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ダークシャウト  作者: 焔滴
第三章
34/48

友達-2

「……ダメだ。行かさないぜ……ヨッシー」


 力尽きたかに見えた拓人が、全身に紫色のオーラを纏わせる。

 そして万力で締め付けるように、両腕に力を込めて法健を抑え込んでいった。


「グッ……ぁっ? ……あさみー、いい加減、しつこいっ……。――どうして分かってくれないんだよっ!? 僕を苛め続けた報いを、奴に受けさせるんだっ!」

「絶対にダメだっ! お前に狩谷を殺させたりしないっ! 何が何でもな!」


「酷いよあさみー! 僕の事より、あんな最低な奴の事の方が大事なのっ? 頼むっ、頼むよぉ! あいつを殺した後なら、僕を殺しても良いから! ……だから離せ! はなせよぉ、あさみーッ! ――殺すんだ、殺すんだ! ……あいつは僕が殺すんだーッッ!」


 駄々をこねる子供のように声を上げて、身体中の目玉から血の涙を流し、法健は拓人を殴りまくった。

 黒鎧の硬さで黄土色の外皮が剥がれても、一向に止めない。

 本懐を遂げさせてくれと、暴力と言う名の懇願で拓人を攻め続けていき――そして。


「――――ふっざけんじゃねええぇぇッッ!」


 攻撃を受けるだけだった拓人が、突然法健の涙声を引き千切る程の大声で怒鳴り付ける。

 そして渾身の力で拳を強く握り固め、法健の顔面へ思い切りぶち込んでいった。


「――ぐぶっっ!? ……ぶっ、ご、あぁァッ……!!」


 木の肌に後頭部を減り込ませた法健が、全身を痙攣させる。

 同時に拘束が緩み、拓人は前のめりに倒れ込む法健の腹を狙い、今度は力任せのアッパーを放っていった。


「――ガアアァァッ!?」

「俺がいつ、狩谷の味方なんかしたあぁぁぁっ!! 俺はなぁ、あんな奴がどうなったって、全然構わないんだよおぉぉっ!!」


 パンチの威力で空中に浮き上がった法健を追って、激情に身を任せる拓人が跳躍する。


「ヨッシーを苛めて、苦しませて、こんなにも思い詰めさせるアイツ等の事なんか、俺は心底っ! どうでもいいんだー!!」


 天に轟く花火の炸裂音を吹き飛ばす勢いで、拓人は腹の底から叫び声を上げる。

 柳のようにパラパラと舞い落ちる火花。その照り返しを受けた黒い外甲が艶めいた。


「あんな奴ら、俺だって思い切りブチのめしたいさ! 目ん玉抉って、鼻骨をぐしゃぐしゃに潰して、アバラを砕いて、牛乳を拭いた臭っせぇ雑巾を口ン中に突っ込んでやりてぇ!」


 バイザーの下で激しい怒りに目を光らせる拓人が、両手を広げる。

 すると手の平から暗い紫色のプラズマが発生し、球体となって自分と法健を包み込んでいった。


「あ、ア……あさみー、……じゃあ、なんで。……どうして、僕の邪魔をするぅっ!?」

「――ったりめーだろぉっ!! お前に、……お前に人殺しなんかさせたくねーからに、決まってんだろぉがあぁぁっっ!!」


 魂の雄叫びとも言える真っ直ぐな、真っ赤に燃える剥き出しの感情を拓人が叫ぶ。

 球体フィールドに捕縛された法健は、その声に全身をびりびりと痺れさせていった。


「人を殺すってのは、誰かの命を奪うって事は、きっと簡単じゃねーんだ! だからお前だって、何度も何度も躊躇したんだろうっ!? ……だってよぉ、人を殴ろう、傷つけようって思うだけで……メチャクチャ心が、痛くなるんだぜっ!?」


 その言葉通り、法健を殴った拓人の拳と胸の奥に、悲しく切ない痛みが刻まれる。

 拓人は両手を法健の双肩に置いて、ぐっと力の限りに指を食い込ませていった。


「復讐の為に殺したって、絶対ヨッシーは後悔する! お前は俺を優しいって言ってくれるけど、お前だって凄く優しいじゃんかよっ! だから狩谷を殺したって、何にもならねぇって! お前が受けてきた苦しみが例え晴れても、その後にまた苦しむだけだって!」

