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ダークシャウト  作者: 焔滴
第四章
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不穏

 真黒川の祭から一夜が明けて、清玄市内は騒然となっていた。

 多数の車が毎日利用する高架道路が、まるでジェットコースターのレールみたいな形で歪みまくっていたからだ。

 物理法則を無視した建造物を前に、市内の交通網や人々の生活は混乱を極めていた。


「ご覧下さい、この不思議な現状を。これはCGではありません。私達の目の前で、現実に起こっている出来事なのです」


 緊張した面持ちの若い女性リポーターの報告が、八十型の液晶テレビから流れてくる。

 ここは市内のとあるビルの中にある、広々とした会議室。

 中央に寄せ集められた白い長机を囲むように着席し、テレビの映像を真剣な面持ちで見つめている者達が居た。

 部屋の入口から最も遠い場所に座しているのは、白銀色のローブを纏いし白人の男。

 『聖血教会』欧州本部より日本に派遣された、《騎士》の称号を持つ者グエインだ。

 彼の隣には黒いスーツ姿の斉藤が控えていて、額を流れる汗をハンカチで拭いつつ、冷房をもっと効かせろと下座にいる部下へ命令していた。


「さて、少し困った事になりましたね。まさか《大星魔》が覚醒してしまうとは……」


 言葉の割には落ち着いた声のトーンでグエインが呟く。

 室内に集まっているのはスーツ姿の中年男性のグループ。

 そしてグエインと似た白いローブを纏った者達の集団だ。

 彼らはそれぞれ、日本において《星魔》関連の事件を秘密裏に担当する役員達と、グエインと同じく《聖血教会》に属する《舞い手》達だった。


「奴は自らを『サーグライ』と名乗り、清玄市内で派手に暴れ回っているようです。黒い鎧を纏った化け物が道路を捻じ曲げたと、市民から警察へ多数の目撃情報が届いています」


 黒いスーツに銀縁眼鏡をかけた役員の一人が、報告書を片手に一同へ告げる。

 ほとんどの者は苦渋に満ちた表情を浮かべていて、中には頭を抱え出す者も居た。


「大変な事態だ! 各省へ通達して、一刻も早く事態を収束へ向かわせないと!」

「情報の規制はどうなっている!? ネット上ではあらぬ流言飛語が飛び交っていて、全国的に不安が蔓延まんえんしているんだぞ!」


「マスコミへの対応が第一だ! 《星魔》の存在が公に知れれば、我が国は大混乱に陥るぞ。他国に対しても示しがつかん!」

「それよりも人命の安全確保が最優先でしょう! 場合によっては軍と警察の特殊部隊にも出動して貰わなければなりませんっ」


 大勢の人間がやかましく騒ぎ立て、次第に議論とも呼べぬ文句の言い合いに発展した。

 役員同士で互いの責任をなすりつけ合い、怒りでテーブルを叩く音が室内に響く。


「――少し黙りましょうか、皆さん」


 不意に良く通る低い声が、騒然としていた役員達の鼓膜を強く揺さぶる。

 穏やかであるが、有無を言わせぬ迫力を秘めたグエインの一言に、皆が緊張した面持ちで黙り込んだ。


「仲間同士でいがみ合っていても仕方がないでしょう。起きてしまった事は仕方がありません。今は一刻も早くサーグライという《大星魔》を滅する事が肝要です」

「……しかしグエイン卿。滅すると言いましても一体どうやって? 夜が明けてから、奴の動向は一切掴めていないのですよ?」


 弛んだ頬の皺を顎まで伸ばした中老の役員が、恐る恐る挙手をしながら疑問を口にする。


「奴は覚醒したての上に、他の《星魔》と戦った事で消耗している筈です。日中は光を嫌い、何処かに潜んでいるのでしょう。しかし夜になれば、また動き出すに違いありません」

「……と言う事は、それまでに何とか策を講じなければなりませんな。そもそも奴には《聖血教会》が封印を施しておいた筈でしょう? 今回の件、そちらに落ち度があるのではないですかな? グエイン卿」


