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ダークシャウト  作者: 焔滴
第三章
32/48

誕生

 何度も何度も止めようとした拓人の叫びは、友人の心へ届きはしなかった。


「あさみーも、しつこいね……? 僕がどんなに、こいつらの所為で苦しんでいたか……少し位は分かっている筈でしょ?」

「……ああ。ああ、知ってたよ。……いや、本当は知らなかったのかもしれない。ヨッシーの本当の辛さも、苦しみも。……俺は分かっているようで、全然分かってなかった……」


 苛められても、時間が経てばいつもの明るい法健に戻っていた。

 だから拓人は、勝手に法健は大丈夫だと。

 逆境に負けない強さを持っていると、勘違いをしてしまっていた。

 自分が傍に居れば、苦しみを少しでも和らげる事が出来ると思っていた。

 しかしそんなものは気休め程度で、自分の目の届かない所で法健はずっと苛められ続けていたのだ。

 積み重なった憎悪の発露を目の当たりにして、拓人はその事を全て悟った。


「お前がこんなになっちまう位に悩んで、じっと苦しみに耐えてるなんて知らなかった。俺は友達のくせして、実際は何の力にもなってやれなかった。……今日だってお前が散々苦しめられていたのに、狩谷達を見逃す事しか出来なかったよ……」


 悲しみと悔しさと情けなさを噛み締めて、拓人が喉の奥から声を絞り出す。

 深い思いを吐き出す仕草に呼応するように、胸の中心が熱く脈動し始めていた。


「……あさみー。……仕方ないよ。誰だって、暴力は怖いもの。傷付く事は、嫌だもの。だから気にしなくて良いよ……僕が全部、自分で始末を付けるんだから」


 法健は身体に拓人を巻き付けたまま、片手を頭上に振り上げた。

 するとその先から黒い玉を生み出す。

 今まで見てきた物よりも、遙かに大きくて凶悪な力を秘めた黒球だ。


「…………っ、……ダメだ……ヨッシー……。それは、やっちゃダメ……だ!」


 法健のやろうとしている事を察して、警鐘の如く鳴り響く拓人の心臓。

 噛み付かれた腕や脇腹の痛みも構わずに、全身を揺らして法健を止めようと訴え続ける。

 胸の熱は更に温度を上げて、刻まれた印の部分が拓人の皮膚をジリジリと刺激した。


「……終わりにしよう、もう」


 法健が冷たく硬い声で呟いた。


「――――ダメだあぁぁぁぁっっ!」


 枯れかけていた喉を限界まで震わせて、拓人が腹の底から叫び声を上げる。

 その絞り出すような旋律が轟いたと同時に、拓人の全身から紫色のオーラが爆散した。


「――――オ、オオォォヲッ!?」


 凄まじい力の奔流が生まれた事により、拓人へ絡み付いていた法健は衝撃に吹き飛ばされる。

 生み出した黒球も弾けて霧散し、解放された拓人は地面へ落ちていった。


「――拓人君、まさかっ?」

「麻宮? ……嘘だ、封印を施した筈なのに!」


 身動きの取れない闇朱と義乃も、愕然として不安の声を上げる。

 地面へ苦もなく着地した拓人から、二人とも目が離せない。


「うおおおおぉぉぉぉっ!」


 拓人は両手で頭を抑え込み、胸の印を中心として全身へ迸る力の強さに翻弄されていた。

 無意識に力を解放した前回とは違う。

 拓人は自分の中にあるモノを自覚して、意志の力で封印に抗い、無理やり力を引きずり出そうとしていた。


(そうだ……それでいい)

「――――誰だっ!?」


 急に響き渡る耳触りな声に驚いて、拓人は周囲を見渡した。


(俺が誰かだって? ……クフフ、ファファファ! 俺は、お前だよォッ!)

「な、何を言ってっ……?」


 訳が分からないと言いかけて、拓人はある事に気がついた。

 この高すぎず低すぎない、男の声。

 頭の中へ直接響いて来るような、不穏な声。

 拓人は前にも何処かで、この声を聞いた気がしていた。


(封印の所為で出てくるのが遅れちまった。……が、今ならイケる。……拓人、お前、力が欲しいんだろ?)


