11.三日月環の流星雨
神ゴウベンは目下に広がる廃墟と化した魔導の都を足元にしてその場から消え去ろうとする。
「これが最後だ。
これより先、君や君たちとはもう会うことはないだろう。
その前に君は死ぬことになるからだ。
私の仕掛けた異界の門の開扉によって」
それは昨日の宇宙でも告げられた死の宣告だった。
「それは一年後の今日のこの日だ。
新世界起日。
君の余命はその一年間しかない。
その間に悔いのない人生を歩むことを勧めておこう。
その時が来るまで、好きな女の子と気が済むまで一緒にいてもいい。
あるいは、この広大な新世界大陸を一人孤高に旅をしてもいい。
それとも家族と一緒に短い時間を噛み締めていくのも一興かな。
それは君の好きにすればいい。
ただ私は何処にいても君を見ている。
君が誰と何をして何を感じ何を思うのかも全てを記録し、私は君のこれからの一年間を凝視していよう。
なに恥じることはない。
全ての人の生理現象は私にとってはもはや、動物や単細胞生物のそれと大して変わらない受動感情しか受け付けなくなっている。
二十数億年もこの世界で生きながらえているとね、もう人としての営みもただの家畜、動物、畜生のそれとまたっく同じに見えるんだよ。
人間だと自らに言い聞かせておいてこの有り様は自分でも嘲笑してしまう滑稽さだが、これが現実なのだから仕方がない。
私はいつでも、いつまでもこの本、事続記を通して君の一挙手一投足を見守ってよう。
だから君は安心して自分の人生を自由気ままに謳歌すればいい。
それだけの力が、
世界を掌握するほどの力が、今の君にはあるのだから」
神の背後の青空で今も映える召喚された黒い真理の光によって映る遥か遠き異界の惑星。
その光景を以てして、確かにこの事態は神が言う通りの引き際にあった。
「さて、私はいくよ。
でもいいのかい?
過去にして今は別人となった昔の私、アワントス・クダリル。
これは君にとっても最後のチャンスだ。
言いたいことがあるなら今、言っておくといい」
神に見上げられ、発言を促されたこの有事の元凶、黄色いピアスを左耳に輝かせるアワントス・クダリルはゴウベンと相対している半野木昇を見る。
「来てっ!」
その発言と共に差し伸ばされた手は、昇やそれを目のあたりにした章子たちの顔にも驚きの色を顕わにさせる。
「私と一緒に来てっ! 半野木昇! あなたは私と一緒に来るべきよ!
私には分かる。
あなたは私と同じ、こちら側の人間よ!
世界を敵とする者たち!
わかるでしょ?
この世界がっ!
あなたが満足する世界にこの新世界もなるには、この新世界でもあなたや私たちは敵となるしかないっ!
なぜならっ……!」
「なぜなら……「世界を敵とする」ということは「自分はもちろん、その自分や自分自身の世界さえも嫌い憎み、敵とする」ということだから……」
昇は今の自身の気持ちを言葉として吐露する。
「そうよっ。
自分自身でさえ嫌い嫌悪し忌嫌し己さえも己の敵とすること!
世界を敵とする資格はまず己を敵とすることから始めなければならないっ!
それができないヤツに世界を敵に回す資格はないっ!
そして、それが分かっている、半野木昇!
だからこそあなたは、私と一緒にこの新世界の敵にならなければならないっ!」
「何のために?」
少女のその誘いを少年は質問で問うた。
「世界を変えるためよっ! わかってるでしょっ?」
その少女の答えに昇は何かを思い出したように吹き出し、ただ弱く笑った。
それは自嘲とも嘲笑とも取れる笑いだった。
「何で笑うの? その嗤いは自分に向けているも同然なのよ?」
「そうだよ。僕は自分で自分が可笑しいんだ。
だから無理なんだよ。
僕にも、君にもこの新世界は変えられない。
その真理の力で咲川さんたちを圧倒した君に一つだけ、君でも気づいてない真理を教えるよ。
それはね。
「自分を変えられないヤツに世界は変えられない」ってことなんだ。
普通に考えればすぐに分かる簡単なことだよ。
世界を変えることと自分を変えること。
その二つの内、どっちがより簡単かという仕組みさ。
さあ、君は一体どっちが簡単だと思う?
