1.壮大に始まる何か
「君が咲川章子か?」
「え?」
突然の惑星の出現に騒めきの収まらない教室の中で咲川章子は見知らぬ少女に声を掛けられた。
「だ、誰?」
章子の背後に立ち、声を掛けてきたのは鮮やかなブロンドの膝裏まで届こうかという長い髪をなびかせた背の高い少女だった。
その外国人を思わせる少女はあきらかにこの学校の生徒ではなかった。
着ているものはホテルのベルボーイが着用するような深緑の長い洋物のコートにツバの無い制帽。
それはどこか由緒ある軍隊の制服を思わせるものだった。
「私の名はカネル・ビサーレント。これから君は私と一緒に来てもらおう。君に会いたいというヤツがいる」
有無を言わせずにカネルと名のった少女は章子の手を引っ張る。
「ちょ、ちょっと、突然現れて私をドコに連れていこうって?」
「もう一人のいる場所だ。そこで他の二人にも会うことになる」
「もう一人? 他の二人?」
この金髪の少女が何を言ってるのかが分からない。
「時間が惜しい、まずは出る」
教室にいる誰もが手を引き引かれ教室を飛び出した二人を目で追っていた。
突然巻き起こった騒ぎと後を追う視線が自分の背中に突き刺さるのが分かる。
「いったいどこに行こうっていうの?」
下駄箱から夥しい数の教師、生徒たちが空を見上げる校庭に出た。
その視線が章子とカネルへ徐々に集まる。
章子はカネルを見た。
カネルは脛にまで届くようなロングコートの懐から一丁の銀色に装飾された拳銃を取り出す。
「なに?」
その途端、カネルの回りで光によって構成された立体的な無限遠による緑色の罫線が、光学的な球体型魔方陣として出現、展開し回転する。
「なに……それ?」
「光学空間表示というものだ。今展開させた空間魔方陣を光学的に可視化させたものらしい」
「らしいって……」
そこで遠く、白いツインタワーの背後の空を、北から南へ鮮烈な何かの閃光が一直線に突き抜けていくのが見えた。
「あれは……?」
「雷属性の魔術、荷電粒子魔術だね。どうやら迷い込んだようだ」
唐突に校舎の屋上から校庭に降り立った別の少年。
そして彼方で轟く轟音。
「遅かったじゃないか。どこに行っていた?」
「まずい展開だ。竜が来た。降りてくるよ」
新たに現われたのは赤い衣を身に纏った茶髪の少年だった。
その醸し出す雰囲気や様相はカネルのそれとはまったく違う。
まるで身なりから全て住んでいる世界自体が根本的に異なっているような感じだ。
しかし、そんな章子の洞察も気にすることなく二人は続ける。
「お前の所のじゃないのか?」
「かもしれないけど。放った解析魔術に該当はなかった。しかもあの規模の荷電粒子口径は竜の息吹でもただ事じゃない。それにあの位置」
「もう一人のところか……!」
赤い衣の少年は頷く。
「狙われてるかもしれないね。誰にかは分からないけど……」
「大方、この世界を創った神だろう」
「もしかしたら向こうの惑星かもね」
「だとしても……」
そう言ってカネルは自分の目の前に光学表示された異世界文字を見ながらその発生源とみられる銀飾銃をカチカチと繰る。
「なんとかなる……か?」
「させるよ。ソッチには慣れた?」
「なんとも。だが戦闘前には形にさせる」
「頼もしいね。こっちはまだ相転移機動まで出来そうにない」
「それで許約者か?」
赤い衣の少年は笑う。
「勘弁してよ。エネルギー相転移なんて真理学の領域だ」
「……だがそうも言っていられない。行くぞっ!」
銀飾銃に何かのスイッチを入れた途端、カネルを覆っていた球体型光学魔方陣が背後に立つ章子まで呑みこむように広がる。
そのタイミングで赤い衣の少年も赤い衣の中から数多の炎を封じたとされる赤い宝石剣、許約剣を引き抜いた。
そして二人は言う。
「魔動項目、機動魔術抜項! 航空魔術を発動させる!」
それは風と炎の複合魔術。
光学表示された魔方陣が二人と章子の背後に展開しノズルを絞るように収縮を繰り返す。
そしてそこから沸き起こる強烈な灼熱風。
章子には全く何が起ころうとしているのか分からなかった。
しかしカネルと赤い衣の少年は微笑みを向けて章子に呼びかける。
「飛ぶぞ」
「行くよ」
「え?」
いきなり手を取られて呆ける少女と当の二人の少年少女が奇しくも名古屋駅ビルの向こうの地を目指すように目を向ける。
次々と灯る光学表示された航空魔術管制計器の数多ある数値が極限値を示した。
二人は唱える。
「出撃ッ!」
魔術に守られた光が母校の校庭からツインタワーを抜けて、東の目的の地を目指す。
壮大な何かが始まろうとしていた。