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ダークシャウト  作者: 焔滴
第一章
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接触の刻

 (突然こんな手紙を送ってごめんなさい。

 どうしても二人きりで、麻宮君に話したい事があります。

 今日の夕方六時に、絶望坂の途中にある神社に来て欲しいです。

 いつまでも待ってます。 秤音)


 時は放課後の校舎内。場所は男子トイレの個室。洋式便座に腰かけている拓人。

 少年は綺麗な折り目が付いた手紙に目を通して、何度も何度も一字一句を堪能する。

 やや丸みを帯びた字体を眺めるだけで、拓人の口元が自然とニヤけてしまう。

 男子生徒の間でも、彼女にしたい女子ランキングで必ず上位に食い込む闇朱からの手紙。

 健全な男子高校生である拓人が、胸をときめかせない筈がなかった。


「いつまでも待ってます……って、かなり熱烈じゃないか? ……すげぇ。すげぇよ、俺」


 拓人は興奮と感動を孕んだ溜息を吐きながら、頬を紅潮させていく。

 文面にある絶望坂とは、花菱学園へ至る途中に存在する坂だ。

 本当は別の正しい名前があるのだが、その傾斜の厳しさから生徒間では主に絶望坂と呼ばれていた。

 坂の途中には神社へ向かう横道があって、長い石段を上った先に古びた社が佇んでいる。

 特に有名でもなければ、霊験あらたかでもない神社だ。

 好き好んで石段を上ろうとする者も無く、普段はほとんど人気も無い場所だった。


「あそこなら滅多に人も来ないし、二人きりで話すには好都合か。……でも、何で急に」


 幸福でバラ色に染まっていた思考を少し落ち着かせ、拓人はふと考え込む。

 秤音闇朱とはクラスメイトで、話題も合う事から結構仲が良い。

 しかしそれは自分に限った事ではなく、クラスの全員に対して言える事だ。

 闇朱は男女の区別なく、多くの生徒達と友好的な関係を築いている。

 しかし逆に、特別親密な関係を持った人間が居るという話も聞いた事は無い。

 当然彼氏は居るものと思うのだが、そんなの居ないよ、と彼女は公言していた。

 だから闇朱に告白する男子は後を絶たないのだが、未だに成功者は居ない。

 男には興味が無くて、実は百合なのではないかという噂まで流れる位だった。

 そんな彼女が何故、自分に対してこのような手紙を送ったのか。

 冷静に考えてみれば、何だかおかしい事ではないか。


「告白されるかもなんて、下手に甘い妄想をするのは止めておこう」


 違った時の精神的ダメージが大きすぎる。

 もしかしたら進路の事とか、家庭の問題とかで相談があるのかもしれない。

 ――いや、それにしたって何で自分なのか。

 担任の教師とか、もっと頼りになる相談相手は居そうなものだが。

 では、話の内容とは一体何なのか?

