団居(まどい)と言う部下
「団居! たまには剣の相手してくれよ!」
領主と剣を交わしていた少年、白壁がファイルの山を持って歩く団居に気付き声を上げた。
領主、テオドラの腕など、白壁に取っては子供の相手と変わらないらしい。
その態度に腹が立つが事実なので仕方がない。
しかし、書類仕事ばかり手伝う団居が、白壁が飛びつくほどに強いとは知らなかった。
「獅子倉はどうした? 教えてくれないのか?」
「最近は魔獣退治に出っ放しだよ。俺らの相手するどころじゃないって。道場の奴ら、言葉覚えないから、俺と変わってくれないし」
不満そうに白壁は膨れる。
「悪いな、白壁。お前が一番覚えが良かったから領主様についてもらったんだが。これだけ竹笹に届けたら相手してやる。もう少ししたら緑樹が読み書きを覚えきるから、それまではしっかり頼む」
片腕でファイルの山を支えると団居は白壁の頭を撫でた。
少し照れくさそうに白壁は笑う。
白壁の父親も戦争に招集されているのだろう。このシエンの里にはいない。
今まで、テオドラの相手をしながら一度も不満を漏らさなかったが、本当は寂しいのかもしれない。
30分程して、団居は剣を持って戻ってきた。
「久しぶりだな、昼間から剣を持つのは」
夜に剣を持っているのだろうか、こいつは。
「俺も見回り連れてってよ。昼間はちゃんと働いてるんだからさ」
頼むように白壁が言った。
「夜の山は危険だ。12になったらって決まりだからな。あと1年半、待てよ」
言いながら、団居は剣を抜く。白壁が持つものより少し長く、白っぽい刃の剣。
ドルエドの兵士が使う剣より細いのがシエンの剣の特徴だ。
素早さを重視しているらしいが、鍛え上げられたその剣の金属は簡単に折れることはない。
その剣で、団居は白壁を子供のようにあしらった。
子供のようにというか、白壁は子供なのだが。
領主が敵わない白壁という少年を軽々と伸してしまう団居の実力。
これが、本物のシエンの戦士。
「何故お前は招集されなかったんだ?」
白壁の相手を終えた団居に、あまりに当然に湧いてきた疑問を領主は聞く。
これだけの腕を持つ兵士を、戦に使わない手はない。
「私は、稲穂を側に置こうとした王に忠言しまして、ドルエド王に嫌われてしまいましたから」
苦笑するように団居が言う。
「稲穂?」
「姫のことですよ。玉城の稲穂姫です」
団居は答える。
「ドルエド王は姫を側室に入れるおつもりのようでしたが、稲穂はまだ幼いですし、領土とした村から無理やり娘を側室に入れれば王の品格に傷が付きますと、進言したんです。それに、こんな田舎者の姫ですから、王都に行けば恥をかくだけです」
頭をかきながら団居が言う。
確かに、姫と呼ばれる娘はまだ十代の半ばほど。ドルエド王は40を過ぎている。
しかし、それほどおかしなことではないのだが、確かに、他国を取り込む邪魔となる条件は減らしたほうがいい。
この男はやはり、知恵が回る。
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元、王だった娘は、団居を『いとこ』だと言っていた。
前王の姉が団居の母親らしい。
「団居も王族だったのか。団居が王になることはなかったのか?」
幼い娘を王にするよりは、実力ある男が王になるのが正道である気がして、その時領主は娘に尋ねた。
返ってきた答えは、ドルエドでは考えられない、シエン独特のものだった。
「団居はあくまで団居だ。団居の家に生まれたからには団居の者として生きるのが定めだ。確かにあいつが王であったなら、私のように国を失うこともなかったかもしれないが……」
そこで、少し娘は黒い瞳を伏せた。
「あいつはやはり団居が合っている」
まどいまどいまどい、何かの呪のようにややこしい答えだ。
よくわかならないが、このシエンでは『家名』、名を大切にしているらしい。
それぞれの家に役割が分担されていて、役職の代わりになっているようだった。
それが、小さな国の中で争いを起こさないための決まりだったのかもしれない。
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「お前もあの娘に惚れ込んでいる一人か?」
一人回想にふけっていたことに気付き、領主はごまかすように、隣りを歩く団居に問いかける。
領主がここに来て、そういう話を多く聞いた。誰と誰は姫に執心だ、とか。
村の若い男のほとんどがそうらしいが。
