5.十二獣の宮座
白昼の昼間。
新世界会議の舞台となっていたヴァッハの中央区に位置する一際高い丘陵の頂上に建つ魔導行政の中枢、五人の魔導使いたちの居城、魔導魔術院評議堂の最上階は爆発した。
魔導魔術評議堂の伝統ある様式美を飾った屋根や壁面部分は全て吹き飛び、その中からはもうもうと灰色の煙が湧き起っている。
それはヴァッハの空を日常的に行き交う箒や絨毯など庶民的な航空魔術媒体に乗っていた者たちの目から見てもハッキリと肉眼で確認できるほどのものだった。
この魔術、魔導の一大首都の都心で起こった突然の惨事。
日々、魔術、魔導に慣れ親しんでいる者たちから見てもその光景はその日常の手を止める程の危機を見せつけていた。
そして……。
その場となった新世界会議の現場、魔導魔術評議堂の最上階、その大半部分を占める大広間の中では、突然に湧き上がっていた爆煙が晴れだしていく。
「なんということを……」
それを言ったのが誰かは分からない。
だが周囲の壁は全て吹き飛ばされ魔導国家に相応しい快晴の下、無事だった参加者たちと議卓だけが白日の下に照らし出される。
「ようこそ、「神の羊となる教え」へ。
これは、私から仲間となった貴方たちへ贈る証みたいなものよ。受け取って」
煙が晴れだした中でこの惨事の首謀者であるクダリルは仲間となったハイオンに二振りの重圧な両刃の手斧を投げて渡す。
「これは?」
その手斧の中心には獅子の彫刻が施されていた。
「それは許約媒体級の魔動媒体。あなたのは特別に真理製にしてあげたから相当な出力になるはず。
そうね、獅咆斧とでも名付ければいいわ」
「獅咆斧……」
「他の十一人にもそれぞれ独特の魔動媒体は出現させておいた。でもぼやぼやとはしていられないわ。すぐに許約者たちとの総力戦になる」
「それと戦えと言うのだな?」
「それだけの力は与えておいたから、あとはあなたたちの好きにすればいい」
「期待には応えよう。我ら武門を司る獅子宮の力、今ここに見せつけてくれる」
だが大卓を挟んだ同じ議場にいる許約者たちからは攻撃の先手を感じない。
「どういうことだ?」
「ギガリスがいるからよ。彼らは許約者の一人、しかも歴代最強の許約者を下した。
だからここの警備も誰がしていた所で意味はなかったの。
彼らギガリスの抑止力たり得るのはもはや、神ゴウベンか半野木昇、それと神真理にオワシマス・オリル、咲川章子ぐらいだろうから。
……だから、こうやって場を動かすのよ。
シオン、シモン、いいわね?」
黒い山羊と白い羊が頷く。
「行きなさい」
クダリルの言葉で黒山羊と白羊の姿が消えた。
「来るぞ、ミル」
「ええ」
そして同時に消えた黒銀の真理使い、覇星の使者も消えて慟哭と衝突を繰り返す相転移機動の戦闘が魔導魔術評議堂も超えたヴァッハの上空、全体で繰り拡げられる。
「これでしばらくは時間が稼げる。そしてそれは情けない許約者たちの軛も解放されたことを意味する。
だから来るわ。お願いできて?」
「承知した」
豪奢な獅子の二つの手斧を両手に構えハイオンは立つ。
そしてそれに近づいてくるは歳深い深緑の許約者。
「貴公はこの第二、ラティンを敵に回した。それがどういう事か分かっておるのか?」
「私が敵に回したのは貴方たちじゃないわ」
「なに?」
クダリルは言い放つ。
「私が敵としたものはこの「世界」そのもの全てよ!」
世界を敵とする者たち。
だからこその「神の羊となる教え」
そしてそれは新世界をも敵とする者たちでもある。
その最初の牙が、天より降り注ぐ極太の鎖の束となって魔導魔術評議堂の議場を次々に貫いていく。
貫いた鎖の先の衝撃でさらに巻き上がった煙。
しかしそれさえも風の魔術で吹き飛ばし開かれた空から数々の影が飛来してくる。
「これはどういう事だ? ハイオン」
次々に降り立つ他の獣士たちが自分たちの首領であるハイオンに集う。
その集まった十人の獣人たちはさながら多岐に渡っていた。
ライオンの獣人であるハイオンに続き、象、キリン、猿、馬、狼、鼠、猪、牛、鯔、鯨という多彩な色彩を放つ多種多様な獣人の集団。
そして、その最後に兎の獣人が合流し遂に第六世界の十二獣座が揃う。
「ハイオン!」
「ラピリ。お前は残れ、妃を頼む……」
言ってハイオンは兎の獣人ラピリをその場に置いて皆に語りかける。
「我ら十二獣宮は盟主ムーに反旗を翻す!
