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ダークシャウト  作者: 焔滴
第四章
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闇夢

 陽が燦々と降り注ぐ昼の日差しも弱まり、徐々に世界が夜に向かって傾き始める時間帯。

 《聖血教会》が管理する屋敷の一室で、布団を敷き、眠りについている義乃が居た。

 先日拓人と過ごしたばかりのここへ、またすぐ来る事になるとは義乃も想像しなかったろう。

 グエイン卿によるサーグライ殲滅作戦の決行時刻までの間、義乃は英気を養う為に仮眠を取っていた。

 ――夢を見ている時、人は自分でその事を自覚できる場合と、自覚できない場合がある。

 平井義乃が今見ている夢は、後者だった。


 白い靄のかかる不思議な世界が、子供姿となった義乃の眼前に広がっている。

 義乃が六歳になった誕生日の出来事だ。

 義乃は叔父からウサギのぬいぐるみを贈られた事がある。

 当時小さな女の子の間で流行っていたキャラクターで、『ロップ君』という名前の垂れ耳ウサギだ。

 テレビのCM等で見知っていた義乃は大いに喜び、大切に部屋に飾っておいた。

 友達のように話しかけたり、夜は抱き締めて眠ったりした。

 しかしある日、義乃が学校から帰って来ると机の上からロップ君の姿が消えていた。

 その代わりに白くてふわふわとした毛並みの、上品なウサギのぬいぐるみが新しく机には置かれていた。

 凝った作りの洋服が着せられていて、ピンと立った長い耳の内側は桃色をしている。義乃は慌てて、台所に居る母にロップ君の事を尋ねた。


「ああいう安物は貴女に相応しくないわ。平井家の娘として、例え玩具でも上質な物に触れていないとね」


 平然と当たり前の事のように呟く母の様子から、義乃は全てを理解する。

 自分の大切な友達は、母によって処分されたのだと。

 その夜はショックで食事もろくに喉を通らなかった。

 ロップ君の代わりに寝床で新しいぬいぐるみを抱いてみたが、全く異なる感触に結局は手放してしまった。


 白い靄が視界を埋め尽くし、晴れた時に義乃は八歳になっていた。

 母の実家へ訪れた時の思い出だ。平井家は武芸において優れた人材を輩出する血筋として有名で、古より続いてきた名家である。

 時の権力者に認められ、貴族の仲間入りを果たした事もあった。

 しかし現代日本においてはそんな過去の威光も潰えてしまい、強大な権力も溢れる富も全て失ってしまっている。

 平井家に生まれた義乃の母は、そんな事実にも拘わらず……いや、だからこそ、家柄や血筋というものに固執するタイプの女であった。

 それ故に義乃も、幼き頃から厳しい躾の中で育つ事となる。

 古めかしい日本家屋は歴史の重みを感じさせるというよりも、義乃にとってはカビ臭い田舎屋敷にしか見えなかった。

 常に武人であれと己を律している義乃の祖父は、五十代後半でありながら衰えを感じさせぬ大柄な体格と厳つい顔つきをしていた。

 獣の如き気配を漂わせる祖父と対面した瞬間、義乃はその重圧に思わず逃げ出したくなってしまう。


「……つまらん」

「えっ……?」


 母の隣で縮こまるように正座していた義乃を一瞥し、祖父は苦々しく言葉を吐き捨てた。

 一体何が「つまらない」のか、義乃は到底理解出来ずに面食らう。


「女は駄目だな、(すばる)。……早く良い男を産め」

「……はい。申し訳ありません」


 深々と頭を下げる義乃の母――昴は垂れた黒髪の影で、きゅうっと唇を噛み締めていた。

 その憎々しげに歪んだ表情を横から見てしまい、義乃は恐怖で心を震わせる。


「それになんだ、そのいかがわしい髪の色は! そんな目障りなものを、私の前に晒すんじゃない!」


 赤茶色の髪を厳しく指摘され、義乃はびくんっ、と全身を戦慄かせる。

 小さな心臓は緊張でばくばくと早鐘を打ち、今にも弾けてしまいそうだった。

 祖父はいきなり立ち上がり、鬼の形相で義乃の方へ歩み寄る。

 そして怯えて固まってしまった義乃の細い腕を掴んで、無理やり立ち上がらせた。


「い、痛いっ……! いや、助けて、お母様っ……!」

「来い、義乃! そんな頭で平井家の敷居を跨ぐ事は許さん!」


 ぎゅううっと強い力で握られた義乃の腕へ、指痕が赤く刻み込まれる。

 怖さと痛みで瞳に涙を浮かべ、座する母を振り返る義乃が助けを求めた。

 しかし昴は黙ったままで、まるで何も見えず聞こえずといった風に動かない。


「いや、いやぁー! 助けて、助けてお母様! おじい様、やめてくださいっ!」

「煩い! 喚くな! さっさと歩け! こっちへ来い!」


 義乃は必死に泣き叫んで抵抗するも、大人の力に敵う筈もなく強引に洗面所へ連れて行かれる。

 そこで義乃は暴れられぬようにと、手ぬぐいで手足をきつく縛られ、床に転がされた。

 その後、祖父は何処からか大量の墨汁を持ち出してきて、身動きできない義乃の頭を洗面台へ抑え付ける。


「いやあぁ! やめて、やめてください! おじいさまあぁぁっ!」


 義乃が涙と鼻水で顔中をぐしゃぐしゃにしても、祖父は孫に対して容赦しない。

 義乃の髪へ用意した墨汁をぶっかけて、わしわしと骨張った指で赤茶色の髪へ擦り込んでいった。

 少女の悲痛な叫び声が屋敷中に大きく響き渡っても、義乃を助けてくれる者は誰もいなかった。

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