先程の団居の言い方では、ドルエドの国王に嫁にやるのが嫌だったとも取れる。
しかし、両親のいない稲穂に取ってはこの団居とその家族が肉親と言うことになるのか、と思い直す。
「いえ、私には妻も子もいますから」
穏やかに微笑んで、団居が答えた。
テオドラと同じ歳ほどの団居に妻どころか子供までいるということに、テオドラは驚いた。
「お前、子供がいるのか」
「いますよ、男の子が二人。もう少ししたら言葉を覚えますので、お連れしますね。まだ礼儀がなってないので、領主様の前に出すわけにはいきませんので」
苦笑するように団居は言った。
「構わん、そんな小さな子供に礼儀など求めるか」
テオドラは笑って答えた。
数日後、テオドラの屋敷に新しい手伝いの子供が入った。
白壁と交替で剣の相手にもなるらしい。やはり子供なのか、と領主は少し苛立つ。
十三歳と十一歳の少年。
「団居緑樹です。ロクとお呼び下さい」
年上の少年が流暢なドルエド語で話す。
「団居青草です。セイとお呼び下さい」
小さい方の少年も言いよどむことなくドルエド語を話す。
「マドイ? お前たち団居の弟か? 確かに似ている気がするな」
少年たちの顔を覗き込み、テオドラは言う。
「父上から領主様のお手伝いをするように言われてきました。どうぞ何なりと申し付けください」
姫だった娘よりもきれいな言葉で話すロクと名乗った少年。
「しかし、手伝いと言われてもな。家の中のことはほとんどあの娘がやっているし、私のやることと言えばシエンの資料をまとめて王都へ送ったり、里の復興の指示を出すことだが」
首を傾げるように領主は言う。こんな子供に手伝えることがあるだろうか。
「僕は簿記や税務の技術を教わりました。全てをやることはできませんが、あとで父上が確認してくれるそうなので、時間の短縮になる分位には手伝いになると思います。弟は伝令役に使ってください。山のふもとまで半日で行って帰って来れます。暗号文の作成も解読もできるので、読まれて困るものは封をしてください」
少年が、子供らしからぬことを言った。
シエンの戦士の中には腕ではなく頭を鍛える者もいるらしい。
団居が報告書の束を持って室内に入ってきた。
子供たちに言葉を教えていた団居は、何人かの子供が完全に読み書きを覚えたので、少し余裕が出て、最近では領主の補佐のようなことをしている。
元々、シエンの国では王の下でそういう仕事をしていたらしい。
物分りも早く、領主には頼もしい部下となっていた。
……一ヶ月以上経っても、ドルエドから、部下が派遣されて来ない。
きっと、来たがる者がいないのだろう。
そんな所に無理やり送られてくる貴族など、きっとろくな者ではない。
そうなると、テオドラはもう、この里にいる者達の方が使いやすかった。
すっかりシエンに染まったな、とテオドラは一人で苦笑する。
「父上、僕ら挨拶できてましたか?」
瞳を輝かせてセイが団居に話し掛ける。
「上出来だ。領主様に失礼のないようにな」
書類の束を机の上に置き、団居が答える。
「……ドルエドの言葉では男兄弟の上は『兄』だが?」
団居を父上と呼んだセイに領主は首を傾げる。
「『兄』は僕のことですよね?」
首を傾げ、確かめるようにロクが領主を見上げる。
確かに、セイの兄なのでロクは『兄』だ。
何かがおかしい、と領主は一度自分の額を押さえた。
「こいつも兄だろう」
思い直したように、領主は団居を指差す。
領主よりも年下と思われる青年。
こんな大きな子供がいるようには見えない。見えないのだが……先日の言葉が頭をよぎる。
言葉を覚えたらお連れします、と。
「まさか、お前の子供か!?」
「はい」
当たり前のように頷く団居。
「いくつだ!」
「ロクが十三歳でセイが十一歳になりました。」
二人の少年を示して団居は言う。
「お前の歳は!?」
怒鳴るように領主は問う。
「言ってませんでしたっけ? 二十六です。私は十二の時に里の力試しで優勝しまして、国で一番の美人を妻にもらいました」
惚気るような笑顔で団居は言った。いつもの精悍な様子はない。
「未だに年上の連中には恨まれてるんですがね」
資料の分類を始めながら団居は苦笑した。
「ロク、手伝ってくれ。セイ、稲穂に言って領主様にお茶を出してもらいなさい」
「「はい!」」
二人の少年が同時に返事をして動き出した。
それから、働き者の少年たちのおかげで、驚くほどに領主の仕事はスムーズに片付くようになったのだった。
2013/11/16、誤字修正しました。