騙りの刻
「――な、なんだよっ? ……ははっ。……俺ってそんなに、ヘンかなぁ……?」
「ヘンだよぉー! ぜぇ~ったい、変! ほんと、おかしーっ」
「ひっでぇな~! そこまで断言する事ないだろー? ……っふ、あはははっ」
今まで一緒に学校で話をしていた時とは、明らかに違う闇朱の笑い声。何と言うか、笑いの本気度が違うといった感じ。それが何だか嬉しくて、拓人は朗らかに笑みを深める。
どれ程の間そうやって、拓人と闇朱は笑い合っていただろう。
不思議に甘く暖かな時間は……突然降ってきた第三者の声に、終わりを告げた。
「――なーにバカ笑いしてんのよ。……全く、見ていられないったら」
呆れを含んだ気だるいアルトの声に反応し、拓人は咄嗟に声がきた方へ視線を向ける。
「甘酸っぱい青春ごっこも良いけどさ、チンタラしてる暇は無いのよ、私達ぃ」
社の屋根の上に、一人の女が立っている。モノクロにバラの赤が映えるドレス。
ラベンダー色に染まった髪を指にくるくる巻き付けながら、深く溜息を漏らしている。
「……な、誰だっ……!?」
常識的に考えて有り得ない場所に立っている女。
あまりの出来事に拓人は目を見張り、口を半開きにしたまま立ち尽くしてしまう。
そんな拓人の問いかけをあっさり無視して、派手な格好をした女が屋根から飛び降りた。
危ない、と叫ぼうとした拓人の心配をよそに。舞い降りる羽毛の如く石畳の上へ着地した女は、腰に片手を当てて拓人を眺める。
「……苺莉亜さん……」
突然現れた女に向かい、闇朱が緊張した面持ちで声を発した。
「えっ? ……秤音の知り合い?」
「そうよ。初めまして、麻宮拓人君。私は苺莉亜。そこに居る闇朱とは、とても深い仲なの。運命共同体と言っても過言じゃないわね」
苺莉亜は黒目がちな瞳を妖艶に細めながら、カツカツと靴音を響かせて拓人達へ近付く。
「運命共同体って……秤音、これって一体どういう事だ?」
「……苺莉亜さん、どうしてですか? ……まだ作戦の途中だったのに」
答えてくれない闇朱が漏らした言葉――『作戦の途中』
意味不明なキーワードを頭の中で反響させながら、拓人は懸命に思考を働かせる。
「だって闇朱、あっさりフラれちゃうんだもの。その時点で作戦は失敗でしょ?」
細く綺麗に整えられた眉のラインを物憂げに歪ませ、苺莉亜が闇朱に答えていく。
「でもまだ、そうと決まった訳じゃ……」
「決まってるわ。あそこからどうやって挽回する心算だったの? アレじゃあ魅了の術なんて、かけられないわよ」
『魅了の術』またしても不可解な言葉を聞き付けて、拓人が闇朱を振り返った。
「秤音……何の話をしてるんだ? 俺、全然分からないよ」
「麻宮君……えっと、これは……その」
問い詰める拓人の前で、闇朱は気まずそうに髪を弄る。
暗緑色の瞳が伏せられて、長い睫毛が瞼へ影を落とした。
「正直に話しちゃえば? もう騙す必要もなくなったんだし」
「苺莉亜さんっ!」
投げ遣りな態度で不穏な台詞を口にする苺莉亜を、鋭く闇朱が制する。
しかし一度唇から生まれてしまった言葉は、喉の奥には戻せない。
苺莉亜という女が呟いたキーワードを拓人は自分なりに解釈し、一つの結論に達した。
「……ああ、そっか。……分かった! これってドッキリなんだろ?」
拓人は導き出した答えを言い放ちながら、納得した顔で一人ウンウンと頷き始める。
その言葉を聞いた闇朱と苺莉亜の二人は、目を丸くして互いに顔を見合わせた。
「道理でさ、変だと思ったんだよ。秤音が俺に告白なんて、やっぱり不自然だもん」
詳しくは知らないが、どうやら闇朱は苺莉亜と呼ばれる女と組んで、自分を騙そうとしていたらしい。
何でそんな事をしたのか拓人には分からなかったが、当初予測していた不安はこれで的中してしまった訳だと認識する。
