察知の刻
――拓人が魔法陣に捕らわれてしまう、少し前の出来事。
花菱学園の屋上から、学園の敷地内を見下ろしている人影があった。
平井義乃だ。
セミロングの黒髪は後ろで一つに括られていて、屋上を吹き抜ける風に揺れている。
服装も現在は純白の剣道着から制服に変わっていた。
上は半袖の白ブラウスに、下は紺と緑のチェック柄をしたプリーツスカート。
肩に掛けた竹刀袋には、白い生地に銀色の刺繍で百合の花が描かれていた。
義乃の視線の先には、部活動を終えた生徒達の姿がある。
次々と正門を潜り抜けて学校を出て行く様子は、至って平和だ。
賑やかでいつも通りの光景を眺めつつも、義乃の表情は緊張を孕んでいる。
切れ長の瞳は、鋭く研ぎ澄まされた刃の艶を放っていた。
「何処だ……何処に居る」
真剣な面持ちで呟く義乃の顔は、一般的な高校生女子と比べて遙かに大人びている。
顔のパーツ自体は年相応か、寧ろちょっと幼く見える位であるというのに……滲み出る雰囲気が、まるで時代劇に出てくる武士の如き風格を漂わせていた。
「必ず近くに居る筈だ。……澄み渡れ、義乃」
義乃は己自身へ強く言い聞かせるように、瞼を閉じる。
そして鳥の片翼を模った銀のペンダントを握り締め、言葉を静かに噛み締めた。
念の籠もった言葉は義乃の心深くまで響き渡り、全身の感覚を鋭敏にさせた。
すると片翼型のペンダントが、義乃の掌中で黄金の光を帯び始める。
光は徐々に強くなり、それに比例して義乃の意識は大気に溶け出した。
自分が風に乗って周囲へ広がるような感覚に包まれ、少女の心は透明になってゆく。
学園を中心として円形状に広がる義乃の意識は、神経を持つ透明なヴェールのようだ。
あらゆる物事の深くにまで浸透し、自分が探し求める気配を知覚しようとする。
――校舎の中には無い。校庭にも……無い。
義乃の精神波は正門の外へ飛び出して、帰宅途中の生徒を掻き分け進む。
空気の中を魚のように泳ぎながら、絶望坂を下り……とある一点に到達した瞬間、穏やかだった意識が一気に弾けた。
絶望坂の途中にある古びた神社が、義乃の頭に浮かぶ。
鳥居を潜った先から伝わってくる、異常な気配を感じた。
気配の元は青紫色の霧がかかっているみたいに、詳細が読み取れない。
「……今のイメージは!」
かっと目を開いた途端、弾かれたように義乃が動く。
片翼のペンダントが付いたチェーンを手首へ巻き付けて、吹き抜ける風のような速さで屋上を後にした。