憎悪の化身
「分かった! このまま突っ込むわよ!」
「よし、闇朱! いっけえぇ!」
男気溢れる台詞を吐いて、闇朱は《星魔》の元へ高速で飛来する。
着地の衝撃で盛大な砂埃が舞った。
「ヨッシー!」
砂埃のヴェール越しに法健を呼びながら、拓人は巨人の前へ躍り出た。
すると拓人の視界の端に、気絶した狩谷の姿が目に入った。
狩谷はアメーバ状の黒い縄で拘束され、木の枝から吊り下げられている。
酷い光景に足を震わせ、拓人は怒りの形相で巨人を睨みつけていく。
「おいオマエ! よくもこんなに酷い事をしてくれたな! 法健から離れろ!」
「麻宮、どけっ! ハアアァァッ!」
気合の咆哮を放ちながら、義乃が黄金色に輝く長剣を操り《星魔》へ向かう。
巨人はその大きさに似合わぬ俊敏な動きで反応し、義乃を叩き潰そうと大きな拳を振り下ろしてきた。
しかし義乃は怖れずに、真っ向から斬撃をお見舞いする。
(グウオォォオ!)
見事な太刀筋で巨人の腕を斬り飛ばした義乃。
闇の塊は空中で霧散した。
同時に巨人の悲鳴らしき不気味な声が、周囲の木々を戦慄かせる。
義乃は立て続けに巨人を攻め立てた。
光が閃く度に《星魔》の身体は傷付いていく。
「良いぞ! 義乃っ! その調子だ!」
戦いの邪魔にならないように、少し距離を取りながら拓人が応援をする。
その胸の印から、じわりと紫色の光が漏れているのだが、目の前の戦闘に熱中して気付けなかった。
活躍しているのは義乃だけではない。
義乃に向かって、巨人が残る片腕を振り下ろそうとした瞬間。
赤いプラズマが闇の巨腕を絡め取り、バチバチバチッとスパークが弾けた。
「あたしも居るのよっ! 観念して倒されなさい!」
義乃に気を取られていた巨人の死角に入った闇朱が、両手から次々とプラズマを放出していった。
赤い光は《星魔》の身体に触れると同時、爆ぜて黒い粒子を散らす。
巨人は次第にダメージを積み重ね、全身から白い煙を立ち上らせていった。
「凄い、凄いよ、闇朱! そんな力もあったのかっ?」
「まぁね。どう? これでも未熟だって馬鹿にする?」
真剣な表情に得意げな笑みを混じらせて、闇朱がちらりと義乃の方を見つめていった。
その視線を受けた義乃はつまらなさそうに、小さく鼻を鳴らす。
「私一人でやれる。《夜光》は手を出すな」
「はあぁっ!? ここまで運んで貰ったくせに、何その態度っ?」
「煩い。――とどめだ」
ぷりぷりと怒る闇朱を尻目に、義乃が拓人の目の前で高く跳躍した。
どうやら法具の力を使用している時は、通常よりも身体能力がアップするらしい。
狙うのは《星魔》の頭部。
デスマスクの如き顔面へ、義乃が渾身の突きを繰り出した。
しかしその刹那、義乃が剣先を向けた場所へ虚ろな法健の顔が浮かび上がる。
「――なっ!?」
驚愕の声と共に急いで剣を引く義乃。
しかしそこを狙ったかのように、《星魔》は腕の切断面から触手を伸ばし、義乃を空中から叩き落とした。
「うあぁぁっ!?」
「義乃! 大丈夫かーっ?」
木の幹へ背中をぶつけた義乃が、地面へ落ちて震える呼気を吐き出す。
助け起こしに駆け付けた拓人の手を制して、義乃は自分の力で立ち上がった。
「……大丈夫。少し、油断しただけ……」
「そ、そうか……畜生、あいつ、ヨッシーを盾にするなんて……」
ぎりりと奥歯を噛み締めて、拓人は巨人の身体を見上げた。
すると虚ろだった法健の瞳がギョロッと大きく見開いて、双眸が暗黒に満ちていく。
「……よ、……ヨッシー!?」
「……これは、マズイわ……」
