遊戯
魔力の塊が手甲を成し、鋭き爪を生やす五指が伸びる。
その禍々しい手の平を上へ向けると、バスケットボール大の黒球が生まれた。
「あれは――! グエイン卿、避けて下さい!」
黒球に見覚えのあった義乃が、先日の融合化した法健の攻撃を思い出す。
少女が素早くグエインへ注意を促すのと、サーグライが黒球を振り被るのは同時だった。
「喰らえぇっ!」
サーグライの剛腕が唸りを上げて、グエインに向かい黒球を投げつける。
空気を裂く勢いで放たれた魔力の弾を前に、グエインは左手に掲げていた黄金の盾を突き出した。
黒と黄金が接触した刹那、大地を揺さぶる程の衝撃が盾の前で弾け飛ぶ。
サーグライの黒球は散り散りに砕け、盾の輪郭に沿って斜め後方に流される衝撃波が、木々を根元から吹き飛ばし、岩を小石の如く宙へ舞い上がらせた。
「――っく、……ふうぅぅっ!」
グエインの傍に居た義乃が、衝撃の余波に顔を顰める。
剣道着や髪がバタバタとはためいて、目も開けていられない。
大量の土砂が下から上へと押し上げられて、グエイン達の周囲は数百メートルに渡って荒れ地と化していった。
法健の時とは比べ物にならない威力だ。
「……ふぅ。とんでもないですね。……自然に優しくない攻撃だ」
ゆっくり盾を下げながら、グエインは額に薄く汗を滲ませながら軽口を叩く。
義乃は辺りの状況に愕然となり、膝を小さく震わせてしまう。
もしもグエインが盾で弾かず避けていたら、爆発に巻き込まれて自分達は一巻の終わりだったと悟った所為だ。
「いやいや、てめぇも人間にしては中々やるもんだぜ? 今のを防ぐとはなぁ」
クツクツと愉快そうに呟くと、サーグライは姿勢を低くして、上体を地面と水平に近くさせるような体勢を取る。
そして強く大地を蹴り飛ばし、猛然とグエインに向かっていった。
「させません!」
グエインは再び金杖を構え、天使の輪を思わせる光のリングを生み出した。
円周部から迸る火花が龍のような形に収束し、サーグライに向かって矢の如く撃ち放たれていく。
「ハハハハハハッ! そらそらそらそら!」
猛スピードで走るサーグライは高笑いを上げ、ジグザグの軌跡を描きながら地を駆け抜けて行く。
そのデタラメな動きに追い付けず、外れた雷は地面や岩を焦がし砕いた。
更にサーグライは空中へ飛び上がり、航空ショーで大技を繰り出す戦闘機の如く、宙返りをしたり左右に回転したり、目まぐるしい動きを見せていった。
「くっ……ちょこまかとっ!」
グエインは金杖を激しく振るい、倍量の雷を、倍の速度でサーグライへ撃ち放つ。
空間を光で埋め尽くす勢いで襲い来る龍雷に、とうとうサーグライの身体はまともに貫かれた――――かに見えた。
「なにっ!?」
攻撃を受けた黒い身体が、陽炎のように揺らいで消える。
すると離れた場所に無傷のサーグライが現れて、グエインは驚きに目を開いた。
「そんなんじゃ蠅も落とせねえぇ! どうしたっ? そんなもんかよ、お前の力は!」
「なんの、まだまだですッ!」
煽るサーグライに、猛るグエイン。
両者の攻防は激しさを増していく。
グエインは雷を放つだけではなく、リングに繋げたまま鞭のようにしならせた。
幾筋もの雷光が輪から伸びて、グエインが腕を振るう度に意志を持った触手のようにサーグライを追いかける。
固定化された雷に対して、サーグライはテニスボール大の黒球を周囲に数個展開させた。
迫りくる雷光に向かって撃ち込み、爆発と共に相殺させていく。
