1.湖畔のロッジ
世界が一つになってから三日目の朝が来た。
章子は第三世界の少女、カネル・ビサーレントの所有する第三時代の軍事国家エグリアの首都ロマリーより幾分はなれた郊外にある湖畔沿いのログハウスの部屋内にいた。
肩から提げていた手荷物を今着いたばかりの広いリビングの部屋の片隅に置く。
荷物と言っても最初から持っていた物ではない。
魔導国家ラティンより出国する際にオリルの国リ・クァミスよりせめてもの身支度にと手渡されたものだった。
中に入っているものは軽い着替え一式と少なからずの日用品だった。
「よかったの? こんなの貰っちゃって?」
章子が聞くと同じくリビングに足を踏み入れたオリルも頷く。
「別にいいわよ。私にも支給されたし。それにあのラティンでの功績を考えればこれだけで済まそうっていう方が理不尽じゃない?」
そしてカーテンの開かれた窓から広がる湖の景色に目を奪われる。
「すごい。どうやったら私たちと同じ年でこんな暮らしができるものなの?」
寮暮らしだったオリルには、もはや呆れることしかできないため息に章子も同感だった。
アメリカ映画にでも出てきそうな三階はある豪邸ともいえるほどのログハウス。
それだけでも現実離れしているのに、更にその部屋の大きさもいちいち最低でも二十畳以上は誇っているというから呆れるしかない。
しかも、これを全部自分と歳の変わらない少女が一人で所有しているのかと思うと眩暈がする想いだった。
「別にそんな大したものでもないだろう。これぐらいなら私の周囲でも誰もがみんな持っている」
後から入ってきた金色の長い髪をなびかせる私服を着たカネルも同じように息を吐いた。
「それは大人の話でしょ? わたしたちはまだ十四歳じゃない」
「十四でも入省すればこんなものだぞ?」
その答えには章子とオリルもあきれるばかりだった。
カネルは自国の保安省という国家国務機関に所属しているらしい。
だからその振る舞いは国家の代表という所作を常に感じさせる。
だがその口から出た入省という言葉は当人にして見れば至極当然のことなのだろうが、しかし一体誰がこの成長期という大切な時期に国家公務員としてその公務に就けるというのか。
しかもこのログハウスは子供が持つにはあまりにも度の過ぎた物件だ。
章子が知る限り、学校の級友にだってここまでの別荘地をもった親を持つ同級生はいなかった。
「あと少ししたらマーヤが来る。積もる話はそれからにしよう」
「マーヤ?」
「この家のお手伝いをしてもらってる人だよ。家政婦といえばいいのか?」
「は?」
その歳で家政婦持ちだと?
「なんだ? 何か都合の悪いことを言ったか?」
「カネル……あなた、いったい月に幾ら収入があるの?」
「言ったとして、お前たちに私たちの国の通貨価値が分かるのか?」
「飲み物ぐらいあるでしょ? 一杯いくら?」
「首都圏の飲食店でだいたい五百程度か」
それは章子の世界と比べて少々高めか。
「で? 本題の方は?」
「……一か月、300」
「は?」
「だから、一か月三百万だ! これで文句ないだろう!」
その数字はもはや喧嘩を売ってるとしか思えない。
どこの世界に一か月三百万のお小遣いをもらう中学生がいるというのか。
「カネル、カード出して……」
「はぁ?」
「カード出して。あるんでしょ? そのお金、わたしがキレイに使い切ってあげる」
手を出した章子のその目は地で笑っていなかった。
「あったとしてもそんな目をしているお前には持たせられないな。章子」
「なによ。中学生でそんなお金を持ってる方がどうかしてるんじゃないっ」
リビングで口論を始めた少女二人をよそに顔をのぞかせたクベルと昇の男子2人はそのまま二階に続く階段に向かおうとする。
「二階の部屋、使っていいんだよね?」
「ああ、寝床は昨日言っておいたから用意してあるだろう。
二人部屋が男子部屋だ。そこを使ってくれ。
私たちには四人部屋が用意されてるはずだ。
真理の分も用意してある」
「それはどうも」
しれっとリビングに入ってきた真理が頭を下げた。
「しかし、食材の方は手配させなかったが本当によかったのか。
昨日の今日では冷蔵庫にもろくなモノがないぞ」
それには真理が頷いた。
「生鮮類などの食材などは全て私が用意します。
もちろんこのエグリアに沿った食材ですが。
その後の調理はお任せします」
「例のアレか……」
カネルは渋面を作って言う。
カネルのいう例のアレとは個体発生のことを言ってるのだろう。
生命をト殺することなくそれらの食材を最初から物という形で発生、出現させることの出来る真理学による科学技術。
「マーヤは面喰うだろうな。
まだ私たちの世界ではこの新世界は受け止めきれていない」
カネルが言うとクベルもそれに同意した。
「それは僕たちの世界も同じだよ。
まだこの世界に馴染むにはあと一週間の時間は必要だ」
それを聞いた章子は一週間でも早い方だと思った。
おそらく章子や昇たちの世界社会はあと半年はこの話題で持ち切りだろう。
そう思うと尚更カネルやクベルたちとの世界とは格の違いを思い知らされる。
「どうしました? 章子」
真理に気遣われて章子も自分を取り戻したように我に返った。
「ううん、なんか本当に現実離れしてるなって」
改めて振り返る章子に、真理たちも相槌を打つ。
「さすがに私でもこの二日でここまで事が進展するとは思いませんでした」
「そう言えば真理とカネルたちっていつ知り合ったの?
知り合った時はまだ世界は一つになってなかったでしょ?」
章子が問うと真理は首を振った。
「一つになってたんですよ。ただそこにあなた達の世界はまだ呼ばれていなかった。
あなたたちが呼ばれないうちに他の三人には先に接触していたのです」
「それっていつぐらい前?」
昇が訊くとオリルが答えた。
「30分前ぐらいだった?」
「それぐらいですね。正確には36分41秒ですが……」
そんな三十分前ぐらいであんな知ったかな物言いが出来るものなのか。
章子は改めてカネルやクベルをまじまじと見るがたった四十分あたりで宇宙起源を止めた半野木昇の適応力を目の前にすれば、否が応でも納得するしかないのも事実である。
「そんなことよりさっさと荷物を部屋に持っていかないか。
しばらくここが私たちの本拠地になる。
私たち……遣使、
遣派対侵犯新世界使節のな……」




