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西国鉄物語  作者: サモト
6/10

6.

 翌朝、朝餉を終えると、かやはさっそく家へと発つことにした。急なことだったが、別段、だれも不審に思わなかった。戦場になるかもしれない所に、かやを置いておきたくないと思う気持ちが先立っていたせいだろう。むしろ喜ばれた。


「かや、気をつけてな。母ちゃんには、明日一旦戻ると伝えておいてくれ」

「分かったわ。ぬし様も、あんまりりんを困らせんなや。ほな、皆がんばって」


 かやは鉄の国の面々に手を振り、ナギがいないことに気がついた。村長の家を出て、りんと一緒に馬の世話をしているのを見つける。気まずさにそのまま通り過ぎようとしたが、りんに呼び止められた。


「かやさん、おはようございます。ひょっとして、もう行かれるんですか?」

「暗くなると、山道は怖いでな」

「また来てくださいね」

「ああ。またな」


 かやはりんを見つめながら、ナギの様子をうかがった。黙って馬の毛を梳いている。しかし、立ち去ろうとすると、名前を呼ばれた。かやは内心びくりとする。


「気をつけてな」

「あ……ああ。気ぃつけて帰るわ。ほな、またな」


 ほっとする気持ちと、苦い気持ちが胸にこみ上げた。かやは足早に山へと歩きはじめた。


「――んっ!」


 村のはずれの人気のないところまで来ると、突然、背後から口をふさがれた。暴れたが、あっという間に手足を縛られ、猿轡をかまされる。麓の村の若い男たちだった。太目の青年と、小さめの青年と、悪童風の平均的な青年で、全部で三人だった。


「よし、運ぶぞ」


 悪童風の青年がいうと、太目の青年がかやを肩にかついだ。小さな青年が二人を先導していく。着いたのは、元は山小屋として使われていたのだろう、山際にあるあばら家だった。木材は腐りかけ、中は雑草に侵略されつつある。


「なんや、あんたら!」


 不当な扱いを受けたかやは、猿轡を外された途端叫んだ。大声に青年たちは耳を押さえる。


「ふ、ふん。決まってるだろ、鉄の国の連中に思い知らせてやるためさ」

「つ、つまりウチを今からよってたかって嬲り殺そうっちゅうわけか! 冗談やないで! 離しや!」

「い、いや、そこまで酷いことは考えてない! ただ、あんたを人質にとって、鉄の国の連中とこっそり取引しようと思ってるだけだ。協力しないでくれって」

「なんや、そんだけか。びっくりして損したわ」


 かやは胸をなで下ろしたが、青年たちは「鉄の国の人間の発想はなんて恐ろしいんだ」と恐れ戦いた。


「というわけで、ちょっと大人しくしててくれよ」

「分かったけど、ええんか? こんなことして。鉄の国の協力無しに勝てる相手なんか?」

「勝つに決まってるだろ。おまえたちに協力してもらうなんて、絶対ごめんだ。協力してもらうために、りんを差し出すなんて……。村長たちはどうかしてるぜ」


 悪童風の青年は拳を握って言い張った。他の二人もうんうんとうなずいたが、かやは頭を傾けた。


「いや、でも、返したやん」

「そ、そうだけど! 昨日は夜遅くまで、嫌がるりんに酌をさせてたし!」

「べつに嫌がってはなかったと思うで。ぬし様のちょっかいは困っとったと思うけど……」

「今日も朝から鉄の国の連中の世話をさせられて……馬の世話までさせられて!」


 悪童風の青年はいやに憤っていた。


「……なあ、ウチはかやっていうんやけど」

「三太だ」

「三太か。三太はひょっとして、りんのことが好きなんか?」

「なっ……」


 三太は気の毒なぐらい真っ赤になった。否定するが、表情は言葉以上に雄弁だ。しかも、背後の二人が「あーあ、バレバレ」と呆れているので言い訳の仕様がない。


「あんたなあ、よく考えや。村長に命じられたのもあるんやろうけど、りん自身も村を救おうと思って、鉄の国に行ったんやないか? あんたらのしようとしとることは、りんの心遣いを台無しにすることやろ。りんがこのこと知ってみ、一生口聞いてもらえへんくなるで」

「い、一生!?」

「だいたい、か弱い乙女を人質にとって交渉しようというその貧しい性根からして、りんに嫌われるな。間違いない。絶対や。人として最低や」

「人として!?」


 青年三人は深く傷ついた。


「ほれ、汚名返上したかったら、とっととウチの縄解きや。今解くんなら、このことは黙っといたる」

「で、でも、りんのことを抜きにしても、鉄の国に協力してもらうのは嫌なんだよ。あいつらのせいで何度水田がめちゃくちゃになったことか」

「あんたら……アホやなあ。完全に協力を断ってどうすんねん。憎いなら尚更利用しつくしたれや。ウチを人質に、武器をよこせって交渉するとか。鉄の国だけに戦わせるとか」

「え」

「そんなに憎いなら、いっそのこと攻めてきた相手と手を組んで、鉄の国を攻めるとか。もっと頭使いや」

「う」

「あんたらより、ウチの方がこういうことに関して才覚があるような気がしてきたわ。ほら、縄解きや。鉄の国の力借りやんでも勝てる方法、考えるで」

「お、おう」


 かやの気迫に押されて、青年たちは縄を解いた。「鉄の国の人間は悪賢くて怖い」とかなんとか呟きながら。

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