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ダークシャウト  作者: 焔滴
第四章
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遊戯

魔力の塊が手甲を成し、鋭き爪を生やす五指が伸びる。

 その禍々しい手の平を上へ向けると、バスケットボール大の黒球が生まれた。


「あれは――! グエイン卿、避けて下さい!」


 黒球に見覚えのあった義乃が、先日の融合化した法健の攻撃を思い出す。

 少女が素早くグエインへ注意を促すのと、サーグライが黒球を振り被るのは同時だった。


「喰らえぇっ!」


 サーグライの剛腕が唸りを上げて、グエインに向かい黒球を投げつける。

空気を裂く勢いで放たれた魔力の弾を前に、グエインは左手に掲げていた黄金の盾を突き出した。

 黒と黄金が接触した刹那、大地を揺さぶる程の衝撃が盾の前で弾け飛ぶ。

 サーグライの黒球は散り散りに砕け、盾の輪郭に沿って斜め後方に流される衝撃波が、木々を根元から吹き飛ばし、岩を小石の如く宙へ舞い上がらせた。


「――っく、……ふうぅぅっ!」


 グエインの傍に居た義乃が、衝撃の余波に顔を顰める。

 剣道着や髪がバタバタとはためいて、目も開けていられない。

 大量の土砂が下から上へと押し上げられて、グエイン達の周囲は数百メートルに渡って荒れ地と化していった。

法健の時とは比べ物にならない威力だ。


「……ふぅ。とんでもないですね。……自然に優しくない攻撃だ」


 ゆっくり盾を下げながら、グエインは額に薄く汗を滲ませながら軽口を叩く。

 義乃は辺りの状況に愕然となり、膝を小さく震わせてしまう。

 もしもグエインが盾で弾かず避けていたら、爆発に巻き込まれて自分達は一巻の終わりだったと悟った所為だ。


「いやいや、てめぇも人間にしては中々やるもんだぜ? 今のを防ぐとはなぁ」


 クツクツと愉快そうに呟くと、サーグライは姿勢を低くして、上体を地面と水平に近くさせるような体勢を取る。

 そして強く大地を蹴り飛ばし、猛然とグエインに向かっていった。


「させません!」


 グエインは再び金杖を構え、天使の輪を思わせる光のリングを生み出した。

 円周部から迸る火花が龍のような形に収束し、サーグライに向かって矢の如く撃ち放たれていく。


「ハハハハハハッ! そらそらそらそら!」


 猛スピードで走るサーグライは高笑いを上げ、ジグザグの軌跡を描きながら地を駆け抜けて行く。

 そのデタラメな動きに追い付けず、外れた雷は地面や岩を焦がし砕いた。

 更にサーグライは空中へ飛び上がり、航空ショーで大技を繰り出す戦闘機の如く、宙返りをしたり左右に回転したり、目まぐるしい動きを見せていった。


「くっ……ちょこまかとっ!」


 グエインは金杖を激しく振るい、倍量の雷を、倍の速度でサーグライへ撃ち放つ。

 空間を光で埋め尽くす勢いで襲い来る龍雷に、とうとうサーグライの身体はまともに貫かれた――――かに見えた。


「なにっ!?」


 攻撃を受けた黒い身体が、陽炎のように揺らいで消える。

 すると離れた場所に無傷のサーグライが現れて、グエインは驚きに目を開いた。


「そんなんじゃ蠅も落とせねえぇ! どうしたっ? そんなもんかよ、お前の力は!」

「なんの、まだまだですッ!」


 煽るサーグライに、猛るグエイン。

 両者の攻防は激しさを増していく。

 グエインは雷を放つだけではなく、リングに繋げたまま鞭のようにしならせた。

 幾筋もの雷光が輪から伸びて、グエインが腕を振るう度に意志を持った触手のようにサーグライを追いかける。

 固定化された雷に対して、サーグライはテニスボール大の黒球を周囲に数個展開させた。

