8.神が動く
神が動いた。
四人の少女たちが飛び立った後、魔導魔術評議堂の破壊された室内で各世界の要人たちと共に残った神、ゴウベンと半野木昇。
顔を向け合う双方の内、先に行動に移したのがゴウベンだった。
「そろそろ頃合いだね。見せるとしようか」
そして差し伸ばした手を昇に向ける。
向けられた手の先から光が虚空を破って昇の真横を掠め一直線に彼方へ消えた。
直後、巻き起こった地平の遥か先での核爆発を凌駕するほどの大爆発。
「……っ!」
昇は唇を噛み締めていた。
「しかし、まだ周りが邪魔だね。もう一つ消しておこうか……」
今度は手を真横に翳し次の光を撃ち放つ。
それを防ぐように昇の発生させた多重壁の魔法陣が弾道軌道上に幾つも出現するが、それらさえも貫いて神の弾道は地平の果てに消え、次の戦局的な巨大爆発を巻き起こす。
「無駄だったね。だけど褒めてあげよう。
そんな状態でさらにこの攻撃を防ごうとしたことに」
見透かしたように言うゴウベン。
「しかし、これが荷電粒子魔術の行き着く先だ。
荷電による電荷魔術を使って精製される通常の物質とは正反対の電荷性質を負った反物質による長距離砲撃。
荷電反物質魔動」
言って神の体がふわりと浮いた。
「ほらボヤボヤしていると至近距離でこの魔動が着弾するよ」
ゴウベンの手の照準が昇の足元を補足している。
だが昇に動揺した表情はない。ただ口元を噛みしめゴウベンだけを捉えている。
「いいね。ならもう少しこの街には犠牲になって貰おうか。
迸れ」
ゴウベンの軽く挙げた手から赤い光の一閃が、真横から魔導の都市を一瞬で薙ぎった。
弧を描いた半径円の着弾線から、膨張し熱を蓄えこんだ爆炎増す赤い柱が瞬時に炸裂し赤い光景を伴って街を塗りつぶす。
大気が、空が、その振動で震え上がった。
「さて、今ので何人死んだかな? 君たちのヒロシマ、ナガサキどころの規模ではないと思うけどね?」
「神さまが一々、人の死に数を数えてるんですか?」
ようやく昇が口を開いた。
「まさか、数えてるのは本さ。それに私は神ではないと言わなかったかな?」
言って自分の真理媒体、古い黒茶色の本を揺らして示す。
「あなたは神さまですよ。誰が何と言おうと……」
その手は握り拳を作り震えている。
「ヒドイな。私は人間だよ? すこし人より強い力を持ってるだけのね……」
「人間だったら、もっと酷いことをしてるはずでしょう? それが分からないあなたじゃない筈だッ!」
青い真理の光を纏ってゴウベンとの距離を一気に詰め、出現させた剣をゴウベンに振るう。
それをヒラヒラと躱しながらゴウベンは言った。
「だから、これ以上ないほどヒドイ事をしているじゃないか。
勝手に過去の住人を違う時代に出現させておいて、しかもそれを気分次第でまた間引いている。
生を受けさせた傍から殺しているんだよ? これほどヒドイ事が他にあるかな?」
「ありますよ。人間だったら……。人間にそれだけの力があったら、人を人の形になんてさせてはいないんですから」
神が得心して笑う。
「分かっているね。そうだよ。
人は何処から来て何処へ行くのか……。
君の世界ではこれは永遠の命題らしいが、君や私にとってはとっくに答えの出た、埃の被った愚問でしかない。
して? その答えとは……?」
「人は……事より出でて事へと向かう」
昇の答えにゴウベンは歓喜する。
「その通りだよ。それが真理であり原理だ。
事紀より生まれた、人も含めた全ての事はまた事紀に還るしかない。そこには人の姿なんてものはない。だから人が私と同じ力を手にしたら人の姿ではいられない。
そして周囲の人間をも人の姿のままではさせておかないだろう。それが人というものだからだ。
神は死なないが故に増える必要はなく常に独りであり、人は死ぬが故に増えるしかなく群体のままであるしかない」
それが神、ゴウベンが永遠に近い時間の中で辿り着いた答えだった。
「それで……常に一人でいるしかない神のあなたが、これからこの新世界を目の前にして一体何をしようっていうんですか?」
「ひどいな。だから私は神ではないと言っているのに」
「仮にあなたが人だというなら、その人間が他人に何をするっていうですかっ?」
「決まっているだろう? 見せるんだよ。
まだ人である君にこれから見せる数多の世界を……」
魔導魔術評議堂の直上。
その上空で立ちどまった昇を見据えてゴウベンは軽く挙げていた手に闇の真理を光にして込める。
「じゃあ開けるよ。よく見ておくんだ」
そして唱えられる開錠の言葉。
「開く」
ゴウベンの背後で真円の闇が開いた。
その闇の奥から何かの咆哮とともに光の束が一直線に突き抜けた。
突き抜けた光は掠っていくラティンの街を地平の彼方にまで奔らせ、一条筋に爆発炎上させる。
「君は人が死ぬのが嫌いだね」
唐突にそう言った神。
背後に開いた深遠の闇の縁では鋭い爪が這い出ようと掴み、その姿を覗かせる。
「出てくるよ。君なら分からるはずだ」
さらに轟き響く咆哮。
深い闇の円を踏み切り、そこからいくつもの影が飛び出した。
「龍……」
飛び出したのは龍人であるファブ二とは明らかに格の違う五頭の龍。
それが廃墟の街となりつつあるラティン上空に滞空する。
体長は目視でも四百メートル超、広げる翼でさえも片方だけで二百メートルは誇っている。
それこそまさに昇の世界で言う怪獣という言葉さえ超越した巨大生物たちだった。
空中で慟哭する龍たちは血に飢えていた。考えられない巨躯が地上に落とす太陽からの影は、雲が覆うそれよりも遥かな恐怖を煽りたてる。
下界を見回し獲物を探る凶器の眼差し。
今まで魔都の街中や上空で各々の武器を振るい戦っていた者たちは揃いも揃ってその手を止めた。
至る所で開かれる数え切れないほどの真円なる闇の門。
それは空中、地面、雲上、壁面、ありとあらゆる場所を選ばない。
その数は数百とも数千とも知れなかった。
「繋がったね」
神は宣告する。
「数千層の多重世界と現実世界を繋ぐ異界の門。
これがもう一つの真理、真理学によって辿り着く深淵の境地だ。半野木昇くん」
そこから次に出てくるものは一体、どんな生物なのか?
いや、そもそもそれは生物でさえあるのか?
これから始まるのは戦争ですらないのかもしれない。
魔導の街でまだその命を存命させている皆々の顔にはそんな表情があったが……。
「いいのかい? 門は開いたままだよ?」
しかし、この異様な光景でさえ神にとっては未だ終焉の姿にはなり得なかった。