「……うるさい、うるさいっ! それでも僕は、あいつ等に復讐するって決めたんだっ!」


「そりゃ分かるよ! メチャクチャ分かるよっ! 俺だってあんな奴ら、本当に死んじまえば良いと思う! 誰かを苛める奴なんか全員、この世から消えて無くなっちまえばいいんだ! ヨッシーみたいな良い奴を苦しめて、楽しむようなバカ共なんか、俺だって許せねーよ!」


「じゃあ、分かるなら! 分かるならもう、放っておいてくれよ!」

「――心底どうでもいいっっ!!」

「えッ……?」


「心の底からどうでもいいんだ! 殺したい位に俺も許せないけど、正直それ以上に、あいつ等の事なんか俺はどうだっていい! そんな事よりも、そんな事よりもっ……! ヨッシー! 俺にはお前の方が、何億倍もずっと大事だっっ!」


 拓人は口から唾が飛びそうな勢いで、法健へ言葉をぶつけていく。

 実際は声を出し過ぎて、口の中は既にパサパサと乾ききっていた。

 その掠れてヒビ割れそうな拓人の声が、法健の胸を杭のように深く穿つ。


「ヨッシーを苛めるような最低な奴らの事、考える脳の容量一欠けらだって惜しい! 無駄だよ! あんな奴らさぁ、もうどうでもいいからさぁ! 死んでも生きてても、どうなっても構わないからさぁ! ……っでも、さぁ! よっしー! ヨッシーはよぉ! お前だけは最後の一線を、越えないでくれよォ! ……心まで化け物に成りきったり、しないでくれよ! ……ヨッシーは人間なんだ! ……俺の、俺の友達なんだよぉっ……!!」

「…………あさ、み……ィ……」


 拓人に激しく肩を揺さぶられながら、法健の血走っていた目玉が一つ一つ穏やかになっていく。

 憎悪に満ちていた血の涙は透明になり、ぽたりと熱い涙が闇色の身体を濡らした。


「狩谷を殺した後でなら、自分は殺されても構わないなんて……そんな悲しい事を言うなよっ! オレ、まだお前の漫画、読ませて貰ってねーんだぞっ……? それなのに勝手に、終わりになる気で、いるんじゃねぇっ……」

「あさみー……、……ッ」


 拓人は肺の奥から絞り出すようにして、自分の思いを法健へぶつけた。

 叫び過ぎて酸欠になる脳が悲鳴を上げるが、それでも法健に訴え続けた。


「殺すもんか! お前を殺すもんか! 誰にもお前を殺させたりしないし、お前に誰かを殺させたりもしないっ! ……ヨッシーはヨッシーのままだ! ……今度こそ、今度こそ俺がっ。……俺がお前を助けるんだあぁぁっ!!」


 ズクン、ズクンッ。胸の印が激しい熱を持って、拓人の全身へ力を漲らせていく。

 非力で臆病な自分でも、今なら目の前の友を救う事が出来る筈だ。

 そう確信を持って、心が導くままに拓人は全身から紫のオーラを立ち上らせた。


「ぐ、う……ウウゥゥッ!?」


 拓人のオーラが増大する度に、法健の身体に変化が現れる。

 どろどろと濁った黒いアメーバ状の物体が、法健の全身から漏れ出していたのだ。


(オ、オオオオッ? ……ナゼダッ。ナゼ、カラダガ ヒキハガサレ、ル……!?)


 大気を戦慄かせる耳障りな声の主……《星魔》が動揺を露わにしていた。


「おおおお、ヨッシーから離れろおぉおおっ!」

(グ、ギアァァァアアァッ!?)


