表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西国鉄物語  作者: サモト
3/10

3.

 かやは甲斐甲斐しくりんの世話をした。緊張をほぐそうと快活に話し、りんが不自由な思いをしないよう、細かい配慮を忘れなかった。まるで赤子を世話するような応対で、養母が苦笑したほどだった。


「かやはご機嫌じゃな」

「だって、嬉しいんやもん。年の近い女の子がおって」


 柴垣の向こうに言葉を投げ返し、かやは鼻歌を歌いながらつるべを取った。水を汲み上げ、銅製の浅い器に水を満たす。りんの身支度のために用意しているのだった。


「でも、りん、そのうち帰ってしまうんやよな。つまらんな」

「いや、帰らんじゃろ」

「へ?」

「りんは贈り物みたいなもんじゃ。麓の村から鉄の国への。だから、帰らん」


 かやはつるべを落とした。井戸の底で、水面に波紋がひろがった。


「な――んで。酷いやないか。そんな、物みたいに」

「そうじゃな」


 かやは冷静なナギに腹を立てたが、ここで怒っていても埒が明かない。家を飛び出し、門のところで出発の準備をしているクサリの元へ走った。ナギも後を追ってくる。


「ぬし様、りんも連れてきや!」

「なんじゃ、かや。いきなり」

「麓の村には迷惑かけとんのや。協力するぐらい、タダでやったればええやろ」


 クサリはようやくかやの怒っている事情を把握し、いや、でもなあ、とあさっての方角を見やりながら頬をかいた。


「せっかくくれるといってくれとるんじゃし、断るのも」

「今、寛大にふるまっとけば、感動して女子がぎょうさん寄ってくるかも知れへんで」

「そ、そうじゃろか?」

「少なくとも、ウチは感動する。見直す。惚れてしまうわ」


 クサリの心は目に見えて揺れた。しばしの思考のあと、よし、とうなずく。


「そうじゃな。常日頃から、麓の村には迷惑をかけとる。困ったときはお互いさま。りんは返してやらないとな」

「やろ? じゃ、りんを連れてくるわ。あ、ウチも付いてってええか? 大人しゅうしとるで」

「いや、かやは」

「いやや、ぬし様。そんな殺生なこといわんで。な」


 かやはクサリの腕に身体を押しつけ、甘えた声で駄々をこねた。クサリはデレデレしながら、ま、いいじゃろ、とあっさり承諾した。


「かや」

「ええやないか。りんと話せるの、これで最後になるかもしれんのやし。ナギのケチ」


 かやは舌を突き出し、家へと戻った。身支度を終えたばかりのりんの手を引き、門のところまで連れて行く。すると、ナギも馬を用意して待っていた。


「なんや、ナギも行くんか」

「クサリ殿の頼みじゃ」


 いって、ナギはかやを馬上に引き上げた。りんはクサリが引き取る。


「何すんのや。これじゃ話せへんやないか」

「だって、わしもりんちゃんと仲良くしたいもん」

「ずるいー! 下ろせー!」


 かやはじたばた暴れたが、落ちかけて、渋々おとなしくなった。クサリの陽気な号令がかかり、総員八名の一行は出発する。


「かや、遊びに行くのと違うんじゃから、大人しくしとれよ」

「分かっとるわ」


 かやはなぜナギも一緒なのだと不満をくすぶらせる。答えは簡単、かやが逃げ出さないよう見張らせるためだ。どこへ行くにも、たいていこの幼なじみがついてくる。

 かやに自由はあるようでない。将来は鉄の国のだれかに嫁ぐことが決まっており、逃げ出せば殺される――とまではいかないが、クサリの養女という立場から一転し、奴隷のような扱いになるだろう。元からそういう扱いを受けなかったのは、父親に見捨てられた幼い子供への恩情であり、それを裏切れば容赦のない扱いが待っている。


 ナギの腕の中、かやは憤懣を募らせる。転べば助け起こしてくれ、野犬に襲われれば庇ってくれ、枯れ井戸に落ちれば引き上げてくれるこの頑強な腕すらも、よく見れば、自分を閉じこめる檻でしかないのだ。


「おお、見えてきた」


 クサリがひろがる水田に感嘆の声を漏らした。手入れをしていた農夫たちが、鉄の国からの来客に気づいて寄ってきた。丁重に村長のところへ案内されるものの、彼らの態度はよそよそしい。クサリやナギたちと同等の嫌忌の視線を浴びせられると、かやは一層この赤銅色の腕から飛び出したくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