「しっかし秤音も結構演技派だよな~? コロっと騙されちまったよ、俺。……ハハッ」
闇朱の告白を真に受けて、何を語っていたのだろう自分は。
拓人は己を振り返り、恥ずかしいやら情けないやらで、目に涙が浮かびそうになるのを必死に堪えた。
「違うの、麻宮君! ……その、これはそういうのじゃなくて」
「いいって、秤音。別に怒ったりしてないから。……さて。めでたく引っかかった事だし、秤音も目標は達成できただろ? ……そろそろ帰るわ、俺」
「あ、ちょっと待って! 麻宮く……」
そろそろ拓人の我慢も限界だった。
鼻の奥がつーんとして、みっともなく号泣してしまう一歩手前。
しかしそれだけは……それだけは男として、なけなしのプライドが許さない。
闇朱の制止する声を振り切って、拓人が石段に向かい駆け出した瞬間。
「――帰らせないわ」
強い意志の籠った苺莉亜の声が、鋭く放たれる。
それと同時に拓人の両足は、ガクンと突然動かなくなってしまった。
まるで石になってしまったかのように。
驚きで拓人が足元を見ると、地面が青紫色に輝き出していた。
光は徐々に輪郭を浮かび上がらせて、魔法陣の如き文様を地面に出現させる。
「――なっ!? なんだ、コレッ!?」
混乱する事態に陥った拓人の目から涙が引き、代わりに驚愕の表情が顔に浮かぶ。
地面に足裏が吸い付いてしまって、その場から一歩も動けない。
「人払いの結界と共に、保険として用意してあった術が役に立ったわね」
苺莉亜はブーツの踵を甲高く鳴らしながら、捕えられた拓人の前へ悠然と歩み寄る。
「結界? 術? ――何の事だ? ……一体何の手品ですか、これっ!?」
「失礼ね、手品じゃないわ。タネも仕掛けも無い、れっきとした魔術よ」
「……魔術って……マジで、マジにっ!?」
「マジで、マジに」
慌てる拓人の顔をくすくすと楽しげに眺めつつ、苺莉亜は悪戯っぽく言葉を繰り返した。
「秤音! これって一体、どういう事なのか説明してくれ!」
「……ごめん、麻宮君。仕方が無いの……」
「仕方が無いって、何がっ!?」
「急に呼び出した挙句、こんな騙し討ちみたいな真似をして悪いと思ってる。……でもこれもみんな、麻宮君に私達の仲間になって欲しいからで……」
「……仲間? ……仲間って、一体何の仲間だよっ?」
「《夜光》――世界の闇を統べる為に存在する、私達の組織よ」
怯えた表情を浮かべる拓人へ、苺莉亜が朗々と告げていった。
「《夜光》……? 組織? ……闇を統べるって……何だよ、何の漫画の設定だよ……?」
拓人は頭の中に大量の疑問符を浮かべ、神妙な表情を浮かべる闇朱を凝視する。
「麻宮君。信じられないかもしれないけど、これから話す事は本当の事なの。麻宮君にとっても、凄く重要な話。もしかしたら、命にだって関わるかもしれない」
命に関わる話だと説明されて、拓人は更にうろたえた。
しかし、身振り手振りで直向きな態度を表す闇朱を見て、拓人は少し心を動かされる。
たった今騙されたばかりだというのに。これも演技かもしれないのに。
闇朱の必死そうな顔が、拓人には嘘だと思えなかった。
それに何より、信じられない現象が実際に我が身へ起きているではないか。
どの道、逃げ出す事が叶わない状況なのだ。
理由を説明してくれるなら教えて欲しいと、拓人は切実に思った。
「……分かった。その訳っていうのを話してくれ、秤音」
「――ありがとう! 麻宮君。……それじゃあ、まず《星魔》について話すから……」
「シーモア?」
「そう。星の魔と書いて、シーモア。悪魔とか、鬼とも呼ばれている存在の事だよ」
ゆっくりと闇朱は語り始める。
夕日の茜色を受ける入道雲が、徐々に鉛色を帯びて重く垂れ込んでいった。