2.
炭焼きの煙を目指して山を上っていくと、やがて赤い門が見えてくる。これが鉄の国の入り口だ。
鉄の国には赤銅の肌の人間と、そうではない人間がいる。赤銅の肌の人間は、昔からこの土地で鉄を作っていた先住民だ。そうでない人間は、平野にいられない事情を抱えて鉄の国にやってきた人々である。前者だけが鉄の民と呼ばれ、後者はただ鉄の国の人と呼ばれている。
かやは門をくぐって村に入り、左右に首をふった。村が騒がしい。軒先や道端など、そこかしこに人が集まって何か話し合っていた。
「なんやろ?」
「さあ。クサリ殿のところへ行けば分かるじゃろ」
かやは山菜の籠を抱えなおし、村の奥にある一際大きな家に入った。いろりの側に、麓から来たとおぼしき娘が座っている。ナギの言う通り、色の白い娘だった。かやより背が低く、ふっくらとした体つきがいかにも娘らしい。
娘がこちらを向いて、あ、とつぶやいた。小さな唇から白い前歯がのぞき、栗鼠のような可憐さだ。麓の人間たちは何を考えてこの子を鉄の国に来させたのだろう、とかやは仰天した。
「先ほどはありがとうございました」
「いやいや、当然のことをしたまでじゃ」
頬を赤らめて頭を下げる娘に、ナギは大きな身体で恐縮した。かやは山菜の籠を養母に渡しながら、遠巻きにそのやり取りをながめていた。幼い頃、麓の子供に石を投げられたことがあるので、挨拶して拒まれるのが怖かったのだ。しかし、その心配はなく、娘はかやにも丁寧にお辞儀をした。かやは喜び勇んで近づく。
「あんたが麓から来た子か? ウチはかや、っていうんや。あんたは?」
「りん、です。お、お邪魔しています」
緊張しているのだろう、りんはどもった。その様に親近感が湧いて、かやはりんににじり寄る。りんは少し身を引いて身がまえたが、同性で年の近い相手だ、自然と構えをといた。
「なあ、りんはなんでここに来たんや? ぬし様に用があるらしいけど、どんな用やったんや?」
「実は……助けを求めに来たんです」
「助け?」
「実は最近、隣の村が流れ者たちに攻め入られて、占領されてしまったんです。次は私たちの番。ですから、鉄の国の人たちに倒すのを協力してもらおうということになったんです。それで、私がここへ」
りんは固く手を組み合わせ、不安げに眉根を寄せた。道理でみんなが騒いでいるわけだとかやは納得し、小首を傾げた。
「でも、なんでりんなんや? 鉄の国っちゅうたら、麓じゃ評判悪いやろ。なんでりんみたいな女の子が使いに出されんねん」
「それは……」
りんは口ごもった。唇を引き結び、うつむいてしまう。かやが心配して顔をのぞきこむと、ナギがかやの肩に手をおいた。
「なんや、ナギ」
「いや……その、な」
歯切れが悪い。かやは眉をつり上げ、ナギに迫った。しかし、どしどしと重い足音にそれを中断される。家の主であり、この村の主であるクサリが帰ってきたのだ。
「おお、かや、帰ってきたか」
「ただいまや」
「お邪魔しています」
かやは片手を上げ、ナギは席を空けた。クサリはナギよりも大きな身体をどっかりと床に下ろし、ふーっと一息吐く。
「村の連中と軽く話をしてきたんじゃが、協力する方向にまとまりそうじゃ。りんちゃんの村が襲われたら、次はこの国じゃ。他人事じゃないからな」
「もう、りん“ちゃん”かい。馴れ馴れしいやっちゃな。嫌われるで」
かやは鼻の下を伸ばしている養父に呆れた。しかし、クサリは娘のとげとげしい言葉にもめげず、りんを眺めてだらしなくしている。
「というわけで、明日にでも山を下って麓に行く。りんちゃんはこの村にいてもらってもいいか?」
「あ……はい」
うなずくりんの表情は硬かった。悲愴な顔つきだ。何か覚悟を決めているような。
「なあ、麓に行くんなら、りんも連れてった方がええんちゃうか?」
「いや、りんちゃんには数日ここで疲れを癒してもらってじゃな」
「少しでも長くりんをここに居させたいだけやろ」
「いやいや、そんなことは……バレたか」
クサリは別段悪びれている様子もなく、巨体を揺らして笑った。かやは腕組みをして呆れ果てる。
「ま、ええけどな。りんに長う居てもらった方がうちも嬉しいし。仲良うしよな、りん」
「は、はい。よろしくお願いします」
りんはようやく表情をほころばせた。かやはりんの手を握り、満面の笑みを浮かべる。クサリも妻に叩かれつつさらに頬をゆるめたが、ナギだけはかやを見つめて難しい顔をしていた。