 でっぷりと腹周りが太い別の役員が、不満げな態度でグエインに告げる。

 その言葉に触発されて、他の役員達も次々と《聖血教会》に対する文句を口にしていった。

 その様子を見ていた一人の白人青年が、眉を吊り上げて怒鳴り声を上げる。


「失敬な! 自分達の無能ぶりを棚に上げて、我々を侮辱するか! 誰のお陰でこの国が、今まで《星魔》の脅威から救われてきたと思っているのだ!?」

「よしなさい、シモン。怒りは澄んだ瞳を曇らせます。心を穏やかに……慈愛の心こそ、我らが尊ぶべきものですよ」

「はっ……申し訳ありません、グエイン卿。この者達が余りに不遜なものでしたので……」


 シモンと呼ばれる若い《舞い手》を、やんわりたしなめながらグエインは微笑みを浮かべる。

 するとシモンは素直に言う事を聞き、姿勢を正していった。


「気にする事はありません。血気に逸るのは若さの証です。その若さを世界の為に役立てて下さい、シモン。……若いと言えば、貴女もそうでしたね? 『小夜啼鳥』」


 グエインがゆっくりと視線を移す先に、制服姿に身を包んだ義乃が黙って座り込んでいた。

 話を振られ、ぴくりと肩を震わせた義乃が真面目な顔つきでグエインの瞳を見返す。


「はっ……今回の件につきましては、このような結果になってしまった事を深くお詫び申し上げます。全ては私の力不足……未熟さが招いた結果です」


 深々と頭を下げる義乃へ向けて、役員達が向ける視線は厳しいものだ。

 直接口で非難する者は居ないが、一様に冷たい視線を少女へ注いでいた。


「なに、不測の事態と言うものは起こりえるものです。《大星魔》に関しては情報も少なかった。その中で貴女は最善を尽くしたと、私は理解していますよ義乃」

「勿体ないお言葉です、グエイン卿。……かくなる上は私の全身全霊をもって、必ずサーグライを滅してみせます」


 にこやかなグエインの微笑を受けながら、表情を一層引き締めて義乃が決意を表した。


「期待しています、義乃。……さて、どうやら日本政府から大分煙たがられているようですね、我々は?」


 細めた青い瞳で役員達を一瞥した後、グエインが隣へ視線を注ぐ。

 青い目に見つめられた斉藤はびくっと肩を跳ねさせて、必死に作り笑いを浮かべた。


「いえ、決してそんな事は……。ただ事態が予想以上に緊迫している為、我々も解決方法を模索しようと必死なのですよ」

「それなら心配はありません。奴の事は我々《聖血教会》に一任して頂きましょう」

「はっ……何か作戦がおありで?」

「ええ。本部から召集した優秀な部下達も居る事ですし、今回は私自ら陣頭に立ちます」


 自信に満ち溢れたグエインの言葉に、会場はざわめいた。

 『聖血教会』の中でも高い地位にありながら、《舞い手》としても一流の実力を持つと言われるグエイン。

 彼自身の参戦表明に、義乃も顔をハッとさせていた。


「義乃。サーグライと宿主に関しては、貴女がこの中で最も理解している人間でしょう。そこで私の補佐役として貴女を任命したいのですが、構いませんか?」

「わ、私が……ですか?」


 義乃は上座に座るグエインを筆頭に、居並ぶ《舞い手》達の顔を見る。

 全員が欧州本部より派遣されてきた、腕利きの実力者達だ。

 彼らを差し置いて自分が直接グエインの補佐役として任命される事に、義乃は少し複雑な顔をした。


「ふふ、何も気にする必要はありません。彼らには彼らで、特別重要な任務を与える事にしています。……適材適所と言うやつですよ。だから貴女は、私をサポートする事だけを考えてくれれば良いのです」


 義乃の表情から全てを察したグエインが、部下達を眺め柔らかな口調で呟いた。


「はいっ! 平井義乃、『小夜啼鳥』の名に掛けて――その任務、拝命致しました」

「うん、良い返事です。……宜しく頼みますよ、義乃」


 義乃の凛とした声の響きに、グエインは満足そうに頷いた。


「さて皆さん。貴方達にも当然働いて貰いますよ? 忙しくなるでしょうが、力を尽くしてくれますね?」

「は、――ハッ! 無論我が日本政府と致しましても、最大限の協力をさせて頂きます!」


 渋面じゅうめん気味な役員達を代表して、咄嗟に斉藤がぺこぺことグエインへ頭を下げた。


「宜しい。……それではこれより作戦の説明をします」


 グエインはテーブルの上に肘を突いて、両手を組みながら口端を持ち上げる。

 手の影に隠れた彼の笑みは、まるで猛獣の如き獰猛な雰囲気を醸し出していた。

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