 拓人はガントレット型のオーラを纏った右手で、溢れ出た《星魔》の頭を鷲掴みにした。

 黒い気体のような身体へ、ぎちゅん、と深く爪を埋め込む。

 そしてそのまま力任せに引っ張って、法健の身体から徐々に引き剥がしていく。


「あ、あっ……く、あさ、みぃいっ!」

「もう少しだ、ヨッシー! ……頑張れっ! 帰ってこい! ……お前は、日の当たる明るい場所へ、戻って来るんだぁあああっ!」


 《星魔》が抜け出て行く事により、法健の身体も異形化が崩れ、段々と元の身体へ戻っていく。

 そんな法健の身体にしつこく残ろうと、《星魔》が必死な抵抗を見せた。


(グオオオォォ! イイノカッ? イイノカ、オマエッ? オレガイナクナレバ、アイツラニ……フクシュウ、デキナク、ナルンダゾオォォッ!?)


 能面のようにつるりとした黒い顔が、法健を見下ろして甘言を叫ぶ。

 人の心の隙に付け入り、憑依するのが《星魔》の常とう手段だ。

 今一度、自分の存在を法健に求めさせ、融合を果たそうと企んでいた。


「……う、……あ、ぁ……僕は、ボク、はっ……!」


 《星魔》の甘い誘惑に瞳を揺らし、戸惑いの表情を浮かべる法健。

 確かに未だ憎しみの心は残っているし、強い力に憧れもある。

 しかし、《星魔》が離れつつある今は、ずっとずっと自分の心と思考がクリアに感じられた。

 法健は涙をぽろぽろと零す双眸で、必死に自分を救おうとする拓人を間近で見つめる。

 バイザー越しに窺える拓人の澄んだ瞳も、真っ直ぐに法健を見つめていた。

 ――こくん、と。拓人が一度深く頷く。

 それを見て、法健の心は決まった。


「僕は、お前なんか必要無いっ! ……帰るんだ、あさみーの居る場所へ! ……僕を思ってくれる、友達の所へーっ!」

(ガ、ガアアァァッ?)

「――消えろ! お前なんか、消えちまええぇぇぇええっっ!」


 生まれて初めてという位、魂を振り絞るように法健が全力の大声を発した。

 それは言霊となって力を生み、しつこく残っていた《星魔》の存在を、綺麗さっぱりと身体の内側から押し出していく。


「よおおぉぉしっ! ……サーグライ、いくぞおおおおぉぉぉぉっっ!!」

(おうよ! 待っていたぜえぇぇっ!)


 機を見出した拓人の雄叫びと、それに呼応するサーグライの声。

 掴み取った《星魔》の身体を完全に法健から引き剥がした瞬間、拓人はオーラを纏った両手で《星魔》の身体を丸めるように握り潰していった。

 すると拓人の兜が大きく膨らみ、後頭部へ仰け反るようにスライドしていく。

 ――それはまるで、餌を呑み込む寸前の鯨の如きシルエット。解放された拓人の髪が、吹き荒ぶ風に乱される。

 すると兜は笑ったように口を歪め、――ひゅごごごごっ、と大きく息を吸い込み始めた。


(ナ、ナニイィィ!? キ、キサマァッ! ……オレヲ、オレヲ クラウ キカアァッ!?)


 兜の激しい吸引力に引き寄せられて、《星魔》は恐怖と驚愕に戦慄した。

 黒い身体は煙のように、あえなく巨大な顎の奥へ吸引されていく。

 黒紫のフィールドに捕らわれた《星魔》は自由が利かず、拓人の手から逃げる事が出来ない。

 見る見るうちにアメーバ状の身体は小さくなって、残るは頭部のみが残り。


(オマエ! オマエハ マサカ! ホシノミ、ノッ……!?)

(今頃気付いたか! そうよ、俺は同族喰らい。『星呑み』の鯨皇サーグライよぉ!)

(イ、イヤダ! ヤメテクレ! ソンナ、ソンナ、――バカナアアァァッッ……!!)


 最後まで抗い続けた《星魔》が、サーグライの愉悦を孕んだ声を最後に断末魔の悲鳴を上げる。

 長く長く尾を引いたその叫び声は、今宵一番の大輪を咲かせた花火の音に紛れ、《大星魔》の胃袋へと消えていった。

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