告白の刻
登校時には足腰が悲鳴を上げる絶望坂も、帰り道は意外な好スポットに変わる。
遠く眼下に広がる街並みや、雄大に広がる湾をのんびり眺める余裕が生まれるからだ。
しかしそれは、時間に追われずマイペースでゆっくり歩いた場合の話である。
約束の時間が過ぎてしまった為、全力疾走で絶望坂を駆け下りた拓人の膝は、既に悲鳴を上げていた。
それなのに休む間もなく、今度は神社へ向かう心臓破りの階段を上がるのだ。
「はぁ、はぁ……。確かに人目を忍ぶには、最適かもしれないけど……さ」
拓人は出血した訳でもないのに、口中に広がる鉄臭い味に眉を顰めた。
「こういう時、はぁ、……何か運動系の部活に入っていたらって……思うぜっ……」
体格に恵まれているくせに、拓人は基本インドア派だ。
生まれつき同世代と比べて平均以上の体力は持っているものの、鍛えなければ宝の持ち腐れ。日頃の運動不足を悔やみながら、足を機械的に動かし続ける。
そうこうしている内に漸く最後の石段を上り終え、古めかしい神社を視界に収めた。
石畳が真っ直ぐ伸びる参道を恐る恐る進み、赤い塗装が剥げた鳥居を潜る。玉砂利が敷き詰められた境内は、周りを鎮守の森に囲まれていた。
息苦しさで爆発寸前の心臓を、不安で更にドキドキさせながら拓人は闇朱を探す。
そして改めて境内を見渡した所で、求めていた人物を拓人は見つけた。
「秤音!」
鞄を両手でスカートの前に提げ、その裏側を膝で軽くつつきながら闇朱は佇んでいた。
俯いていた暗緑色の瞳が、大きな声に反応して拓人の方を見つめる。
「――あ、麻宮君っ!」
「悪いっ、遅れて! ……はぁ、待たせちまったな」
拓人は明るく微笑む闇朱の元へ急いで走り寄り、深く頭を下げていった。
「いいよ、そんな。私の方こそ、急に呼び出したりしてゴメンね?」
「いや、秤音が謝る事は無いって。確かに最初は驚いたけど」
「だよね……。でも麻宮君なら来てくれるって、思ってた」
噛み締めるような闇朱の呟きを聞いて、拓人の胸中で心臓が跳ねる。
今日は色々と心臓が酷使される日だ。そう拓人は思った。
「あ、ああ……サンキュ。そういえば地震、大丈夫だったか?」
「……ああ、うん……凄い揺れだったね」
「秤音が神社の階段を転げ落ちたりしてないかって、心配したよ」
「あははっ……ありがとう。大丈夫だったよ、この通りね」
スカートの裾をはためかせ、闇朱がくるりと一回転する。
まだ沈み切らない夕日を受ける彼女の笑みは、悪戯っぽくて可愛らしい。
ときめきで拓人の頬は思い切り緩みそうになる。危うくキュン死する所だった。
「そ、それで……さ。話って、何……?」
心を落ち着けながら、拓人は出来るだけさり気ない仕草で闇朱に問いかける。
今日一番の……いや、人生で一番といっても過言でない激しさで心臓は速く脈を打った。
真面目な視線を闇朱へ注ぎ、彼女の口が開くのを緊張した面持ちで待ち受ける。
都合の良い期待はしない方がいいと、さっきトイレで己へ言い聞かせたばかりなのに。
「……麻宮君」
――どくん。
今まで聞いた事も無い声のトーンで、闇朱が拓人の名前を呟く。
夕焼けの茜色に染まっても紛れない、際立った赤い色が少女の白い頬に浮かんでいた。
神秘的な輝きを秘める、ダークグリーンの円らな瞳。
微かに潤んで、熱っぽく拓人を見つめている。
「私……わたし、……」
「ぅ、……ん」
内に秘めたる想いを必死で呟こうとする、可憐な乙女の姿がそこにはあった。
掠れた声で、短く相槌を打つ拓人。闇朱の一言一句聞き逃さぬようにと、耳を澄ませる。
「……麻宮君が好きです! 私と付き合って下さい!」
「――――えええぇぇっっ!?」
遠く近くに鳴り響く蝉の声が、拓人の叫びによって一斉にやんだ。
喜びとか幸せとかを通り越し、拓人の心は大きな驚きでまず満たされる。
「――っちょ、待っ……! 秤音、それ、本気で言ってるっ?」
そりゃあ告白かもしれないと、拓人も淡い期待は抱いていた。
しかし実際は違うだろうなと予想していただけに、拓人の驚きは計り知れない。
「……本気だよ。私、こんな風に男子に告白したのなんて……初めてなんだから」
闇朱は恥じらいを含んだ上目遣いで、拓人を見つめた。
――ごふぅっ!
拓人の中に有る、ときめきメーターが一気に振り切れて、口から何かが溢れそうになった。
……初めてなんだから。……なんだから。……から。
繰り返し拓人の脳内でエコー再生される闇朱の台詞。
男が女子に言われたい言葉ランキングで、堂々のベストスリーに入る。
そう日頃から豪語している拓人にとって、夢のような殺し文句が出た。
ぷしゅるるる、と頭と耳穴から湯気が出そうな位に真っ赤になる拓人。
「で、でもでもでも! 何で、そんなっ……? 俺なんかの何処が、良くて……?」
「何処がって……優しくて、明るい所とか。……その、上手く言えないよ」
「ああああ、でも、ほら、秤音ってすっごいモテるじゃん! 俺よりカッコいい奴から、今までも一杯告白されたりしてるだろ? ……それなのになんで、俺の事をっ?」
わたわた。意味も無く片手を宙で振り乱し、動揺を顕わにする拓人。
夢のような事態に直面するあまり、つい無粋な質問を重ねてしまう。
「そんなのっ……。そんな、他の男子なんて関係ないよ! ……私は麻宮君が、いいの」
――はい、俺の一生分の幸運は今使い果たされました。本当にありがとうございました