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ダークシャウト  作者: 焔滴
第三章
33/48

叫び

「これが、俺……?」


 開いた両手を見下ろして、拓人は自分の変貌した姿に息を飲む。

 身体を覆う黒き全身鎧は、深い海を思わせる青色のラインが縦横に走っている。

 冷たく堅固な感触を思わせる表面は、磨かれた金属の滑らかな艶を放っていた。

 拓人の体型に合わせて、あつらえたようにピッタリとフィットするタイトなシルエット。

 胸板と両肩の部分は他より装甲が厚めで、頭部を覆う兜は鋭角的な形をしていた。

角の生えた鯨が大口を開けたような形状で、目の部分を半透明のバイザーが覆っている。

 背中を覆うマントは深い青色で、風に靡きばたばたと音を奏でていく。


「凄い……何か良く分かんねーけど、……力が溢れてくる……!」


 両手を握ったり開いたりして、拓人は感嘆の声を漏らした。

 そして静かに上空の法健を見上げ、ぐぐっと膝を曲げて両足に力を込める。


「はああぁぁっ!」


 大気を震わせる雄叫びを上げ、拓人は高く高く跳躍した。

全身を鎧で覆われているというのに、重苦しさを一切感じない。

一瞬で法健の眼前に迫ると、ひらひらとした両肩を掴んでバイザー越しに法健を真っ直ぐ見つめる。


「ヨッシー!」

「う、うああぁっ、ぁっ! 離せ、はなせエェェッ!」


 迫る拓人に恐れを抱き、法健は両脚をぐにゃりと折り畳んだ。

 そしてバネのように一気に伸ばして、拓人の腹部を蹴り飛ばす。


「――ぐあぁっ!?」


 空中で吹っ飛ばされて、悲鳴を上げながら拓人は地面に激突する。

 衝撃が大地を抉り、すり鉢状に穴が開いた。


「なんだよ、なんなんだよ、お前はあぁぁっ!」


 法健は絶叫すると大小合わせて大量の黒球を生み出し、拓人が落ちた場所に目掛けて次々と発射していった。


――ズン、ズゥゥンッ、と立て続けに地響きが鳴り響く。


 しかし辺りを覆った激しい土煙が収まってくると、大穴の中心に傷一つなく立っている拓人が現れた。

両手は紫の光に包み込まれていて、そのオーラは長い爪の生えたガントレットのような形状をしている。


「ヨッシー……いいよ、ぶつけてみろよ。……お前の恨み、全部俺にさぁ!」


 ――ドオォン!


