4.神の羊となる教え
それは神からの衝撃的な告白だった。
その告白を、神の横に並び立つ神の過去の姿、少女クダリルが付け足す。
「だからと言って、別に私とこのゴウベンがこの現時点において同一人物だという事では全くないわ。
なぜなら、もうこの時点で私とこっちの私とでは規定となっている位置エネルギーが既に完全に分かれて別ものになっている。
身体の体構成、遺伝構成は全く同じでもその根幹である位置エネルギーは全く別物なの。
位置エネルギーを感じとることもできない科学技術の低い只の人間ならまだしも、位置エネルギーの存在を明確に探知できる私たちリ・クァミス人ならわかるでしょ。
今、この私が何を言っているのか。
だから……」
「いまや、クダリルとゴウベンは……全くの別人なのね」
呟くオリルにクダリルは頷いて注意を促す。
「そうよ。でも特に親しかったわけでも無いオワシマス・オリル。そんなあなたにクダリルなんて名前の方で呼ばれる筋合いはないわ。
私はあなたをオリルって呼ぶけどそれは別に親しさからくるものじゃない!」
その眼は強い否定の眼差しを秘めている。
「アワントス……」
突然の事に目を丸くするばかりの茫然となるオリルの前に出てきたのはリ・クァミス最高学府学会院の最高学領シュアキ・マセリだった。
「それで君はいったいこれからどうしようというのかね?」
アグリッパとはまた違う整えられた白髭を湛える初老の老人は言った。
しかし、クダリルの答えは実に明確だった。
「決まっています、学領。
私はこれからの、この炙れていく新世界の住民たちのために組織を興します。
その為にこの未来の私、ゴウベンは私の前に現われたのですから。
この新世界を別の側面から一つにするために!」
「炙れていく?
誰もが夢に見る理想の世界に一歩、また近づいたこの新世界から一体誰が炙れていくというのだ? アワントス……。アワントス・クダリル」
「本当にお幸せな頭をしているのですね。気づかないのですか? 学領?」
「控えなさいっ、アワントス!」
シュアキの傍に控えていた副学領を務める老女の学頭が窘めるがクダリルは意に介さない。
「控えるも何も、学領ご自身からお訊ねしだしたことです」
言ってクダリルは周囲を見る。
「いいでしょう。それではここにいる皆様方にお尋ねします。
今までここに、一つになる前のあの過去の世界から疎外感を感じてきた人たちはいますか?
借りにいたとしても、別にいまここで手を挙げる必要はありません。
ただし、その人たちにとってはこの新しい新世界でさえ、あなた達の夢見る新天地には成りえないことを今、ここに忠告いたします。
あなた達にはこの新しくなった新世界でさえ居場所は無いのですよ?
例え周りに未知の超大陸が広がっていたとしてもそれはあなた達の土地とはなりえません。
なぜならこれから先、そういったそれらの問題はこういう新世界会議の場で取り仕切られるのですから。
それらはまさしく、あなた達を迫害し、追放し、隅に追いやった忌まわしい公の法です。
それらは世界が変わろうとも、新しくなろうとも、何も一切が変わりはしません。
あなた方は永久に被迫害者なんです。
この世に出でた全ての新世界を繋ぐために束縛し、取り締まろうと動く新世界会議という名の新しい公の法によって!」
クダリルの言葉に皆はただ黙っていた。
だがそれは賛同とは真逆の意味での沈黙だった。
その場の誰もがこの少女の言葉に心を揺り動かされることはなかった。
なかったはずだった。
しかし、それに一人だけ反応した者がいた。
「その話は本当なのか?」
「ハイオンっ?」
その言葉を発したのは上座から見て右端の一番奥に座する第六文明の超巨大国家ムーの代表を務める少女のその護衛を務める獣人、その一人だった。
「今の話は本当なのか?」
その獣人、ハイオンという名のライオンの獣人が屈強な体に藍色の衣を袈裟懸けに着て、クダリルに問いかけていた。
「本当も何も実際にそうなるわ。わかるでしょ?
事実、今そうやって私に問いかけているのはあなた一人だけなのよ?
他は誰も疑問にすら思っていない。
それが当然だと思っている。
この面子を見ていれば、そういう事にもすぐに思い至るものでしょうに」
クダリルはまるで侮蔑するように周囲を見渡した。
「それから逃れられる術はあるのか?」
「ハイオン!」
自分たちの主、不老妃の静止の声も無視してハイオンは神の少女に一歩また一歩と近づく。
クダリルがその言葉を待っていたと云わんばかりに眼鏡を光らせて嗤い頷いた。
「私の仲間になればいい。そうすれば用意してあげる。
あなたの国、
あなた達だけの国を。
超巨大生命国家大陸ムーによってその運命を縛りつけられた主道十二獣宮、その首魁の座、獅子宮の首座、獅子座の百獣王、ハイオン・マイスタフ」
獅子王は頷いた。
「なろう。私は……お前の仲間になる……」
「ハイオン!」
「でも、いいの? ここの人たちと敵対することになるのよ?」
「それは貴公も一緒だろう」
「今の私はほとんど一人だけ、この隣の神は当てにならないわ。それでも?」
獅子王は頷く。
「構わん」
「……主を迎える前に滅びてしまうかもしれないのよ?」
「我らの真の主が別にいることをすでにお前は知っている。その事実だけで十分だ。
そこで滅びてしまうというのなら、所詮そこまでだったという事だろう」
「ならその覚悟のほどを試させてもらうわね。
ごめんなさい、もう一人の私、ここで見せてしまうわ」
そして手を挙げて唱える。
「開けて命ず」
クダリルの背後で黒い闇が真円に開かれた。
「……あなた達に、この二体を仲間に迎えることができて?
おいでなさい。シオン、シモン」
真っ暗に開かれた闇のトンネルの奥から現実世界に現われたのは二体の獣人だった。
それは丸みを帯びた対の角を各々に備え持つ黒い山羊と白い羊の獣人。
禍々しい気と神々しい気をそれぞれに漂わせているその姿はまさに悪魔であり御子と呼ぶに相応しかった。
「その者らは……?」
指摘するハイオンにクダリルはふふふと笑う。
「私の愛玩物たちよ。ほら挨拶なさい、貴方たち」
しかし言われた黒い山羊は悪魔の言葉で囁き、それ故にその言葉が他人には理解できず。白い羊は神の言葉で説くが故に、やはりその言葉は人には理解されなかった。
まさにそれは神の悪魔に、神の御子だった。
「この不気味で畏怖ばかりを振りまくこの子たちを貴方たち十二獣宮の一員に加えられるというのなら仲間に迎え入れましょう」
この無理難題にライオンの獣人は拳を震わせる。
「ハイオン!」
そして隣に寄る兎の獣人。
「やめましょうハイオン。私は賛同できかねます。あんな得体の痴れない者らをこの我ら誇りある十二獣宮に迎え入れようなどと……」
「わかった、そこの二名を我ら十二獣座に迎え入れよう……」
「ハイオン!」
「だが、座は一つしか空けられぬ。それ以外は我ら夢を同じくする同胞のみにしか許されん!」
それを聞き黒い山羊と白い羊の獣人は二人して頷く。
「いいわ。それで、その空位となる座の名を教えてもらっても?」
「本来なら、そこにはなき第十三宮座、智龍宮の首座、智龍座……」
「ハイオン! あなたは……っ!」
その答えが気に入ったのかクダリルは嗤って決定を下す。
「決まりね。始めるわ」
そして宣言する。
「秘密結社「神の羊となる教え」を!」