表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西国鉄物語  作者: サモト
4/10

4.

 りんを返したことは予想以上の結果をもたらした。悪い印象があるだけに、良いことをすると余計にそれが際立つのだろう、りんの父親でもある村長は目尻に涙を浮かべて喜んだ。

 さらに、クサリが手土産として鉄製の農具や武具をいくつか渡したので、村の人々の態度は軟化し、すぐに酒宴の用意が整えられた。


「快く協力していただけてなんとお礼をいったら良いか……。失礼なことながら、今まであなた方を誤解していました。こんなに良い人たちだと知っていたら、もっと交流を図っていたのですが」

「いやいや、こちらも麓の方々にはいつも迷惑をかけていて、申し訳ないと思っていたんですよ。これを機会に、お互い仲良くしましょう」


 村長とクサリは、互いに互いの盃に酒を注いだ。酒宴は野外で行われていた。地面には獣の毛皮が引かれ、二つの村の人々は円になって座った。麓の人間も、鉄の国の人間も大いに酒を酌み交わし、米や芋、あわ餅、川魚、肉、木の実、果物など多種多様な食べ物をつまんだ。村の女たちはその間を縫うようにして、せっせと給仕をつとめた。かやもナギの隣をはなれ、村の男たちに酌をして回った。


「かやちゃーん、俺にも一杯」

「はいはーい、待っとってやー」


 かやは愛想よく応じ、尻に手を伸ばしてきた酔っ払いをはたいた。はたかれた方も、かやも、あっけらかんと笑い合う。もはや完全に溶けこんでいた。ナギは複雑な表情で盃を空ける。


「ナギさん、お代わりはいかがですか?」

「あ、悪いな、りん。酌させてしもて」

「気にしないで下さい、かやさん。ナギさんは命の恩人ですから」

「良かったなあ、帰って来れて。親父さんも喜んどるし、良かったわ」

「本当にありがとうございました。……でも、鉄の国に居るのもいいなって、思ったりしましたけど」


 最後の方は消え入りそうな声だった。りんは頬を赤らめながら、楚々とした風情でナギの器に酒つぼを傾ける。クサリが声に出してうらやましがった。


「ええなあ、ええなあ。りんちゃん、わしにも注いでくれんか?」

「ウチが注いだるわ、このスケベ親父」

「かやのケチ」

「母ちゃんに告げ口するで」


 クサリはううっと黙った。


「りんちゃん、鉄の国に嫁に来やんかー?」

「え……っ!」

「そうそう、ナギの嫁にでも。そうすれば、毎日りんちゃんの顔が間近で拝める」

「クサリ殿、りんが困っとる」


 ナギは苦笑してかるく受け流したが、かやは目をしばたかせた。話題の主は真っ赤な顔をしてうつむき、まんざらでもない様子だったのだ。かやはニヤニヤしながら、肘先でナギをつついた。なんじゃ、と不可解そうにされる。


「りん、ちょっとここの席取っとてえな」

「あ、は、はい」

「かや、どこ行くんじゃ」

「どこでもええやろ」

「かや」

「あーもー、用を足しに行くだけや。こんなこと乙女に言わせんなや」


 ナギの隣をりんに譲り、かやは酒宴の円から外れた。気を利かせたというのもあるが、村を歩き回ってみたかったのだ。鉄の民であるナギが一緒では台無しになる。篝火の光が届かない場所まで来ると、かやは深呼吸して、思いっきり伸びをした。


 何年ぶりだろう、麓に来たのは。月明かりを頼りに歩きながら、かやは幼い頃のことを思い出す。麓に下りたのは、幼い頃の一度っきり。クサリに連れられて麓近くまで来たときに、平地の暮らしが恋しくなって、我慢できずに村まで降りたのだ。


 かやは見覚えある柳の木を見つけて立ち止まった。ここで、村の子供たちとかくれんぼをしたのだ。日暮れまで一緒に遊んだ。しかし、ナギが迎えに来ると、村の子供たちの態度は一変した。一言だれかが鉄の民、というなり、全員が仇と対峙したような顔つきになった。ナギだけでなく、かやに対しても。石を投げれて、追われるように山に帰ったときのことは未だに忘れられない。鉄の国への憎しみを自覚したのはあの時だった。


「……談じゃないぜ……んざん……」


 話し声に、かやは我に返る。村の男が二人並んで話しながらやってくる。居てはいけない気がして、かやは柳の影に隠れた。


「まったくだ。今までどれだけ迷惑をかけられたことか」

「そうそう水に流せることか。昔、女を攫われたことだってあったっていうのに」

「あいつらの手を借りるくらいなら、負けてもいいから、自分たちだけで戦った方がマシだ」


 鉄の国の人々への愚痴だった。男たちはかやに気づかず、目の前を通り過ぎていった。どうやら村は一枚岩というわけではないようだった。かやは柳の影から出て、また家々の間を歩きはじめたが、突然、水をかけられた。家の入り口に老婆が桶を持って仁王立ちしている。


「ふん、とっとと帰んな! あんたたちにくれてやるもんなんて何一つないよ!」


 老婆はかやを睨むと、桶を投げつけて家の中に入っていった。かやはあっけに取られて、しばらく立ち尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