暗い山中に轟音と閃光が次々と生まれ、夜気を焦がし震撼させていった。
「――よぉ、来てやったぜ?」
「ぬっ――ッ!?」
爆発に姿を紛れさせたサーグライが、一瞬の隙を突いてグエインに接近した。
片手を上げて呑気な挨拶をすると共に、凶悪なオーラの爪でグエインに襲いかかる。
反射的にグエインが盾で爪をガードすると、金杖の先から生まれていた光のリングが消え去った。
グエインはそのまま杖を振り上げて、サーグライの頭部を殴打しようとするが、寸前でサッと避けられてしまう。
「おおっとぉ! そんな使い方も出来るんだなぁ? ――ほれ、ほれ!」
まるで遊びを楽しんでいるみたいに、サーグライが両手で鋭い突きをグエインに放ち続ける。
小さく速く、小刻みに。
時に大振り、大胆に攻める。
グエインは盾と杖を巧みに操り、連続攻撃を防ぎ続けた。
甲高い音と火花が散っていく。
しかし防戦一方のグエインは徐々に押されてしまい、反撃する暇を奪われていく。
「ハハッ、接近戦は苦手みたいだな? 遠くから撃ってくるだけの臆病者め!」
巨大な爪を獣のように使いこなし、サーグライは得意気に攻撃を続けた。
鋭く重い一撃一撃が、薄闇の中で紫光の線となって煌めいていく。
圧倒的優位に立っていたサーグライ。
しかしその背後から、不意に白い影が襲いかかる。
「調子に乗るな! 《星魔》風情めっ!」
清廉な戦装束を身に纏った義乃が、手にした得物でサーグライに斬りかかった。
その手に握っていたのは竹刀ではなく、冷たい金属の艶を帯びた本物の日本刀だった。
「――ああンっ!? 邪魔するな雌餓鬼ィ!」
急ぎ背後を振り返り、片手のオーラで義乃の剣を弾くサーグライ。
鋼の真剣程度で傷付けられる身体ではないが、気分の良い所を邪魔されて不機嫌そうに舌打ちをする。
「隙ありですよ、サーグライ」
「ナニ――ッ、ごぁっ!?」
義乃に気を取られた一瞬の隙を狙って、グエインが金杖の先端でサーグライの側頭部を思い切り殴りつけた。
サーグライは勢い良く吹っ飛び、斜面を転がり岩へ激突して止まる。
「……一対一とは言いませんでしたよ? 油断大敵ですね。……それに私は別に、接近戦が苦手と言う訳ではありません」
義乃と共にサーグライへ近付いてゆくグエインが、杖を地面へ突き刺して白いローブとマントを脱ぎ捨てる。
すると衣服の下から現れたのは、はち切れんばかりに鍛え抜かれた厚い肉体だった。
無数の傷跡が歴戦の証として刻まれており、タンクトップ状の上質な短衣を筋肉が押し上げている。
「……ってて……。道理で神官っぽい格好してるクセに、馬鹿力な訳だ……」
軽く頭を摩りつつ、サーグライはゆっくりと立ち上がった。
グエインの力を認めているような事を言っているが、身体に付着した土埃をパンパンと払う仕草が「効いていないぞ」という余裕のアピールのようでもある。
「休む暇など与えない! 嘴口突火!」
「おおっとぉっ!」
真剣に黄金の光を纏わせて、義乃はサーグライの肩口を狙って技を放つ。竹刀の時よりも更に鋭く威力を増した突きが、炎を纏って肩当ての一部を弾き飛ばした。
外甲が空中で黒い霧となって散る様子を見送り、サーグライが愉快極まりないとテンションを上げる。
「なるほど、お前も本気で殺りに来たって訳か。イイぜ! 二人纏めてかかって来いよ!」
「――二人じゃないわ。四人よ」
「――何ィッ?」
義乃と対峙するサーグライの背中へ、落ち着いたアルトの声が投げかけられた。




