2.オズの魔導使い
魔導魔術評議院、通称≪オズ≫
それは魔導国家ラティンの誇る最高意思決定機関であり、魔導魔術の最高峰を常に堅持している最高位の魔導魔術管理院でもある。
しかし機関とは言っても、魔導魔術評議院を構成しているのは魔術の各分野にそれぞれ専門的に特化した五人の魔導師たちだけである。
その魔導師たちは、人呼んで「オズの魔導使い」と呼ばれ、自国民より崇められ、褒め讃えられ祀られていた。
そんな五人の魔導使いたちが今は、この第一回目の新世界会議に用意された上座の五席にそれぞれ着いている。
魔導魔術評議院の長を務める大魔導師、それを補佐する聖術師、呪術師、屍術師、錬金術師。
彼らの職名はそのまま彼らの呼称に使われる。
だから彼らも長いその年月の任期から自分の名をそう認識していた。
「まずは私アグリッパから、ここにお集まりいただいた皆様にお礼申し上げます。よくぞ、このラティンにまかり越してくれました。我らラティンは皆様を快く歓迎いたします」
五席の真ん中に座す、白い髭を蓄えた老爺が立ち上がり頭を下げた。
それに倣い他の魔導師たちも起立し礼を取る。
頭を下げられた他の国家や世界の代表者たちも軽くながら会釈を返した。
「では、まずはお集まりいただいた皆様のご紹介から始めましょう。ウォーレン」
「ええ。まずは私たちの左に位置する方々からご紹介いたします」
左端に座る細身で真ん中から長い髪を分けたアズラヘムに促され、アグリッパの隣に座っていたウォーレンと呼ばれた老婆が進行役を務める。
「左の一番手前の席から、この私たちの二番目の世界で事実上の最大戦力組織であります円虹の許約長、樹の許約者、ヨーゼス・モウダン。
その隣席が我が隣国、聖教国グレーセより、その法皇を務める聖女、第二代マリア・マセリア。
続いて同隣国、覇王朝へブラの国王代理、執政大臣グエン・レーベイン。
そこから二席離れて私たちの未来であります三番目の世界よりその主要国家エグリアの保安省、保安省最高長官、ハルネン・ヨハイブ氏」
そこまで読み上げてウォーレンが今度は正面を向く。
「正面のお二方が、我らの古代にして太古。覇都ギガリスよりお越しくださいました、その使節であるトハイエズ・シイルさま、そしてフルワイナ・ミルさま」
そこから右端へ移った視線と共にウォーレンは手を差し伸べて示す。
「次いで右端、最奥の席からあの地球上で最後に栄えた古代世界。六番目の世界、超生命国家ムーより来訪いただいたその不老妃、サンビカリア・エステスさま。
更にそこから二席跨いだ次席、 我らのちょうど右隣側に向かっての方々、その中央にお座りの方が地球上で一番最初に栄えた始まりの文明にしてその唯一国家リ・クァミスの最高学府学領、シュアキ・マセリ最高学領さまです。
そして……」
ウォーレンはそこで一旦区切る。
「そして我らのこの右側、その一番最初の席におわしますのがこの世界を一つにした神ゴウベンさまのご息女である真理さま……」
高貴な法衣を身に纏う老婆に紹介された真理が立ち上がり頭を下げる。
「神真理です。この度は我が母ゴウベンの凶行によりとんだ混乱をお招きし申し訳ありませんでした。この場をお借りして母に代わり、皆様に謹んでお詫び申し上げます」
そして各要人の紹介を終えたウォーレンは締めくくる。
「現在、この第一回目の新世界会合にご参加いただけた世界は合計五つ、その内、国家は七つ、組織に至っては一つとなっております」
書類に目を通していたその顔をアグリッパに向けて着席をする。
それを見てアグリッパも肯いた。
「それでは始めるといたしましょうか。この新世界会合を。
まずは何かご意見があれば伺います。ご意見のある方は挙手を……」
魔導師たちの長アグリッパが問う。しかしそれにすぐに手を上げるものはいなかった。
ここまで、何かしらの問答を用意してきた者も改めて問われると何も言い出せないようだった。
この新世界が出来てまだ一日と半日、それこそ目立った被害も何も把握できてはいない。
それらの現実を考慮すればこの反応も当然と言えば当然だった。
しかし、その沈黙はすぐに破られた。
「そうだな。まずは飲み物や軽い食事がいるのではないか? 我らが未来、ラティンの魔導使いたちよ……?」
そう言ったのは下座に座する覇星ギガリスのシイルだった。
下座に座する者には似つかわしくない物言いで、目の前の白い大卓に何もないことを強調する。
その覇都の指摘通り、確かに何も喉を潤すにするものなどは置いてなかった。
それに気づいてオズたちが慌てて人を呼ぼうと立ち上がる。
「これは気づきませんでした。私たちはてっきり……」
「いい。我らも貴方らと同じ、そうそう口から物を摂るということなど久しく忘れていた身だ。しかしこれはいい機会でもある。ここにお集まりいただいた者たちにも我らギガリスの片鱗をお見せしよう」
そして片手を挙げて唱える。
「捧げよ」
その言葉で一瞬にして白い卓を埋め尽くすほどに現われたのは豪勢な料理の数々だった。その盛るに盛られた前菜、主菜の数々に卓の前の者たちはしばらく声を失った。
「これが固体発生よ。貴方たちリ・クァミスでも初めて見るんでしょうね。まあ声を出す必要なんてなかったんだけど。シイルも物好きになったわね」
隣のミルが軽口を叩く。
「さあ、グラスは空けておいたわ。
液体なら簡単でしょう? それを満たしてくれるのはリ・クァミス? ラティン?