法健の瞳は白眼の部分さえも闇に浸食されて、まるでテレビの怪奇番組に出てくる宇宙人のように変化してしまう。
驚きと恐ろしさで声音を震わせる拓人。
闇朱は何かを察したように、焦りで眉を顰めた。
「あさみー……何で? 何で邪魔をするの……サ…」
不安な表情を浮かべていた拓人に対して、聞き慣れた法健の声が紡がれていく。
風もないのにザワザワと揺らぐ法健の髪は、暗い水中で蠢く水草のような不気味さを抱かせた。
「ヨッシー!? おい、大丈夫かっ!? 待ってろよ、今助けてやるからな!」
「助ける? ……何を馬鹿な事を言ってるの? 僕は今、とっても気分が良いんダ……」
「な……ヨッシー? ……オマエ、何を言ってるんだよ……?」
いつも穏やかで平和的な法健の雰囲気とは明らかに違う。
静かだが大量の悪意を潜ませた声で、異形化する法健は呟いた。一方、闇の巨人は段々とその姿を小さくさせていく。
闇が法健を中心にして、みちみちと凝縮していく。
黒い粒子を纏った法健の四肢はボコボコと泡立ち、人としての輪郭を変化させていった。
「あ、あ……ヨッ……シー……」
「そんな、融合化なんて……!」
閉じる事を忘れた拓人の口中が、驚愕の為カラカラに乾いていく。
闇朱は口元を両手で押さえ、信じられないといった表情で立ち尽くしていた。
「融合化? ……なんだよ、その融合化って……?」
「《星魔》に身体と心を完全に支配されてしまった状態。……ああなってしまうと、もう《星魔》だけを払い落すことは不可能よ」
拓人の疑問に答えたのは、闇朱ではなく義乃だった。
右手に黄金の剣を携えて、ゆっくりと慎重な足取りで法健の方に近づいてゆく。
「払い落せないって何だよっ? もう助けられないって意味かっ?」
「……そう。あれはもう憑依しているというレベルではないわ。人間と《星魔》が完全に溶け合ってしまっている。……よほど強い闇の心を抱えていたのね」
青ざめた拓人が投げかける質問に対し、義乃は淡々と答えを紡ぎながら進む。
その間に法健の身体は爪先から頭の先まで、黄土色の箱がいくつも積み重なった形態に変化していく。
まるで大小様々な段ボール箱を接着して作った、人形みたいに。
「義乃! どうするんだ……?」
「決まっている。……《星魔》は滅するのみ」
「それってヨッシーごと《星魔》を殺すって事か!?」
「……そう。それが《聖血教会》としての私の役目」
「――待てよっ!」
温度の無い冷たき口調に耐えかねて、拓人は走って義乃の前に躍り出る。
「どいて、麻宮。友達のようだけど……もう手遅れ。救うには、倒すしかない」
「待てって! 本当にそれしか方法は無いのかっ? ……おい! 闇朱! 《夜光》の特別な術とかで、ヨッシーを助けてやれないのかよっ?」
必死な形相で闇朱に救いを求める拓人。
一縷の望みを託すように、魔人化した少女を見つめていく。
「……ごめん、なさい。……《夜光》にも融合化した人を助ける方法なんて無いの」
「そんな! 嘘だろっ? 苺莉亜さんなら何とか出来ないか? あの人幹部なんだろっ!?」
「苺莉亜さんでも無理よ。融合化した《星魔》は倒すしかないって……。今までも何度か、融合化した人を討伐する所……見せて貰った」
「そんな! 《夜光》は《星魔》の味方じゃなかったのかよっ?」
「……違う。《夜光》はあくまで、世界の《星魔》バランスが偏らないようにするのが使命だよ。……だけど融合化した《星魔》は、強力過ぎる負の存在。封印術が効かない以上、倒すしか手はない……のよ」