 拓人が大地を足裏で突き放したのと同じタイミングで、夏の夜空に大輪の鮮やかな花が咲く。

祭のメインイベントである花火大会の開始だ。

人々の盛大な歓声が川岸で上がった。


「うわああぁぁ! 来るな、来るなァァッ!」


 法健は後方へ下がりながら黒球を連発し、全身で友人の存在を拒否していく。 一方拓人は両腕を振るい、両手に纏ったガントレット型のオーラで黒球を弾いた。

 黒球はまるで水風船のように、次々と消し飛ばされていく。


「どうした! お前の悔しさは、恨みはこれっぽっちかよ、法健!」

「煩い! うるさいウルサイ! ……僕の邪魔をするお前に、何が分かるぅっ!?」


 怒りと怖れが混在する声で法健は叫び、両手両足をズアアアァッ、と鋭く伸ばした。

 力任せに殴り飛ばそうと、或いは内側の口で齧り付こうと、拓人の黒鎧へ猛然と迫る。

 しかし拓人は空中を泳ぐ魚みたいに、青いマントをひれの如くはためかせ、法健のトリッキーな攻撃をかわしていった。


「凄い……あれが、拓人君の力……?」

「……正確には麻宮に宿る《大星魔》の力……。……でも、何で意識を保っていられるの……?」


 必死に粘液の拘束から逃れようとしていた闇朱と義乃が、身じろぐのも忘れて拓人の戦いぶりに見入っている。


「おおおぁぁあっ!」


 法健の伸縮自在な四肢を巧みにかわした拓人は、そのままの勢いで闇色の腹部へ体当たりをかました。

 両手でがっちりと法健の腰を抑え込んで、地上へ向かって共に落下する。

 二人は木々へ激突し、何本もの生木を裂く音が中州に響き渡った。

 そして漸く動きが止まった時……拓人は法健の背中を大木の幹へ減り込ませていた。


「ははっ……こんな風に喧嘩した事、今まで無かったよな。……ヨッシー……」


 ほろ苦い笑みを浮かべる拓人の眼差しを、法健は全身に散らばる目玉で凝視した。

 そして素早く両手と両足を伸ばし、拓人の首や四肢へ巻き付いて、ギチギチと締め上げていく。


「ぐっ……ぅ、……」

「……何で。なんでだよ、あさみー。……あさみーは、僕の味方じゃなかったのかよ?」


 低い呻き声を漏らす拓人の眼前で、法健は醜悪な口を開き鎧へと噛み付いた。

 しかし獰猛な牙はその瞬間に全て砕け散り、黒と青が彩る装甲には掠り傷一つ付かない。


「ダメだよ、ヨッシー……。どんなに悔しくて、辛くてもさ……。人を殺しちまったら、ダメ……だよ」

「まだ言うのかよっ! 何であんな奴らをかばうんだ! ……僕に散々酷い事をしてきたんだぞ! 報いを受けるのは当然じゃないかァッ!」


 爛々と目玉を光らせて、法健が悲痛な叫びを上げる。

 すると牙を失った沢山の口を窄ませて、ぶしゅううっ、と黒い溶解液を吹き出していった。


「――が、ああぁぁっ!」


 今までの攻撃は弾いてきたが、この溶解液は別のようだ。

 ゼロ距離からの攻撃を受けて、拓人は焼け付くような苦痛に眉を顰める。

 その時に拓人は、自分が纏っているものが防具ではなく、身体の一部であるのだと理解した。


「ダメえぇ! 吉田君! もう、もうお願いだからっ……!」

「……くっ……麻宮! 何をしているのっ? ……早くそいつを倒してっ!」


 闇朱は法健を止めようと地面の上を転がり、拓人達が居る方へ何とか近付こうとした。

 義乃も必死に法具の落ちている方へ這いずりながら、土に汚れた顔を上げて拓人を叱咤する。

 それでも拓人は法健を攻撃せず、ただ強く抱えたままで離れようとしなかった。


「あいつ等のしてきた事は! 最低で! 最悪で! ……それでも、ずっとずっと僕は我慢してきたんだ! 我慢して我慢して、人生は嫌な事ばかりじゃないからって……そう自分に言い聞かせて、一生懸命に耐えてきたんだッ!」


 じゅううう、じぅぅっ……。


 法健は心の中に溜まった膿を吐き出すように、拓人の身体を少しずつ焼いていく。

 一方拓人は微動だにしないままで、噛み締めた奥歯から苦悶を漏らし続けていた。


「それでも、それでも苛めは終わらなくて! 僕の心は何時も晴れる事が無くて! あいつ等の事を考えるだけで、どんどん、どんどん心の中が腐っていったんだ! 漫画もアニメもゲームも、好きな事をしてても全然ダメなんだ! 辛くて苦しい事の方が、ずっとずっと強く僕を捉えて離さないんだよっ!」

「あ、あぁっ……、……よっしー……」


「ずっとずっとあいつ等が憎らしかった! 憎くて憎くて仕方がなくて、頭の中で何度あいつ等をぶち殺してやったか分からない! 殴って、蹴って、顔面をガラス窓に叩き付けて、首を絞めて窒息させてさっ! ありとあらゆる酷い方法で、ボコボコにしてやった! ……いっその事、本当に殺してやろうかって、学校にナイフを持っていった事もあるよ」


 身体中の口から間断なく溶解液を吐きかけられて、拓人の外甲も徐々に表面を爛れさせていく。

 今や法健は頭部にある口だけで喋り、血走った凶器の目で拓人を見つめていた。


「幾らでもチャンスはあったよ。休み時間に馬鹿騒ぎしている時。登下校で女子と下らない会話で盛り上がってる時。……その気になれば、授業中だって構わない。奴らの背中はいつも無防備だった。……力で負ける僕でも、不意打ちでナイフを突き立てる事は出来る!」


 激情に燃え盛っていた法健の声が、そこで少しトーンを下げる。

 気持ちが穏やかになってきた訳ではない。

 寧ろ行く所まで行き着いた憎悪が、心の温度をマイナスに下げたのだ。


「……あいつ等は分かっていない。苛める奴らは、何も分かっていないんだよ、あさみー。苛められた奴が本気になったらさ……。本気で復讐しようと思ったら、幾らでも方法はあるんだよ。道徳観念なんて、もうどうでもよくなっちゃう瞬間があるんだよ。……僕が、苛められっ子が本気になったらさ。……奴らなんて、いつでも殺される立場なんだぜ……?」


 夏だというのに底冷えするような悪寒を放ち、法健が声を震わせる。


「自分が後ろからナイフで刺されると思ったら、苛めなんかするかい? 自分達が仕返しで殺されるなんて思ってないから、あいつ等は安心して僕を苛める事が出来るんだよ。……優しい僕に生かされてるって事も、知らないでさぁ!」


 感極まった法健の叫びは激しい吹雪。言葉は冷たく硬い氷の刃だ。

 至近距離で浴びる拓人は、ぶるりと全身を震わせてしまう。


「……そりゃあ、そうだろうな。……苛める奴ってさ、基本的に苛める相手を殺そうとはしないもんな。……蛇の生殺しみたいにいたぶって、楽しむのがあいつ等のやり方さ……」


 法健の溶解液によって、黒い外甲は少しずつ溶け始めてきた。

 苦しくて額に脂汗を滲ませながら、拓人が法健の言葉を肯定する。


「その通り……でも僕は。……僕みたいな奴は、奴らと違って切実なんだよ! それこそ苛められるのが嫌で、自殺しようか悩む事も一回や二回じゃない! 常にギリギリなんだよ! ……虐げられる側っていうのはさぁ、そうなんだよ。……毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ! 滅茶苦茶に、切羽詰まってんだ!」


 法健は普段よりもずっと流暢りゅうちょうに喋り続ける。

 胸の中に鬱積していた思いの全てを、拓人へ吐き出そうとするみたいに。

 もう法健は溶解液を吐く事も忘れていた。

 世界中の虐げられし者達の言い分を代弁するかのように、自分の言葉に酔い痴れていた。


「ほんと……想像力が貧困なクズ共だよ。自分達が常に安全地帯に居ると思ってる。……だからさ、僕は思い知らせてやるんだ。その為の力を、神様が僕にくれたんだ」


 恍惚とした口調で告げながら、法健はギロリと狩谷の方を見つめる。

 消耗している拓人など振り払って、とどめを刺しに行こうと考えた。


 ――しかし。

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