 迫りくる雷光に向かって撃ち込み、爆発と共に相殺させていく。

 暗い山中に轟音と閃光が次々と生まれ、夜気を焦がし震撼させていった。


「――よぉ、来てやったぜ?」

「ぬっ――ッ!?」


 爆発に姿を紛れさせたサーグライが、一瞬の隙を突いてグエインに接近した。

 片手を上げて呑気な挨拶をすると共に、凶悪なオーラの爪でグエインに襲いかかる。

 反射的にグエインが盾で爪をガードすると、金杖の先から生まれていた光のリングが消え去った。

 グエインはそのまま杖を振り上げて、サーグライの頭部を殴打しようとするが、寸前でサッと避けられてしまう。


「おおっとぉ! そんな使い方も出来るんだなぁ? ――ほれ、ほれ!」


 まるで遊びを楽しんでいるみたいに、サーグライが両手で鋭い突きをグエインに放ち続ける。

 小さく速く、小刻みに。

 時に大振り、大胆に攻める。

 グエインは盾と杖を巧みに操り、連続攻撃を防ぎ続けた。

 甲高い音と火花が散っていく。

 しかし防戦一方のグエインは徐々に押されてしまい、反撃する暇を奪われていく。


「ハハッ、接近戦は苦手みたいだな? 遠くから撃ってくるだけの臆病者め!」


 巨大な爪を獣のように使いこなし、サーグライは得意気に攻撃を続けた。

 鋭く重い一撃一撃が、薄闇の中で紫光の線となって煌めいていく。

 圧倒的優位に立っていたサーグライ。

 しかしその背後から、不意に白い影が襲いかかる。


「調子に乗るな! 《星魔》風情めっ!」


 清廉な戦装束を身に纏った義乃が、手にした得物でサーグライに斬りかかった。

 その手に握っていたのは竹刀ではなく、冷たい金属の艶を帯びた本物の日本刀だった。


「――ああンっ!? 邪魔するな雌餓鬼ィ!」


 急ぎ背後を振り返り、片手のオーラで義乃の剣を弾くサーグライ。

 鋼の真剣程度で傷付けられる身体ではないが、気分の良い所を邪魔されて不機嫌そうに舌打ちをする。


「隙ありですよ、サーグライ」

「ナニ――ッ、ごぁっ!?」


 義乃に気を取られた一瞬の隙を狙って、グエインが金杖の先端でサーグライの側頭部を思い切り殴りつけた。

 サーグライは勢い良く吹っ飛び、斜面を転がり岩へ激突して止まる。


「……一対一とは言いませんでしたよ? 油断大敵ですね。……それに私は別に、接近戦が苦手と言う訳ではありません」


 義乃と共にサーグライへ近付いてゆくグエインが、杖を地面へ突き刺して白いローブとマントを脱ぎ捨てる。

 すると衣服の下から現れたのは、はち切れんばかりに鍛え抜かれた厚い肉体だった。

 無数の傷跡が歴戦の証として刻まれており、タンクトップ状の上質な短衣を筋肉が押し上げている。


「……ってて……。道理で神官っぽい格好してるクセに、馬鹿力な訳だ……」


 軽く頭を摩りつつ、サーグライはゆっくりと立ち上がった。

 グエインの力を認めているような事を言っているが、身体に付着した土埃をパンパンと払う仕草が「効いていないぞ」という余裕のアピールのようでもある。


「休む暇など与えない! 嘴口突火!」

「おおっとぉっ!」


 真剣に黄金の光を纏わせて、義乃はサーグライの肩口を狙って技を放つ。竹刀の時よりも更に鋭く威力を増した突きが、炎を纏って肩当ての一部を弾き飛ばした。

 外甲が空中で黒い霧となって散る様子を見送り、サーグライが愉快極まりないとテンションを上げる。


「なるほど、お前も本気で()りに来たって訳か。イイぜ! 二人纏めてかかって来いよ!」

「――二人じゃないわ。四人よ」

「――何ィッ?」


義乃と対峙するサーグライの背中へ、落ち着いたアルトの声が投げかけられた。

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