 悪魔の囁きというものは、きっとこんな声をしているに違いない。

 拓人が自然とそう思った時に、目の前に不思議な紋様が浮かび上がった。

 胸の印とは異なる、もっと複雑で大きい……それは三メートル位の魔法陣だ。

 地面に浮かび上がるのではなく、拓人の眼前で浮くように展開されている。


「これはっ……?」


(力が欲しいなら、その陣に飛び込みな。そうすれば、お前が求める力が手に入るぜ。……とびっきり強くて、極上な力だ!)


 三角形や四角形、円や七芒星が複雑に絡み合う魔法陣を、拓人は今一度よく見つめる。

 図形や、何処の言葉かも分からない文字らしき記号。

 それらが直線だったり曲線だったり、或いは燃える炎のような形で表現されている。

 無機質的なものと有機的な表現が混ざり合う、不思議な紫色のアートだ。

 更に拓人が目を凝らして見ると、魔法陣が浮かぶ空間は鏡のように表面が艶めいていて、拓人の姿を写し取っていた。

 ――いや、自分の姿だと思った影は輪郭を歪め、全く別の存在を浮かび上がらせている。

 黒と深い青に彩られし、異形の鎧を身に纏う者。

 頭部は六本の角が伸びるフルフェイスの兜に覆われていて、不気味な気配を漂わせている。

 ここへ飛び込めと言うのか。

 拓人は心臓を戦慄させ、躊躇した。


(ほらほら、どうした? 何を恐れている? 迷っている? ……力を欲し、俺を求めたのはお前の心だろう? ……テメェの友達を、止めたいんじゃなかったのか?)

「……ああ、そうだ。……俺は、ヨッシーを止めなくちゃ……いけない」


(なら答えは一つしかねぇ。俺を信じて飛び込みな。いや、信じなくても構わねぇ。どの道お前は飛び込むしかないからな。そうだろう? ……今の状況を打破する為に、すがれるモノが他にあるか?)


 思わず信頼を寄せたくなる頼もしさと、詐欺師のような胡散臭さが同居する不思議な口調。

 頭の中に響く声の正体に、拓人はもう気付いていた。

 そうだ、躊躇している場合ではない。拓人は慌てて、法健の姿を探す。――居た。

 衝撃に弾き飛ばされ、宙を漂っている法健は、紫の光と魔法陣に驚いて硬直している。


「……あさみー、なんだよ……ソレ。……なんだよ、その力はァァ……!?」


 本能的な恐怖を感じて、法健はびくびくと全身を震わせている。

 拓人から伝わる強大な力の気配に、法健は蛇に睨まれた蛙の如く動けないでいた。


「……よっしー。……お前は、俺が止めなきゃな……」


 変わり果てた法健の姿を改めて認識する事で、拓人は心を決めた。

 真っ直ぐに魔法陣を……魔法陣の表面に浮き上がる、謎の男を見据える。


「……お前。名前はあるのか?」

(……あるぜ。勿論あるとも。聞けよ、尋ねよ、そして知れ! 怖れ戦き崇め奉れ!)


 鎧姿の男は大袈裟な芝居がかった身振り手振りで、朗々と歌うように口上を述べた。


(我こそは《星魔》の極み。冠戴く至高の存在。(げい)(おう)サーグライよ!)

「……サーグライ。……よし、行くぜ。――その力ぁ、俺に貸してくれえぇッ!」


 気合を漲らせた声と共に、ずん、と拓人は深く大地を踏み締めた。


「拓人く―んっ!」

「麻宮ぁっ……!」


 闇朱と義乃の呼び声を聞きながら、拓人は両手を顔の前で交差させ、魔法陣の中へ飛び込んでいった。


 バリイイィィン!


 硝子の板を突き破った時のように、甲高く盛大な音が生まれる。

 拓人が触れた瞬間に、紫色の魔法陣はバラバラに砕け散っていった。

 きらきらと夜闇の中へ消えていく紫の光。

 その薄いヴェールの向こう側から、重厚なシルエットを持つ一人の戦士が現れていた。

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