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ダークシャウト  作者: 焔滴
第一章
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笑顔の刻

 恍惚で満たされた気持ちを心の中で呟いて、拓人は感動で立ち尽くす。

 じぃんと拓人が幸せな余韻に浸っていると、闇朱が待ちかねた表情で口を開いた。


「……返事、聞かせてくれる?」

「あ、あぁ……!」


 ――そうだ、返事だ。返事をせねば。

 学園中の男子が憧れる美少女からの告白だ。イエス以外の選択肢などある筈が無い。

 そんな風に思いながらも……しかし。

 胸の奥をチクリと刺激する、些細な引っかかりを拓人は感じていた。

 数拍の沈黙の後、拓人は口を開く。


「…………ごめん」

「…………ぇっ……?」


 どきどきと未だに拓人の胸は熱く高鳴り続けている。

 だがそれに反して、頭の中は酷く冷静で穏やかになっていた。

 大きな瞳を真ん丸に見開いて、闇朱はじっと拓人を見返している。


「……誰か、他に好きな人がいるの……?」

「あ、……いや、そうじゃない……」

「……私の事、タイプじゃないとか……?」

「違う! そんな事ないっ! ……寧ろ秤音は可愛くて、凄く好みのタイプ……だよ」


 闇朱からの疑問気な視線を受け止めながら、拓人は耳まで顔を赤くした。

 本人を前にして好みのタイプだと明かす羞恥心が、拓人の声を細く震わせる。


「じゃあ、どうして――」

「――ラッキー過ぎるから、……かな」


 闇朱の台詞へ被せるように、拓人はゆっくりと明瞭に言葉を紡いだ。


「秤音は綺麗で明るくて、男女を問わずに分け隔てなく接してくれて。……話も合うし、一緒に居て楽しい相手だと思う。それは本当に、心からそう思うんだ」


 頭の中で自分の気持ちを整理しながら、拓人は低く良く通る声で呟いた。


「秤音は凄く魅力的だよ。でもさ、俺達って漫画の話は良くするけど……逆を言えば、それ以外の会話ってあんまりした事ないよな?」

「そ、それは……」


 口ごもる闇朱の態度が、拓人の言葉を肯定している。


「お前は誰にでも優しくて、話題の種類も豊富で、気遣いも出来る。クラスの全員と仲良く出来るなんて、本当に凄い奴なんだって、いつも思ってた。……でも」

「…………でも?」

「……秤音は恋愛シミュレーションゲームって、した事あるか?」

「――えっ? ……ない、けど……」


 突然の問いかけに、闇朱はぽかんと小さく口を開けた。


「どんなゲームかって事は知ってる?」

「それは、何となく……。ゲームに出てくる女の子と、仲良くするんでしょ?」

「うん。あれってさ、女の子と仲良くなる為に主人公は色々頑張るんだよ。毎日の何気ない会話を積み重ねる事から始めて、好感度を上げる為に趣味を調べる」


 闇朱は円らな瞳を一生懸命に拓人へと向け、話に耳を傾けていた。


「その内一緒に勉強をしたり、一緒に昼飯を食べたりするようになってさ。少しずつ交流を深めて、お互いの事を知り合っていくんだ。……時には喧嘩をしちゃう事もある」


 拓人は冗談っぽく笑うと、そこで一度言葉を区切る。そして胸の奥から浮かび上がる気持ちをそのまま伝えようと、肺の深くまで息を吸い込み、一気に吐き出していった。


「秤音の告白を今受けたらさ、簡単過ぎる。単なる棚ボタを味わうだけだと思うんだ、俺」

「……でも、それは私が麻宮君を好きなんだから、別に気にする事なんて――」

「あ、有難う……。……でも俺は今まで、秤音に好きになって貰えるようなカッコいい事を、何一つしていない」

「えっ……?」

「部活に打ち込んでいる訳でもない。何か夢があって、その為に一生懸命頑張っている訳でもない。毎日を面白おかしく平凡に過ごしているだけで、何の努力もしていない俺がさ……ある日突然、好みの女子から告白されるなんて、都合が良過ぎるよ」

