10.異界の惑星
闇の漂う衣服にその身を窶す神、ゴウベンは廃墟となった魔導都市の大空に手を翳した。
「今こそ見せよう。私の本の中で同時に走らせている四兆にのぼる併行世界。その内の五十万の平行異世界をもう一つの新たな惑星、異界の惑星としてこの転星と同じ同一公転軌道上に出現させる瞬間を……」
ゴウベンの翳した闇の手に神の真理が黒い光となって迸る。
「これ以上まだ新惑星を創ろうっていうんですかっ? あなたはッ」
「そうだよ。これだけではまだ足りないだろう?」
「これ以上、一体何が足りないっていうんです!」
「世界だよ」
「な……?」
「世界が足りないんだ。
一番最初のリ・クァミスから最後の時代となるムーやアトランティスの文明世界まで、呼び寄せたそれら六つの時代と狭間の時代、そして君たち現代の世界。
これら八つの世界を揃えてもまだ足りない。
何が足りないと思う?
幻想性だよ。
生物学を触りとはいえ真理学の領域まで突き詰めた第六世界でさえ、その幻想性には遠く及ばない。
さっき私が召喚した龍を見ただろう?
あれでも中型な方だが、第六でさえあれほどの巨大生物は存在しない。
何故だと思う?
それは第六世界の土俵が地球という小規模の固体惑星だったからだ。
固体惑星という地球型惑星では生物の進化行程はそれほど期待できない。だからと言って気体惑星の木星型、煉体恒星の太陽型では生物の存在自体からまず無理だ。
ならどうすればいいか?
簡単なことだろう。それよりもっと巨大で安定的な仮想情報のみの惑星、情報型惑星を創り上げればいい……」
そう言ってそれまで饒舌だったゴウベンは、奔らせていた闇の真理を炎と煙の立ち上る魔導の空いっぱいに塗りつぶすように広げる。
「これが、数十万にも及ぶ異界の門を幾層にも重ねた情報集積型真理惑星、異星だ」
そして唱える。
「……宙星絵文……」
日蝕時の様に急に暗くなった世界から唐突に光の波紋が、一瞬にして夜空となった空の全てに展開した。
「これは……」
地上や空中にいた人々全てが大宇宙と化し暗くなった夜空という夜宙に次々と瞬きだす星々を見上げる。
見上げた宇宙では太陽の黄道軌道、転星の公転軌道が光の罫線で示されそれが目盛を帯びて地球の公転速度と同じ速度で光罫上を推移していく。
「こんな……これって光学世界表示どころの話じゃない……」
呟かれるクダリルの言葉。
それはまさに太陽系、銀河系、その他全ての宇宙を光学的に映し出した光景だった。
光学天文表示。
それこそが今この宇宙の現時点での姿をここに示す。
「これが今現在の宇宙の姿だよ。
全ての銀河系、太陽系の恒星、惑星、衛星の公転軌道、古代に描かれた星座の紋様。
それら全てが今この大夜宙に映し出されている」
光年などという時間の誤差などを全て超越し宙空に映し出される天文の光景。
銀河の網の目。全てのガス星雲の絶景。直線と曲線で描かれた完全現在の星座の紋様。
新しい星々と星雲、そして現在までの星々と星雲も瞬き合う絶対の天上。
夜空はすべて数多の色の光の描点と描線で埋め尽くされていた。
「そんな……これはあの時の……?」
それは昇が過去にも見たことがある光景だった。
「そうだよ。私と君は過去に一度会ったことがある。
君が幼い頃、プラネタリウムを見に出かけにいった時に迷子になった事があっただろう。
その時に知らない男と一緒にいた記憶はまだあるかな?
その時、君はその男にあやされながら見上げた宙でこれを見たはずだ」
確かに昇にはその光景の記憶が脳裏にある。
しかしあの時隣にいたのは父親で、あの時見た光景はプラネタリウムの中での景色だったはず……。
「だがしかし、君はあの光景をもう一度見たいという一心からその後、思いついた時には幾度か科学館のイベント情報を調べていたはずだ。
だがいつ、どこにいっても君の記憶するこの景色には出会えなかった。
そうだろう?」
昇はその悔いを思い出し唇を噛む。
「あの時、父さんだと思っていた人があなただった?」
「そうだよ。君はなんの疑いもなく無防備に私の隣をついてきたね」
懐かしむようにゴウベンが含んで笑う。
「子供の心を弄んでっ……」
「それは違う。あの時の君は本当に無垢で純粋だった。だから私も見せたんだよ。
だがあれは本当に気まぐれだった。
それがまさか、あれだけの切っ掛けで君がここまで真理に辿り着くとはあの時の私でも思ってもみなかった」
だから見せた。とゴウベンは言った。
「君が小学校を卒業する頃、その思考が私のこの本で常時走らせている真理学解析に引っかかったんだ。
この世界の可能性を広げる真理と光速よりも速い存在。
その領域に辿り着いたという言語一致の知らせと共にね。
だから君には分からないだろう。
私の今、この時の喜びを。
だがそれは別に理解しなくてもいい。
私の見せたこの光景に対する君の反応こそが、今の私の追い求めているものなのだから……っ!」
天頂で鈍く輝く黒蝕の空の西。
そこに闇の色にもっとも近い黒色の光で幾層もの魔法陣が折り重なって集まり一つの球体状の惑星が形成されていく。
それは異界の門が集積されていく光景だった。
「異界の門を繋ぐ魔法陣が集まっている……?」
実体のない情報上のみの惑星。
それが太陽系第三惑星公転軌道上の最後の十時点の一角に顕現する。
「これで地球と同一公転軌道上の円周上に大十字点として四つの惑星が配置された。
地球、転星、覇星、異星。
これが私が、半野木昇くん、君に見せたかっ本当の新世界の形だよ。
この世界はもはや現実の生体間感触と仮想情報世界から現実的に門から開かれ現われ渡る幽体間情報存在の狭間で成り立っている。
君たちの想像する幻想世界、幻想現象は全て現実で引き起こすことの出来る完全現象となったのだ。
分かるかい?
ゲームの世界を現実世界に具現化召喚させる。
私はそう言っているんだ」
そう言い終えた神の掲げていた手が、暗がりだった蝕の世界を一瞬にして青空の広がる元の現実世界に引き戻した。
「もうそろそろ引き際だね。私はそろそろ退散しようか。
だが、その前に伝えておこう。
あの惑星にはさっき開いた異界の門の世界も出現させておいた。
もちろん世界転写によって君の本に構築された世界も向こうの異世界に移し同化させておいたから安心してほしい。
君にそこまでの負担は強いらせないよ」
この神は言っていた。
「君だけは絶対に、こんな理不尽で滑稽無当な「神」なんて存在のものにはさせはしない」