表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お嬢様と指輪

作者: アエン

投稿第一作目

白けた空気が休み時間の教室内に漂う。その原因は、とある言葉を発した少年だった。

「な、なんでこんな空気に!?」

突然の事に慌てる少年。大した事は言ってないハズだ。

「圭助……、もう一度言って見ろ。ああ?」

圭助の親友が、驚くほどドスの利いた声で言う。

聞いた事のない友人の声にビビり、謝れば良かったのに圭助は繰り返そうとする。

「だから……、ほら、そうだろ?それって……」

指をさした瞬間、白けた空気に殺気が混じった。圭助以外の全員の気が統一されていた。

「それ以上言うな!!分かっただろ?お前が悪いんだ。いいから謝れ」

圭助の親友、洋司は、その先を言わせなかった。言えと言ったのは自分のくせに。

圭助は理不尽に思ったが、さすがに空気を読む。

「……ゴメンナサイ。私が間違えていました」

洋司の方にでは無く、教室全体、いや、一人の女の子の方に向かい謝った。

そう。

そもそもの原因はその少女の持って来たある物だった。

それは、母親からもらったという、宝石の付いた小さな指輪。

彼女はそれを右手薬指にはめて周りの友人にささやかなお披露目をしていたのだが、いつの間にか教室中の興味を引き寄せ、話題の中心になってしまっていた。

そう、嫌でも周りを引きつける、クラス一の人気者のお嬢様。

それが彼女の肩書きだ。

彼女の家は代々続く名家で、その親から貰った物なのだから、高いに決まっている。少女も、そう言っていた。

しかし、圭助は、それと同じものを見た事があった。妹にせがまれて買った、百円均一のものだ。

そして、話題に入ろうと、正直に言ってしまった。

「それ、百円だよ」

五万、十万、いやいやこの輝きは百万だ。それまでの声が消えた。

そして空気は最初に戻ります。


「ほら、こいつ物の価値が分からないから。貧乏人の意見は無視しようぜ」


洋司のフォロー。怒って見せたのは圭助の為だったのかもしれない。

小学生の癖に気の利く奴だ。

そうそう、貧乏人の僻みは見苦しいね。そんなの無視無視。いやあ、良い指輪だなあ。

教室のあちこちから何事もなかったかの様に声が聞こえ出す。そして、圭助の事など忘れたかの様に、再び話題は再会され、圭助はぽつんと立ち尽くしていた。

「圭、あんまり変な事言うなよ」

洋司が圭助の方に来て溜め息混じりに言った。


御津門みつかどはファンが多いんだ。馬鹿にすると酷い目に会うぞ」

「馬鹿になんかしてないよ」

そう、正直に言っただけだ。

「それにしたって、あんな事言うべきじゃあないな」

洋司に言われ反省する圭助。

たしかに、空気を読まなさすぎる発言だった。

「気をつけろよ?」

深刻そうに、洋司が言う。

「なにを?」

「いろいろ」

言って洋司は話の輪に加わる。

圭助は洋司が御津門に憧れているという話を思い出した。

さっきの怒りは本気で圭助に腹を立てたのかもしれない。


放課後になり、ざわめきが聞こえ出す。

いつも圭助と一緒に帰る洋司はさっさと帰ってしまった。薄情な奴だ。

圭助は上履きを履き替え外に出る。

日が眩しい。こんな晴れの日は大抵洋司と遊ぶのだが、今日は無理だろう。

そんなに大事かと、圭助は悩む。別に百円でもいいじゃないか。

しかしそうもいかないのだ。

彼女はいつも高そうな服を着て、高そうな筆記用具を持ち、高そうなランドセルを背負っている。

何か一つが偽物でも、彼女のイメージが崩れる。

他のモノも偽物じゃないかと信頼を失う。

嘘つき女と、いままでの彼女の魅力と彼女への妬みの均衡が破れる。

崩れれば落ちるだけ。

そんなことが、彼女の事を好きな人達(洋司を含め)は許せなかった。

だから、圭助の言葉に過剰に反応した。

しかし圭助はそこまで考えられず、明日になれば平気だろうと、呑気な結論に終わった。

暖かな道を歩いていると、突然、背後から体当たりを受けた。

転びそうになるが後ろから回された手のおかげでなんとか踏み止どまる。

「圭ちゃん、一緒に帰ろ!」

御津門ファンの報復、ではなく、二年生になる圭助の妹だった。後ろから兄の姿を見つけて走って来たのだろう、息が荒い。そして、その勢いのまま体当たりをかましたのだ。