自分を変えることと、
世界を変えることと、?」
「そんな……、それは……」
「当然、自分だよね? 世界を変えるより、自分一人を変えた方がよほど簡単なんだから。
でも君はそれをしないんだろ? いやできないのか?
自分を変えたら、世界を変える必要がなくなるから。
だからしたくないし、できないんだ。
だけれど……。
そんな自分も変えられないような人間が世界の一体何を変えようっていうんだ?」
昇の問いは世界全ての真理を突いていた。
「僕だって自分は変えられないし変わらない。
だから僕に世界は変えられない。
だから……君とはいかない……」
そして上空でクダリルと面と向かっている、白い光の羽根を誇るように左胸に燈し、酷く派手な衣装に身を包んだ同じ世界の少女を見る。
「それに今の僕にはやらなくちゃいけない事が出来た。
そのやらなくちゃいけない事をするにはやっぱりここにいなくちゃいけない。
だから……ごめん」
昇は視線を下げた。
「君とは……行けない」
それは明確な拒否の行動。
「私を……拒絶するのね……?」
クダリルの言葉に昇は頷く。
「どうするのだ? 長よ」
突如の戦闘の休止によってクダリルに集まってくる元第六世界の十二獣座たち。
「……退くわ。退却よ」
そしてその視線は目の前の少女たちに目を向けられる。
それは敵対の意識だった。
「忠告するわ、咲川章子、オワシマス・オリル。
あの半野木昇はいつか確実にアンタたちの敵になる。
それはきっとあの神が宣告した一年間の内ではないでしょうけど、それでもその宣告から逃れた未来では確実に半野木昇はあなた達とは一緒にいないわ。
これだけははっきり言える。
いつか半野木昇はあなたたちから離反する!」
クダリルの目には敵意しかない。
「それでもあの半野木昇と一緒にいられるのか、本当に見物ねっ!」
そして次に見下したのは神と少年。
勢いよく振り上げられた手がその決意を高らかに誇示する。
「後悔させてあげる! 半野木昇っ!
私の誘いを断ったこと、絶対に!
絶対に後悔させてやるんだからっ!」
クダリルは天を仰いだ。
「……降れッ!」
唱えたのは固体発生によって静止軌道上の広範囲に三日月状の環を形成させ、そこから幾重にも降り注いでくる無数の流星雨。
その流星雨が手当たり次第に衛星軌道から魔導の街に降り注ぎ、着弾し広範囲の爆発を巻き起こす。
それは流星雨によるMIRVだった。
大規模な衛星魔術兵器。
その光軌が廃墟と化した街中に次々と直撃していく。
「退くわよ。
神の教えとなる教え、退却!」
クダリルの一声で次々と集まった獣支たちがエネルギー相転移機動で退避していく。
そしてその流れに乗じ、神もまたこの状況から離脱しようとしていた。
「これは私からのプレゼントだ。
昇くん。
君が今の今まで献身的に護ってきた全ての相転移状態となっている位置エネルギーを基点にして全ての生命、破壊された物を元通りにしてあげよう。
いつまでもずっと君のような少年に、私のような神の真似事をさせるわけにはいかないからね」
ゴウベンがそんな言葉を残して姿を消していく。
だがその寸前、ゴウベンは魔導の都全てに闇の光を放ち、そこから街の全てを元通りに戻していった。
先ほどの極大的な戦闘や今も空から落ちてくる流星隕石を防いで儚く散っていた筈の命も戦闘前の体を与えられ元の生活に戻されていく。
街は不思議な喧噪を残したまま、先ほどまでの激しい戦闘が幻だったかのような平穏を取り戻していった。
「さようならだ。昇くん」
「ええ、さよをなら……ゴウベン」
流星雨の降り止んだ新世界の街。
その上空で昇からの返事を聞き終えて、消えていくゴウベンの表情からは笑みがこぼれていた。
その笑みには一瞬だが少女の笑みが見えた。
昇にはそう思えた。
今、ここに長くも短かった新世界初の多世界間戦闘は、結局何の被害も残さないままその記憶だけを全ての住民たちに刻み込んで終了を告げた。