そしてこれより合流するのはこの少女の秘密組織「神の羊となる教え」だ!
これは十二獣宮の首領、私の一存による決定! しかし、皆にはその意思に従ってもらうっ」
あまりにも理不尽な物言いだったが、だが誰も離反するものはいなかった。
「……それで? 当面の対処は?」
「来るものを迎え撃つ。できるな?」
一人を除いた十人が頷く。
「まずは許約者という者たちの相手だ。第二最高の戦力だという。抜かるなよ」
ハイオンの言葉により、それぞれが持つクダリルより与えられた魔動媒体が輝きだす。
だが、それを射抜くように彼方から輝いた鋭い一閃がハイオンを捉えた。
「なっ?」
ハイオンはその一閃を獅咆斧で防ぐがその威力はハイオンの巨躯をヴァッハの街並み続く彼方まで押しやる。
「お前……お前はっ、ファブ二!」
手斧で逸らし、一閃をやり過ごしたハイオンはその上空で止まった者を見上げる。
それは龍人だった。緑色の龍人。龍の顔、体を持った人の容。
「お前がいながら、何をやっている? ハイオン……?」
「我らはムーを見限る! 我らはあの少女の側に着いたのだ!」
「主はどうする? 我らは主の為だけにある。その為の主道十二獣宮座ではないのか?」
「その主の母となる妃には処兎座が付き添えてある。それで文句はあるまい!」
「聞こえていたぞ。私が座すべき宮座、智龍座を引き換えにしたそうだな?」
「いつもその座から離れている貴様に言われる筋合いではない!」
「ならばここで雌雄を決してみるか?」
「魔動媒体もない貴様などにっ!」
“待って”
龍と獅子の問答に割って入った声はクダリルだった。
それは遠く真理に乗って届く声として二人の間に立つ。
「お主がハイオンを……」
“あなたが本当の智龍座に座すべき人、フェブニ・バルケナね。
初めまして。私はクダリル。アワントス・クダリル”
「何用か」
名前など興味もなくただ要件を聞く。
“貴方の地位を奪ったお詫びの品としてコレを贈るわ。それで機嫌を直してくれれば私は幸いに思います”
それだけを言って、ファブニの龍鱗と龍皮の手に一振りの剣が出現する。
「長よ、敵に塩を送るのかっ?」
ハイオンの憤怒も当然だったがそれもクダリルの言葉に押し切られる。
“彼も貴方と同じ十二獣座だったんでしょう? だったら同じ武器を手にしていてもなんら咎められることではないと思うけど……”
「魔女め……。人の皮を被って、両方に力を渡し共倒れを狙うつもりか? アコギな……」
それは龍人の言葉だったが、もちろんハイオンにも共感できるところがある。
“だったら共闘して私を討ってみる? それでもいいけど……私は単に私の側に来なかったラピリさんにも同じようなものをあげたから貴方にも似たようなものを贈っただけよ”
そしてそれに続く言葉。
“まだ見ぬ主を思う者同士、同じ十二獣座なんでしょ?”
心底、胸の内から来る真心からの言葉なのか、それが世界を敵にするが故に出てくる敵さえ慈しむ思いやりからきた言葉なのかはわからない。
わからないがこの少女の言葉は主道十二獣宮座という存在意義をよく理解していた。
十二獣座はただ、全ての生命の母となるべき定めを負ったまだこの世に出でていない主の為にあること。それだけだと。
「私は一度、彼女に誓った身だ。仲間になると。それ故に、この言葉は違えん」
「ならば私も使わせてもらおう。真意はどうあれ、今はお前という友を止めねばならん」
それぞれの決意を宿した獅子の双斧と龍の剣が魔導の国の上空で交錯する。
その光が届く頃。
魔導魔術評議堂内では神と対峙する少年、そして一人の少女を三人の少女が取り囲む光景があった。
「わかってる? 章子……」
「うん……やるしか、ないんだよね……」
胸に手を当てる章子と首からかけていた首飾りに填め込まれた紫の宝石を輝かせるオリル。
「……ふうん」
それを見て眼鏡を光らせるクダリルはただ嗤っていた。
「二人がかり、ううん、三人がかりなんだ……ヒドい話ね」
少年少女たちの戦いも、いまここで始まろうとしていた。