな」
そう言ったのはカネルだった。
「私の国の軍事機密が駄々漏れじゃないか。
こんなあくどいこともやっていて、これがあのギガリスやリ・クァミスに今まさに暴露されているのだとしたらまさに面子も何もあったものじゃない。
私たちは……どの世界にも顔向けできないな」
カネルは一人自問自答していく。
どうやらカネルは真理から送られた自分の国の情報を自分の知る情報と照らし合わせているようだった。
それでこの真理からの情報の信憑性を確かめようというのだろう。
章子はそれを横目に見ながら自分の真理媒体、光羽遣章を手の平に浮かべ真理から転送されてきた情報を開いた。
第一から第六までの世界情報をカーソルで目まぐるしく回転させていく。
「こんなに……」
それは膨大な情報量だった。
その当時の地球情報から大気構成、地質、大陸・国家構成、生物分布にいたるまで、その全てが無防備に晒されている。
「ぼくたちの世界で、過去と現在とで違った気象状況の地域がいくつかある……」
言ったのは昇だった。
それは章子も気になるところだった。
「え? どこ?」
だから昇の隣によってその画面を見ようと顔を寄せた。
「ほら、ここ。
……咲川さん、別にそんなわざわざ近づかなくてもいいよ。言ってくれれば情報を渡すから」
「え? ……でも、もう来ちゃったし……」
章子は心外そうにブー垂れた顔をした。
そんな露骨に嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか。
機嫌を損ねた章子はそこから動かず、昇の隣を陣取る事にした。
「ちょ……っ?」
「……でも確かにこれじゃあ南半球の気候が北半球の気候と同じになってるね……」
無理やり近づき昇の光学表示球と自分の光学表示面を一時的に同期させる。
「だいぶ混乱するだろうね。
今、僕たちの世界の北半球側は秋口だった。それが南半球でも同じになる。
ちょうど新世界になった時期が、北と南で秋と春と似たような気候だったから良かったけど、これから訪れる季節は南半球側に負担が強い」
言って昇が真理を見る。
「仮に夏が来ると思っていた生物が突然の冬に直面して絶滅に瀕した場合、君はそれをどう思うの?」
昇の視線は尋問の色を強くしていた。
「どうも思いませんよ。
絶滅するのなら仕方がないでしょう。それがその生物の運命だった」
「そんな……!」
「章子……、私に限らずこの世界という全ての自然界は絶滅という生物現象を常に許容しています。
例え私や母、あなたやあなたの世界が絶滅して滅んでも滞りなく世界は回っていく」
冷徹に言い放つ真理に章子は明らかな拒絶を示した。
「たとえそうでも、私にはそんなの我慢できない!
いいわ、真理が何もしないって言うなら私がこの真理を使って……!」
だが心を込めた章子の真理媒体、光羽真章は逆に、その光を萎めていく。
「なんで……、どうして……っ?」
「ごめん、咲川さん。それはぼくがさせない。
死んでいく命には死んでいってもらう。
それはぼくも肯定する」
「なんで……? どうして半野木くんっ」
「そういう生き物の自然死に介入をし続けていると心が病んでいくからだよ。咲川さん……。
たとえそれが神による神為的な状況下によるものだとしてもね」
「何を言ってるの? 半野木くんが何を言ってるのかわたしには全然わからないっ!」
「自然は絶滅を許容する。
それはぼくも同感だ。
ぼくたちが介入できる死はね。目の前だけで起こった恣意的によって死んでしまった命だけだよ。
それ以外の命まで救うと、全ての命を救わなくてはいけなくなる。
分かる?
全ての命を救うってことはきみが今まで食べてきた命、いやそれ以上に今まで死んでいった命まで蘇らせなくちゃいけないってことなんだ。
でもそれは出来ない。
今まで死んで消えた位置エネルギーの命はまた反転し、強制的に自分たちの同じ一生を繰り返していってしまうからだ。
でもそんな事実でさえ君には我慢できないところだろう。
だから同じ命を別の位置エネルギーとして生き返らせようとする。
でも……仮にそうするとして、それで……いったい今まで地球上で死んでいった命は一体いくつあると思う……?」
その問いを聞いて章子は次第に顔を青ざめさせていく。
「だからやめた方がいいんだ」
そして昇はやさしく章子を見上げる。
「ぼくたちは神さまじゃない……」
だからあえて見殺しにするとこの少年は言っていた。