 先程までの浮かれた気分と反対に、不安がじんわりと拓人の胸中で渦を巻き始める。


「落ち着け、拓人。……そうだ拓人、落ち着くんだ」


 取り敢えず負の感情を払うべく、念仏を唱えるように自分自身へ呟いていく。

 すぅはぁと深呼吸も加えて。


「うっ……!」


 ここがトイレである事を忘れていた。

 手紙を仕舞い、大急ぎで個室のドアを開け放つ。

 トイレ内は清潔なのだが、それでも多少の異臭は存在する。

 鼻に流れ込んでくる匂いから逃れるように、拓人は急いで廊下へ飛び出していった。


「――きゃぁっ!?」

「うぉっ!?」


 どん、と何かにぶつかる衝撃が拓人の胸板へ走り、何かが撒き散らされる音が響いた。

 西日の差し込む廊下に一人、女子生徒が尻餅を突いていた。


「ああ! ごめんっ! 大丈夫か?」


 いきなりトイレから出た所為で、ぶつかってしまったらしい。

 拓人の顔がひやりと青褪める。慌てて転んでいる女子の無事を尋ねた。


「あ……うん、平気……」


 答える少女の静かな声が、拓人の鼓膜へ穏やかに染み込んでいく。

 相手の姿が改めて目に入ると、拓人は思わず目を開いて凝視してしまった。

 少女が身に纏っているのは、制服ではなくて純白の剣道着と袴だった。

 着物の端には暗めの赤い刺繍で『平井』と刻まれている。彼女の苗字だろう。

 目の前でゆっくりと立ち上がる相手は、闇朱とはまた違うタイプの美少女だった。

 セミロングの黒髪は気持ち良いほど真っ直ぐで、さらさらと音がしそうな位に滑らかだ。

 アーモンド型をした切れ長の瞳は、涼しげな雰囲気を醸し出している。

 佇む姿は凛としていて、咲き誇る一輪の花のようだと拓人は思った。


「良かった……。ごめんな、本当に。いきなり飛び出したりして」

「気にしないで。私も荷物を運ぶ途中で、不注意だったし」


 何事も無かったかのような、平然とした声で呟く彼女。廊下には転がった段ボール箱と、大量のプリント類。

 ……更に何故か、鉄アレイが数個転がっていた。


「こ、これを運んでたのか? 一人で?」

「そうだけど、何か?」

「……重いだろ?」

「それなりに」


 まるで他人事のように呟く少女の言葉を聞いて、拓人は開いた口が塞がらない。

 剣道部に所属しているっぽいが、女の子が一人でこれを運ぶのは相当キツイだろう。


「おれ、手伝うよ」

「――え?」


 表情の変化に乏しい彼女が、初めて意外そうな顔で小さく驚きを表した。

 拓人は屈み込んで、大量のプリントや鉄アレイ拾い、段ボール箱へ詰め込んでいく。


「女子にはムリあるだろ。これ持ちながらじゃ、意識も力も全部荷物に取られて危ないし」

「……平気。私がやるべき仕事だし」

「俺がそうしたいんだ。ぶつかったお詫びだと思ってさ、手伝わせてくれよ」


 少女は小さな手をきゅっと胸元で握り締め、もう片方の手を拓人に向けて中途半端に揺らめかせた。やめさせようかお願いしようか迷っている、そんな気持ちが見え隠れする。

 そうこうしている内に拓人は荷物を仕舞い終え、満杯になった段ボール箱を底が抜けないようにしっかりと抱え込み……グン、と伸び上がるように立ち上がった。


「よっ……と」

「あっ……」

「ええと、それで? 何処へ運べばいいんだ? これ」

「……部活棟の第二倉庫。剣道部用の備品置き場があるから、そこに」

「りょーかい。じゃあ、行こうぜ」


 相当な重さがある箱を、一欠けらも苦しむ様子無く腕に抱えて歩き出す拓人。

 少女はその姿に目を見はり、慌てて拓人を追いかける。

 夕暮れ時の校舎内を進み、二人は階段を下りて玄関から外へ出た。

 少女が運んでいた時と違い、拓人の広い胸板に納まる荷物は抜群の安定感を誇っている。

 それを少女は感じ取り、小さく感嘆の溜息を漏らす。

 トラックを駆ける陸上部の生徒達を横目に、二人は目的地を目指して校庭を歩いていく。


「……あれ? アレって平井さんだよね?」

「えー? 平井ってどの?」

「ヨシノの方」

「あー、確かに平井さんだわ」


 拓人達の耳に届かない離れた場所で、ユニフォームを着た女生徒二人が言葉を交わす。


「珍しいねー、平井さんが男子と一緒に歩いてるなんて」

「ホント、めずらっしー。いつも大体一人なのにね。……隣に居る人、誰だろ?」

「うーん、知らないなぁ。別のクラスのヤツじゃない?」


 そんな他愛ない会話を交わした後で、二人の女子は部活動に戻っていった。

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