10.
麓の村では、クサリがおろおろしながらかやの帰りを待っていた。無事な姿を見ると、恥も体面もなく、顔をくしゃくしゃにして泣きながらかやを抱きしめた。
「ごめんな、ぬし様。心配かけて」
「まったく。どこで何しとったんじゃ」
「そ、それはやな……」
かやが詰まると、ナギが事情を説明した。
「皆の役に立とうと思って、隣の村に偵察に行ったんじゃと。じゃけど、勢い余って、敵も倒してしもうたらしい。かやらしいわ」
「な、なんや、その言い草。結果よければすべて良しや。な、三太」
「よくないぜ。結局、おまえに全部手柄を持ってかれて」
三太は不満そうに口をとがらせたが、次にはからっと笑った。
「ま、おまえに持ってかれるんならいいや。鉄の国は気にいらねえけど、おまえは気に入った」
「何いっとんねん。ウチは鉄の国の人間やで。恩に着てや」
「なんだよ。鉄の国の力を借りずに――もがっ」
「勝つ方法を考えようとしたのは、おまえたちじゃろ。かやを誘拐までしよって。その上、村の決定に逆らって独断先行。何もなかったからいいものの、自分がどれだけ村に迷惑をかけることをしようとしとったか自覚して、もっと反省せえ」
ナギに気迫に呑まれて、三太はこくこくうなずいた。さらに、りんにまで叱られたので、ふくれっ面になる。
「かやも、無謀なことはもうせんでくれよ」
「分かっとるわ」
かやもふくれ、同じ顔をしている三太と握手した。ナギとりんに背を向け、しっかりと。二人の間に美しくもない仲間意識が芽生えはじめていた。
「また来いよ」
「三太も来てや。泰蔵や小太郎と一緒に。……鉄の国も、ええとこあるんや。もし嫌いになるにしても、それからにして欲しいんや。えこひいきかも知れへんけど……」
「……考えとく」
三太は照れくさそうに頭をかきながら踵を返し、渋面を作った。ナギとりんが親しげに別れの挨拶をしていたからだ。
「ま、潔よう諦めるんやな」
「なんで諦める方なんだよ! 励ませよ!」
「ナギはええ奴やからなぁ。あんたに勝ち目なんてないない。ご愁傷様や」
「冷血女ー!」
ぎゃあぎゃあ情趣のないやり取りをしていると、出発の声がかかった。かやは三太や泰蔵、小太郎たちに手をふって、クサリたちの方へ駆けて行った。
「……私も、連れて行ってもらえませんか?」
クサリの馬に乗ろうとして、かやはうわっと顔を赤くした。ややうつむいて、恥らいながらナギに頼むりんは、かやが思わず見惚れてしまうほど綺麗だったのだ。どう返事をするのだろうとドキドキしていると、ナギと目が合った。慌てて目線をそらす。
「――悪いが、他に連れて行かないとならんものがあるんじゃ。申し訳ない」
「そう、ですか」
りんは一瞬口を固く引き結んだが、すぐに顔を上げて笑った。
「また、来てくださいね」
「ああ。ありがとな」
かやが呆然と去っていくりんを見つめていると、クサリに馬を下ろされた。
「かやはナギと一緒にな」
「ええ? なんで」
「かやも重くなったでなあ。わしと乗ったら、馬が悲鳴を上げる」
「なんてこというんや!」
かやは怒鳴って馬を移った。一通り養父に対しての怒りを表した後、ちらりとナギを見上げる。
「良かったんか? りんちゃんみたいな奇特な子断って、後悔してもしらへんで」
「わしはもっと奇特なやつを知っとるからなあ。自分のことを鉄の民とまでいう女子は初めて見たわ」
「え、ええやろ、別に。好きなんやから」
「そうじゃな」
ナギは微笑して、馬を進めた。
かやはナギの身体に背を預け、春の日差しに鉄の腕輪を光らせた。鉄はすっかり温まって、肌にしっくりなじむ。背中に感じる体温に眠気を誘われ、うっつらうっつらしていると、落ちかけて、太い腕に支えられた。
「どこでも寝るんじゃなあ」
苦笑するけはいがしたが、かやは寝ることをやめなかった。この腕の中にいる限り、安心だ。かやはもう、ここから逃げ出したいとは思わなかった。
「かや」
声が耳にやさしく響いた。つむじの辺りに唇を寄せられる。
途端、かやの意識が覚醒した。が、なんとなく起きられない。身じろぎして、眠れもしないのに目を閉じ続ける。胸が騒いで落ち着かず、素直にナギに背を預けられなくなった。
やっぱりここから逃げ出したいかもしれない。
鉄の国につくまでの間、かやは悶々とした時間を過ごしたのだった。