それとも他の世界や国々の方々なのかしら?」
卓の上で組んだ両手に顔を乗せて軽快に言うミル。
「満たせばいい」
しかし、それを行ったのはそのどれもに当てはまらなかった。
「これでいいでしょう? 確かに簡単でしたよ? フルワイナ・ミル」
そう言ったのは章子の隣の真理だった。
真理は挑発するような嘲笑をミルに向ける。
「真理媒体のクセにっ……」
それは存外、侮蔑の言葉だったが真理は特に気にはしなかった。
そしてそんな怨嗟の言葉を放ちながらも真理の満たしたグラスの中身は気になるようで、ミルは好奇心に負けてそれを口に含ませるが、それはその完成度によって更に悔恨の念深い表情を作ることになってしまった。
そんな顔を見て微笑んだ真理はさらに他の世界の人物たちにもグラスを勧める。
「皆さんもどうぞ。毒は入っていませんが毒見をしたいのならご自由に」
自分の満たしたグラスで口を潤した真理は自分に用意された料理に食器を持った手を伸ばす。
その光景にエグリアやムー、リ・クァミスの要人たちも目の前で湯気を立て冷気さえ伴った数々の料理に手を伸ばし始めるが、二番目の世界の人物たちは揃いも揃って手を進めようとはしなかった。
「どうした? それらの調理素材で命が絶たれた物など一つもありはしないぞ?
もしも味覚を得るという快楽のためだけに命を奪うことを忌避しているのであればそれは杞憂というものだ。
これらの料供で命を落としたものなど一つもない」
シイルのその発言に大いに動揺したのはヴァルディラ紀の要人たち全員だった。
「それは一体どういうことかな?」
口を開いたのは樹の許約者、立派な白い太眉毛で目全体が覆われた仙人のような顔をした深緑の衣を纏う背の低い老爺だった。
「どういうこととは?」
「獣や植物の殺生もせずにこれだけの有機物食糧体を作りだせるものなのかと聞いておるのだが……?」
「できますよ」
樹の許約者モーゼスの問いに答えたのは真理だった。
「急速的な光合成さえ行う技術があれば、その調理素材の構成情報、料理の完成情報をベースに用意することは可能です。
ただ彼らはその原理学さえすっ飛ばして真理学を実行していますから、ほぼ料理の完成情報のみで、直感的な固体発生から直接的にこれを召喚組製しています。
その発生手段からこの出現に至るまで、あなた方の心配する生命活動というものは一切存在する余地はありません。
間違いなくこの料理の出現する過程全ての位置エネルギーにおいて生物意思が宿る瞬間はありませんでした。
それはこの惑星を作った神ゴウベンの娘として、この私が保証しましょう」
「そんな……」
「だからどうぞ、食べ物を必要としないあなた方、第二文明時代の魔導師たちも安心してこの料理たちにはありつくことができる。
久しぶりに体験してみてはどうですか? 気兼ねなく食事をして、久しく味わっていなかった味覚という物を実感してみては……」
唖然とする第二世界の住人たちは、淡々と勧めてくるこの真理の生命に呆気を取られながら見つめていた。