「麻宮君……」

「……それに俺は秤音の事、なんにも知らない。食べ物の好き嫌いとか、漫画以外にハマっている事とか、休みの日は何をして過ごしているんだろうとか」

「そ、それは付き合ってからでも教えられるしっ……」

「……いつも笑顔を絶やさないお前だけど、何か悩んだり困ったりしている事は無いのかな……とか、さ」

「えっ……?」


 拓人の何気ない言葉を聞いた瞬間、闇朱は胸を鋭く突かれたような表情を浮かべる。


「――知らない事だらけだ、本当に」


 拓人は自分で言いながら少し呆れて、くしゃりと茶化すような笑みを浮かべた。


「……告白してくれて、すっげぇ嬉しい。胸の奥が熱くなって、こんなに心臓がバクバクしたの、生まれて初めてだ。……俺なんかの事を想ってくれて、本当にありがとう」

「あ、……あの、麻宮君。……私……」


 闇朱は俯きながら自分の横髪へ指を沈め、きゅっと掴みながら何かを言いかける。

 しかしそれよりも一瞬早く、表情を引き締めた拓人が言葉を紡いだ。


「……だからさ。もしも秤音さえよかったら、スタートボタンから始めないか?」

「……えっ? ……スタート、ボタン?」


 意外な単語に顔を上げて、闇朱は拓人の瞳を見つめる。


「そう。物事にはさ、色々と順序ってものがあるだろう? 何も始めていないのに、ハッピーエンドの方から自分の懐へ転がりこんできたんじゃ、素直に喜べないよ。……それに」

「……それに?」

「自慢じゃないけどさ、俺も女子から告白されたのって初めてなんだ。擽ったくて、嬉しくて、妙に浮かれちまってる。……こんな浮ついた気持ちじゃ、秤音と付き合えない」

「どうして? 嬉しいなら、それで良いじゃない」


 嬉しい時に浮ついた気持ちになる事の、何処が悪いのか。

 闇朱はじっと拓人の目を覗き込む。少年の心の中までを知りたいから。


「……例えばここに居る相手が秤音じゃなくて、同じ位に可愛くて性格の良い子だったとしても……今の俺じゃきっと、『初めての告白効果』で嬉しくなっちまいそうだから」


 ちょっとだけ情けない顔をして、拓人が頬を掻く。


「タイプの子なら誰でも良いってなるのは嫌なんだ。付き合うなら、ちゃんと好きな相手が良い。この子じゃなきゃダメだ。……秤音じゃなきゃダメだっていう、思いがないとさ」


 恥ずかしそうにしながらも、拓人は一生懸命に自分の気持ちを闇朱へ告げていく。


「だからいきなり付き合うんじゃなくて……まずはそれより前の段階で、お互いにもっと仲良くなってみないかって事。……それが、スタートボタン」

「前の段階……?」

「そう。今までは休み時間にちょっと漫画談義をする位だったけど……これからは他にも色々と、積極的に交流をしていかないかって……さ」


 自分を好きになってくれた闇朱の気持ちに応えるのに、真剣度も好きという想いも全然足りてない……拓人はそう思っていた。

 だからこそ勇気を振り絞り、心臓を熱くさせながら闇朱へ提案したのだった。


「それって、例えばどんな……?」

「――そ、そうだなっ。さっきのゲーム話じゃないけど、例えばテスト前には一緒に勉強して……それから、偶には昼飯を一緒に食べる。……小さな事から、コツコツと」

「……麻宮君……」

「どう、かな?……そういうの」


 大きな身体を緊張させて、拓人はおずおず尋ねていった。

 すると闇朱が不意に、堪りかねた様子で笑い始める。

 細い肩を小刻みに揺らし、転がるような笑い声を漏らし続ける。


「――は、ははっ……! 変わってるね、麻宮君って。……く、ふふっ……」

「え? は、秤音……?」


 急に雰囲気を違えて笑い出した闇朱を、拓人はポカンとした顔で見つめる。


「だって、あはは、はッ……! 麻宮君みたいに変なヒト、初めて見たからっ……。ツ、ツボに入っちゃったみたいで……!」


 次第に大きくなる笑い声を響かせながら、闇朱は自分の腹をぎゅっと押さえた。

 そんな闇朱を見て、緊張やらトキメキやらで煩かった拓人の心臓が、これまでと違ったリズムで脈を打ち始める。ついには自分もつられて、笑い出してしまった。

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