「体当たりしなくても帰るって……」

溜め息を吐きながら、元気すぎる妹がにこにこと差し出す手を握る。

後ろから見るそれは、理想的な兄妹像だった。

突然走り出した友達に置いて行かれた妹の友人は潤んだ瞳でそう思った。


「なあ、あの指輪、百円のやつ。まだ持ってる?」

ふと、圭助は隣りで跳ねる妹に尋ねる。一年前の事だ。忘れているかもしれない。

「さあ?机の引き出しかな?忘れちゃった。あ、聞いてよ、今日みっちゃんがね?……」

そんなことより、と学校であった事を楽しそうに報告する。

それを聞いて圭助は、少し羨ましく思った。


一旦家に帰ると、一緒に遊ぼうと絡み付く妹を引き剥がし、圭助は外に出た。

特に目的はなかった。ただ、晴れなのに勿体ないと思っただけだ。

洋司の家に行こうとも思ったが、今日は会いづらい。

本屋にでも行くかとぶらぶらしていると、前方から近付いて来る清楚な人影。

それってどんな人影?と言えば、御津門だった。

毎日車で送り向かえというのはただの噂だったようだ。

圭助と御津門は目が合ってしまい、どちらからともなく、立ち止まる。

「こんにちは」

御津門はぺこりと頭を下げた。

「こ、こんにちは」

さっきまで一緒にいたクラスメイトに対する適切な挨拶が分からず、そのまま返す。

「………」

「………」

沈黙は、圭助が破った。

「あの、指輪の事なんだけど、さっきはゴメン!つい……。そうだよね、本物に決まってるよね」

頭をかいて、謝る。いままで指輪が本物だという考えは全く浮かばなかったのに、御津門を見るとその考えが浮かび、すっと受け入れられた。

それが、御津門の魅力だった。

「ううん、そんなことはいいの。こちらこそ、変な事になっちゃって、ごめんなさい」

御津門はさっきより深くぺこりと頭を下げた。

「いや、悪いのはこっちだって!僕が悪いんだから、御津門さんは謝らないでよ!」


あわてる圭助。頭を上げた御津門はその様子を見てクスリと笑った。

「ありがとう。それじゃあ、また明日」

やんわりと微笑み、身をひるがえす御津門。

圭助がうんまた、と言いかけた所で、突然、甲高いクラクションの音が聞こえた。

目を見開き固まる御津門。

せまる白い乗用車。

圭助は咄嗟に踏み出し、御津門の左手を掴んで引き寄せる。

反射的に上がる右手。

金属の削れる嫌な音と何かのはじける音。

運転手は気をつけろ!と叫んでそのまま走り去っていった。

「だ、大丈夫!?」

慌てて問う圭助。まだ心臓がドキドキしていた。

「う、うん、ちょっと掠っただけ……」

御津門は震える右手を上げて見た。手は赤くなっていたが怪我はないようだ。

しかし、そこには指輪がなかった。

え?と、二人は顔を見合わせ、続いてアスファルトの上に視線を落とす。

そこには、宝石部分がはじけ、輪の部分が摩擦で千切れた指輪の残骸があった。

やっぱり、とは圭助は思わなかった。

「どうしよう、明日も見せるって、約束してたのに……」

呆然と、呟く御津門。

「……家に忘れたとか、言えば?」

くだらない提案をする圭助。

しかし御津門は首を横に振る。

「ダメ、それじゃダメなの……」

弱々しく言う。

そう、今日の明日でそんなことをすれば、偽物とバレたからだと、疑いがますます深まってしまう。

実際偽物だったが。

今始めて、圭助はあのときの自分の発言を心から後悔した。

「それじゃあ、助けてくれてありがとう」

そういうと、御津門はふらふらと帰っていった。

圭助は、しばらく指輪の残骸をただ見つめていた。


黄昏時、とぼとぼと家路につく圭助。いつの間にか、日はきれいなオレンジになっている。指輪は拾ってポケットにいれていた。

取り返しの付かない事をしたんじゃ、と、圭助は落ち込んでいた。こんなのは、洋司と本気で喧嘩した時以来だ。

「……ただいまー」

家のドアを開ける。奥から妹が掛けて来た。

妹、そうだ!

あのねー、と何かを言おうとする妹を無視し、圭助は階段を駆け上がる。

兄妹兼用の部屋に入り、妹の机の引き出しを探す。

しかし、どこにも指輪はなかった。

「指輪は?」

付いて来て、後ろでポカンとしている妹に問う。

「そこにはないよ?こ……」

何か言おうとする妹をまた無視し、走り出す。

百円均一にいけばあるかもしれない!


