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西国鉄物語  作者: サモト
8/10

8.

 見つかってしまったため、詳しい話はまた夜にするということになった。それまでにすることは、仲間集めと隣村の偵察だ。仲間集めには泰蔵が、偵察にはかやと小太郎が行くことになった。


 しかし、偵察には一つ問題があった。隣村は四方が水田で見晴らしが良い。偵察のために近づいていっても、おそらくすぐに気づかれてしまうのだ。近づけないのでは隣村の人々の協力を取り付けることも不可能だ。


 乗りこむしかない、とかやは思った。村に入りこんで内部を探り、隣村の人々の協力を取りつける。

 思いついた途端、興奮に血が騒ぎ、不安に胸が震えた。失敗すれば命がない。無謀すぎる。三太たちの考えを、村人たち全員に納得してもらうべきではないか。いや、そもそも三太たちの考えこそ変えさせるべきなのではないか――

 かやは首をふった。ナギたちの力を借りるのはかやも嫌だった。麓の村と鉄の国を結託させた方が後々のためだとは分かっている。だが、かやは一度でいいからナギたちに逆らってやりたかった。麓の村の人間たちに、認められたかった。


 かやは腹をくくった。泰蔵と詳しい打ち合わせをして、隣村へと発つ。もし、無事に隣村の協力を取り付けられたら、村の入り口に赤い旗を立てるという約束だ。時間がないために作戦には穴が多い。多分に危険をはらんだ作戦になっていると自覚せざるを得なかったが、それでも実行してしまうほど、かやはいつになく大胆になっていた。


 隣村までは、歩いて一刻ほどだった。水田の中に環濠をめぐらせて、村はある。正面から歩いていくと、予想通り、すぐに馬が走ってきた。無精ひげを生やした小男が、かやと小太郎に剣をむけながら誰何してきた。かやは剣に怯えるふりをしながら懇願した。


「お願いです、村に入れて下さい。二人で鉄の国から逃げてきたところなんです」


 精一杯、疲れ果てた様子で訴える。鉄でできた腕輪を見せると、男は剣を下ろした。かやの腕輪に使われている鉄は純度が高く、錆びが少しも見当たらない。鉄の国でなければ作れないものだった。


 かやと小太郎は村長のものと思しき家に通された。板敷きの床に毛皮をひき、一人の男が座っている。これが侵略者たちの頭領のようだった。鼻柱の太い顔をしており、体つきは全体的に角ばっている。屈強そうな体つきをしていた――かやの感性では普通だが。


「鉄の国から来たそうだな」

「はい。かや、と申します」


 かやは平伏し、目を潤ませて訴えた。


「どなたか存じませんが、強そうな殿方。どうかお助けください。わたくしは長いこと鉄の民たちに捕らえられていました。昨日、やっとの思いで逃げ出してきたところなのです。何卒、何卒、この村においてください。助けていただけるなら、どんなお礼も……」


 頭領はかやを値踏みするようにながめ、口角を下品にゆがめた。


「よしよし、おいてやろう。驚いただろうな。今、この村はわしに占拠されている。いや、もうわしがこの村の長だ。そなたがわしの言うことを聞くなら、助けてやろう」

「もちろんでございます。ああ……なんとお礼を申し上げてよいか」

「礼などよい。それよりこっちに……」


 手招きされてかやは立ち上がり、よろけた。床に膝をつき、額を押さえる。


「申し訳ございません……少し休ませていただけませんか? 昨日の晩からずっと気が張り詰めていて、疲れているのです。身体も汗と埃だらけで……」

「おお、おお。それは気づかなかった。今、隣の家を空けるゆえ、ゆるりと休まれよ」

「ありがとうございます。なんてお優しい方。お言葉に甘えて、休ませていただきます。それでは、また後で……」


 かやが意味ありげに笑むと、頭領は締まりのない顔をした。少しも疑っていない。もぐりこむのには大成功だ。かやは小太郎と笑い合いながら隣家に退去した。

 しかし、重要なのはこれからだ。かやはまず、食事を運んできた村人の説得を図った。運んできたのが小太郎と顔見知りだったことが幸いし、話は順調に運んだ。できるだけたくさんの村人と接触するために、かやは水が飲みたいだの、服を借りたいだの、湯を使いたいだの、さまざまな要求をした。小太郎は途中で用を足しに行くといって外に出て、そのまま村人の説得に出かけた。見咎められたときは、道に迷ったとでもいえばよい。


「――なあ、酒で酔い潰せんかな?」


 かやは湯浴みを手伝ってくれている女に話しかけた。すでに話は通してある。村人たちも鬱憤がたまっていたらしく、たいてい興味津々で話に喰らいついてきた。すでに反乱を起こす下地はできていたのだ。ただ、それを焚きつける者が居なかっただけで。


「皆でさ、忠誠を誓う証とかいって宴を開くんや。で、酒をたんと飲ます。酔い潰すまではいかんでも、酔わせて弱らせれば、縄でふんじばれるやろ?」

「そんなにお酒あったかなあ。みんな酒強いから、深酔いさせるのは難しいと思うな」

「じゃあ、食べたら具合の悪くなる食べ物ってないか? 宴の料理に出すんや」

「いいねえ、それ。いっぱいあるわよー。朝まで下痢の止まらない毒草とかー、だんだん痺れてくるキノコとかー。なんかワクワクしてきちゃうなー」

「あんたも中々悪やなあ。それから、赤い布ってないか? 旗を作りたいんや」

「あるけど、どうするの、それ」

「宴を開いたときに『貴方様の御旗を考えました!』とかいって、差し出すんや。で、村の入り口に立てとく」

「いいねえー。白木ももっとこっちを信用するんじゃない?」

「やろ? でもこれ、実は麓の村との合図なんや。こことの協力が成功したっちゅう」

「やーん。かやちゃん、悪どーい。あ、ねえねえ、宴の途中であいつらをさー、誘うフリして木陰に連れ出してー、みんなで縛っちゃうっていうのはどうかな?」

「おっ、ええやんええやん。やってくれるん?」

「もっちろん。任せといてよー。もう、皆、あの男たちにはカンカンなんだから。胸とか尻とか好き放題に触ってくるのよ? 夜這ってくるしー。全裸にしてつるし上げてタマの小ささを笑い者にしてやらなくちゃ気がすまないくらいよ」

「は、激しいな」

「なんか楽しくなってきたなあー」

「そうやなー」


 砂鉄を集積するように。諸所にただ渦巻いていた不満は、かやと小太郎によって一つに集められていった。かやの言葉は種火に似ている。かやの言葉にたきつけられて、不満は鉄のように赤く燃え、溶けて闘志に変わり、歯向かう剣へと姿を変えていく。


 晩の宴で、剣は振り下ろされた。


 翌日、村の入り口に旗を立てるときには、敵は残らず全裸で木の上につるし上げられ、笑い者にされていた。

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