10.その手を掴んだ誰は……
「光羽真章……」
そう言ったのは真理だった。
宇宙の底から太陽の天頂へ向けて一筋の光が上っていくのが見える。
「とうとう見つけたんですね、章子。あなただけの武器を……」
それは武器というにはあまりにも象徴的だったが。それでも明らかに武器だった。
人を傷つけ、人を守り、あるいは自分を傷つけ、また自分を守る彼女だけの武器。
たとえ刃を持たずともその象徴の矛先は彼女の心によって千変に万化する。
今はただその在りようを白い光の姿としているに過ぎない。
だがそんな危うい存在も、今は一つの意思でもってその一点から止めどなく白い光りを溢れさせているのが分かる。
それはまるで初めて大空に羽ばたいた希望溢れる雛鳥の心を思わせるものだった。
その白い光を胸に留め、目の前に迫る逃げていくあの青い希望を叶えるためだけの意思で満ち溢れている。
「でも……その白い光がこれからのこの新しい新世界を一つに導くんですよ。 章子……」
今はまだそれを知らない白い光。
その白い光が、
だが天で立つ、これから去ろうとする青い光には届かなかった。
届かなかったのだ。
その一歩が遅かった。
青い光は確かに止まった。
去ろうとする足を確かに止めた。
だがそれを止めたのは、手を伸ばしたのは白い真理を纏う章子ではなかった。
「どこへ行くの?」
昇の手を取ったそのか細く、だが強く強固な意思を秘めた誰かはやはり間違いなく章子ではなかった。
それは赤い真理の光。
繋いだ真理の赤は逃げようとする青い真理を堅く縫いとめるほど強くその場に惜し留めている。
「もう一度言うわ……」
じわじわと絡みつくように青い光に忍び寄っていく赤い光。
「これから一体どこへ行こうというの? ……半野木、昇くん?」
昇の手を強く握り、そして強固に掴んだのは白い衣に赤い真理を纏ったオリルだった。
地球で最初に栄えた世界の少女
オワシマス・オリル。
清めた沙のように沙羅々と宇宙を撫でる長い黒髪は茫然と自身を見つめる相手を問いている。
「どこって……ぼくは……」
それでも逃走本能に駆られる少年の心に青い真理は敏感に反応した。
束縛しようとする赤い真理から逃れるようにもがき、のた打ち回ってその青い光罫をくねらせる。
「逃げたいの? 私たちにこれだけの世界を見せておいて?」
それでもまだ抵抗しようとする真理の青に向かい言い放つ。
「やめなさい。それなら、これでどう? ほら、おいで……」
主の意思に呼応して真理の赤が力を弱めた。
そして力任せに身を捩じらす青の真理にそっと寄り添い、吸い取るように反抗する青の色を自分の赤の色地へと迎え入れていく。
その現象に青の真理は生き物の如く敏感に反応した。
まるで籠絡されたように自ら進んでされるがままの赤い真理に自分の色を脈動させ侵入させていく。
「何を……して……」
「今にわかるわ」
昇の青い真理の侵蝕を許し、その色を次第に紫に変えていくオリルの赤。
次第に骨抜きにされていく力のなくなった青から、オリルの真理がそっと離れた時。
掴んでいたオリルの手も昇の手から静かに離れた。
「私には夢ができたの。きみの所為で……」
「夢?」
少年が訊くと少女も頷く。
「そう。きみと一緒になって新しくなったこの新世界を旅して冒険をしてどこまでも巡りまわる夢……」
突然この少女は何を言っているのだろうか。
昇にはそれが分からなかったが、少女の目はいたって真剣だった。
「その夢を叶えるためにも、今のきみをどこにも行かせるわけにはいかない」
少女の周りで紫の真理がその意思の強さを誇示するように高速で回りはじめる。
その光景を見ながら昇は、
この長い髪の白い少女の心には華やかな赤よりも、静粛な紫がよく似合う。
そんなことを思った。
「それに、私の心をこんな色に染め上げたこの責任、ちゃんと取ってもらうんだから。昇……半野木昇……」
オリルの手が再び昇の腕に伸びる。
陽の光の差す暗闇の中で、静かに降りていく少女と昇っていく少年。
それぞれの行き着く先は宇宙の陰に、最初の少女と最後の少年の影が重なる瞬間だった。
そこには誰も入る余地はなかった。
ただ、章かに心に灯る白い光の羽根だけがその光景を見上げていた……。