しかし入れ替わりの激しい百円均一に同じモノは売ってなく、暗くなり始めた道を圭助はゆっくりと歩いていた。「圭助……?」

声が掛けられる。

よく知った声に振り向くと、自転車に乗った洋司がそこにいた。

「暗!なんでそんなに暗いんだよ?」

圭助はどんよりしていた。そのどんより具合に洋司は驚いた。

「あー、昼間の事だけどさ、やっぱり百円だったらどうする?」

思わず、問い掛ける圭助。

「まだ気にしてたのかよ……」

やれやれといった感じの洋司。

「百円でも百万でもどうもしないよ。そんなの気にしないって」

励ますように言う。やはり気の利く奴だ。

「みんな、そうかな?」続いて問う圭助。

「そうだなあ、御津門は嫉妬されやすいから、そうじゃない奴もいるかもな。ま、大丈夫だって!お前の言う事より御津門の言う事の方が正しいって、みんな思ってるよ」

さりげなく厳しいことを言う洋司。

圭助は力無く笑う。

「はは、そうだね。まったく……」

「じゃ、俺はいくけど、後ろ乗る?」

荷台を目で差す洋司。

「いい。歩いていくよ」

「そうか。じゃ、また明日な!」

そのまま洋司は走っていった。自転車のライトがすぐに遠ざかっていった。

圭助は溜め息を一つ吐くと、先ほどよりは少し元気に歩き出した。友達っていいなあと、思いながら。


夕食のぎりぎり前には、家に着いた。

手を洗い席に着くと、隣りに座る妹が頬を膨らませていた。

圭助は頬をつついて空気を抜いてから聞く。

「なんですねてるんだよ」

「知らない!まったく、まったく!」

父親の真似をする妹。

「お兄ちゃんが無視するからよ、ねぇ?」

ハンバーグの乗った器を置きながら圭助らの母は言った。

無視?そういえば、帰ってから何か見せたがっていたような……。

「ごめんごめん。今日は忙しくってさ。なんだっけ?ほら、見せてよ」

しかし、そっぽをむいた妹は動かない。

「ほら、お兄ちゃんがどうしても見たいって」

母親もフォローする。

「……見たい?」

「見たい見たい」

すると、機嫌を良くした妹は元気良く右手を突き上げた。

「じゃーーん!!」

そこには、なんと、あれほど探していた指輪が、蛍光灯により輝いていた。

「帰りに言ってたから探してつけたのに、しらんぷりするんだもん」


プリプリと言う妹に、しかし、圭助は返事をすることができなかった。

「ありがとう妹よ!」

その右手をがしっと両手で握る圭助。

「わ!」

突然の事に驚いた妹も、圭助の手を握り返す。

「どういたしまして、圭ちゃん……!」

「その指輪くれ」



「まあまあ、仲良しね」

暴れ回る兄妹を、母はにこにこと眺めた。


翌朝、妹も親友も置いて、圭助は一人家をでた。いつもよりかなり早く、学校に着く。

教室に入ると、やはり一番乗りだった。

圭助は、ポケットから指輪を取り出す。もちろん、壊れてない方だ。

さて、どう渡そう。

変な噂が立たない様にしなければ……。

教室のドアが開き、誰かが入って来る。

なんてタイミングがいいんだろう……。

圭助は感激する。そこでびっくりした様に立っているのは、御津門だったのだ。

「おはよう」

今日は、圭助の方から挨拶をする。

「おはようございます」やはり丁寧に、御津門は返す。

