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西国鉄物語  作者: サモト
9/10

9.

 三太たちとやってきた麓の村の人間と、隣の村の人間は、輪になって酒を飲んだ。男も女も、老いも若いも関係ない。みんな肩を叩き合い、踊って、笑いながら勝利に酔った。かやも一緒に飲んだ。嬉しくて楽しくて仕方がなかった。こんなに笑ったことはなかった。鉄の国のことを忘れるほどに笑った。


「そういえば、かやちゃんは鉄の国から逃げてきたんだっけ? それって本当なの?」

「んー? 逃げてきたんよ、本当に。でなかったら、こんな腕輪持っとらんやろ」

「えー、どれどれー」


 酔った男がかやに抱きつきながら、腕輪をのぞきこむ。いつもならここまで馴れ馴れしいまねは許さないのだが、機嫌がよかったのと、酔って良い気分だったので咎めなかった。


「うわっ、本物だ。大丈夫なのー? 鉄の民が追ってくるんじゃない?」

「そしたら守ってや」

「ええ? 鉄の民って強いんだろー?」


 そういいながらも、男はかやの腰を抱いていた。頭で強いと知っていても、戦ったことはおろか見たこともないので、現実感がないのだろう。

 しかし、男はすぐに実感する機会を得ることができた。突然、背後から赤銅色の手がのびてきて、男を宙に浮かせたのだ。情けない悲鳴が上がる。


「邪魔じゃ」


 男はまるで猫のように、いとも簡単に放り投げられた。かやの酔いが一気に醒めた。ナギだ。髪を振り乱し、息を切らせて立っている。今朝家に帰り、かやがいないことを知って、ここまで追ってきたのだろう。


「帰るぞ」

「い――いやや! 離しい!」


 ナギは有無をいわさずかやを担ぎ上げた。嫌がって暴れるかやを見て、村人たちが助太刀しようとしたが、ナギが金棒を振るって木をなぎ倒したので、全員足が凍った。


「嫌や! 下ろしてや!」

「かや、大人しく」

「帰りたない!」

「かや!」


 パン、と頬を叩かれた。


「いいかげんにせい! 奴隷に落とさせる気か!」


 かやは頬を押さえて、ナギを見つめた。金の瞳が燃えるように光っていた。ナギは大きく息を吐く。


「さっき三太とかいうやつを締め上げて、全部吐かせた」

「……」

「クサリ殿はまだ何があったか知らん。心配しとるだけじゃ。三太たちを口止めすれば、今ならまだなんとでも理由がつけられる。かやのやったことは、鉄の国を邪魔することじゃ。知られれば、笑い話じゃすまん」

「……」

「……帰るんじゃ」


 かやは抵抗するのをやめた。黙って、馬に乗った。楽しかった気持ちが急速にしぼんでいく。涙が出た。嗚咽は押し殺そうとしても夜道に響いた。


「……かやは、鉄の国が嫌いか?」

「嫌いや」

「そうか」


 ぽたぽたと涙が落ちる。ナギはそれきり何も言わなかった。話しかけられるのも嫌だったが、かやは沈黙にも居心地の悪さを感じた。泣くことを黙認するような静けさが、落ちつかなかった。いつもそうなのだ。ナギはかやが鉄の国を拒むことを怒らない。無理に考えを変えさせようとはしない。ただひたすらかやを気遣うだけ。だからこそ、かやは苦しかった。


「……ナギ?」

「ん?」

「どこ行くん……?」


 ナギは馬首を反転させ、来た道を戻りはじめていた。顔色一つ変えずに鉄の国に背を向けるナギに、かやの方が不安になる。


「もう一つ向こうの村にな、鉄の国に鉄を買いに来る商人がおるんじゃ。かやも知っとるじゃろ? 春によく来る、恰幅のいいおじさんじゃ」

「う……ん。知っとるけど……」

「その人は、大陸の中央で商いをしとるんじゃ。この前鉄の国に来て、今から国に帰るところじゃ。頼めば、一緒にかやを連れて行ってくれるじゃろ。かやを実の娘のように思ってくれとるでな」


 ナギのしようとしていることを悟って、かやは青くなった。逃がしたことがばれれば、いくら国主の血筋といえど、ナギも罪に問われるだろう。しかし、ナギは気楽にいう。


「小さい頃なぁ、泣いているかやを見て、ずっと逃がしてやりたいと思っとったんじゃ。わしは国に残って、かやが逃げ切れるように工作する。……元気でな」


 抱きしめられても、かやはろくに返事ができなかった。頭の中をぐるぐるとナギの言葉がめぐって、なかなか飲みこめなかった。馬がゆっくりと動きはじめる。かやはナギを叩いた。一言も責めないナギが腹立たしくて、叩いた。暴れた。罵った。だが、返って来るのは困ったような声ばかり。かやはとうとうまた泣きはじめた。


 本当は鉄の国から逃れる手立てなどいらなかった。鉄の国で暮らすことが罰だとは思えないくらい、かやは鉄の国が好きだった。父親においていかれた恨みを、人々に受け入れられない悔しさを、見当違いにも、鉄の国の人々を憎むことで晴らしていたのだ。彼らはそれを優しく許してくれるから。


「ま、待てっ! 止まれっ! そ、その子を離せ!」


 また隣村の前まで来たとき、前方に松明の火があらわれた。かやは目をしばたかせる。隣村の人々が馬の前に立ちふさがっている。手には鍬や鋤や弓、何もない者でも石を持って、ナギをにらんでいた。


「抵抗するなら、こっちにだって考えがあるぞ。おまえは一人だが、こっちはさささ三十人いるんだからな! 怖くないぞ!」

「え……っと?」

「かや。――捕まっとれ!」


 かやは戸惑うばかりだったが、ナギは嬉しそうに笑って、馬に鞭を当てた。村人たちは慌てふためきながら馬を避け、後を追ってきた。弓矢や石がナギの背をめがけて飛ぶ。


「ななななな何っ!? 一体! ちょ、ナギ、馬止めて! 止めてやっ! ――っていうか、皆、弓射掛けるのやめい! 違うって! 違うんや! 誤解や誤解! ウチは捕まってるわけやない!」


 かやは四方に響き渡るよう、大声で主張した。


「ウチはれっきとした鉄の国の……鉄の民や―――――ッ!」

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