「これ……」

さっそく指輪を渡そうとする。しかしそれよりも先に、御津門が手を出した。

右手薬指には、指輪が嵌まっていた。それも、昨日の物とは比べ物にならないくらい輝いていた。唖然とする圭助。

御津門は、嬉しそうに言う。

「昨日の事を話したらね?お母様が、これをくれたの。嘘をついてごめんなさいって。つけてみて驚いたの。全然重さが違うのね」

そう。そうだ。自分は、なにを必死に探していたのだ。走り回り、妹に引っ掛かれ。

右手をにぎり指輪を隠す。

彼女はお金持ちなんだ。言えば、いくらでも本物が出て来る。こんな、百円の、安物なんか、有っても無くてもどうでもいい。むしろ、こんな物は無い方が良いのだ。

「よ、良かったね」

指輪を握る右手に力が籠る。

宝石がささり、思わず圭助は手を放してしまう。

からんと、小さな音が響く。

「それ……」

御津門は、驚いたようにそれを見た。

圭助はすぐに拾いあげ、後ろ手に隠す。

「ははは、もう、こんな安物要らないよね。馬鹿みたいだよな、こんなの探し回ったりして」

圭助は自嘲するが、御津門は笑わなかった。

「私のために?」

「いや、そんなんじゃないんだ。たまたま、たまたまだよ」

言い訳をするが、御津門は続ける。

「じゃあそれ、私にください」

「え?こんな安物、もう要らないでしょ?」

しかし御津門は首を振る。

「ううん、すごく欲しい」

御津門は左手を、手の平を上に向けて差し出す。

圭助はゆっくりと右手を出し、彼女の手の上で開いた。

御津門の手の上に落ちた指輪は、本物に負けないくらいきらきらと輝いていた。

「ありがとう」

「……どういたしまして」


すげー、今日は二個か。

御津門の席の方から声が聞こえる。皆がそちらを見た。

しかし圭助はそちらを見ない。何となく恥ずかしいからだ。

こっちの方が高そうだなあ。どっちが高いの?

「うーん、こっちかしら」

御津門がどちらかを差したらしく、へぇーという声が上る。

まあ、見ればどちらが本物で偽物か明白だけど。

圭助は思う。

さっきは、汗が光っていただけだ。

しかし、予想外の声が聞こえた。

「でも、今日のの方が高そうだよ?」

え?圭助はそちらを見てしまう。

「それに、左手の薬指って、婚約指輪をはめる所だよ?」

さらに圭助は驚く。

御津門と、目が合った。こちらを見てニコりと笑うと、彼女は周りに言った。

「これは、一番大切な指輪なの。だから、ここで良いの」

続けて言う。

「価値なんか、つけられないわ」

感心の声が漏れる。

「すげーよなー。いくらだろ」

隣りに立っていた洋司が呟く。

「百円だよ」

とは、口が裂けても言えなかった。

はじめまして。初めての投稿なんで緊張します。何かおかしな所は、指摘してください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読み終えて ほんわかと優しい気持ちになれました。幼い頃に感じた思いが 蘇りました。
[一言] 面白かったです。 でも、もう少し主人公の親友をだしてほしかったなぁ〜って思いました。 これからも頑張ってください。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