苦しみに満ちた表情で、しかし闇朱もはっきりと救いの無い台詞を口にした。
拓人は胃の辺りが冷えるような感覚を覚え、ショックのあまりに吐き気を催す。
そんな拓人の脇を一瞬ですり抜け、義乃が鋭い踏み込みで融合化した法健に肉迫する。
「義乃ッ! 止めろーっ!」
「はああぁぁ!」
踏み込んだ足を軸にして、義乃が高速で一回転する。
黄金色の旋風が巻き起こり、加速した切っ先が深く法健の胴を薙ごうとした。
――――その瞬間。
「ひはははははっっ!」
恐ろしく甲高い笑い声が、その場にいた全員の鼓膜を震わせた。
何事かと思った拓人の瞳に、箱人間と化していた法健の胴体がぱかっと開いた姿が飛び込んでくる。
「ぬっ……!?」
それはまさに正立方体を展開したら、こうなるだろうという開き方だった。
義乃の斬撃は空しく宙を裂き、攻撃終了時の隙を法健へ晒す。
「……酷いじゃないか。誰か知らないけど、いきなり切りつけてくるなんてさアァァァ!」
法健が叫ぶと同時に、身体を形成していた黄土色の箱が次々と展開図の形に割り開いていく。
まるで小学生が図工の時間に作成したみたいな、薄っぺらくて不格好な人形の如き法健の姿。
箱の内部は真っ暗な闇色で、無数の目と口がびっしりと散りばめられている。
「……っぐ。……よっ、しー……」
「吉田君っ……!」
余りに酷い姿になってしまった友人を目の当たりにして、拓人はこれは夢なんだと現実逃避したい思いに駆られてしまう。
闇朱も拓人と一緒に震える声で恐怖を吐き出した。
「僕の邪魔をするなら、キミもアイツらみたいになっちまえよーッ!」
「――――っぐ、……はぁっ!」
無数の口が一斉に言葉を放った瞬間、法健の身体の前にサッカーボール大の黒い玉が生まれる。
危険を察知した義乃が大きく横へ跳び退った直後、黒球は高速で発射された。
狙われた義乃の代わりに木の幹へ命中すると、バシュンッと弾けて衝撃波を発生させる。
メキメキメキと無数の深い亀裂が幹へ走り、重い音を立てて倒れていった。
「な、……なんて威力だよっ……」
拓人は血の気の引いた顔で倒壊した木を見つめ、頬を伝う汗を拭った。
「ほら、ほら、どんどんいくよおぉっ!」
ぺらぺらの身体を波打たせながら、黒球を次々と生み出して義乃を狙う法健。
林立する木々を盾に素早く移動し、それらの攻撃をかわす義乃。
回避行動をとりながらも、反撃の機会を窺う鋭い瞳をしていた。
「やああぁぁ!」
状況に圧倒されていた闇朱が、気を持ち直して戦いに加わる。
自らを奮い立たせるような大声を発しながら、上空へ飛んで赤いプラズマを次々と法健へ向かって発射した。
「――秤音さんまで、どうしてっ? 酷いじゃないか、こんな事!」
流星のように降り注ぐプラズマを避け、或いは黒球をぶつけて弾かせながら、法健が悲痛な声で叫んだ。
衝撃の余波が周囲の地面を抉り、石ころや土を舞い上がらせていく。
「……吉田君、ごめんねっ! ……でもあたしは、こうするしかないのっ……!」
眉間へ深い皺を寄せながら、闇朱が周囲に浮かぶ黒片を分離させる。
防御にも攻撃にも利用できる硬質の欠片が、プラズマよりも細かく速く法健へ殺到していった。
上下左右、背後も含めあらゆる方向から飛来する黒片。
法健は腕を振るい、黄土色の面で黒片を弾いていく。
しかしそれでも間に合わず、幾つかは闇色の身体にクリーンヒットした。
「あ、ああああっ! 痛い、痛いよおォ!」
黒片に身体を打ち付けられる度、苦痛に悶える法健の声が沢山の口から零れ落ちた。
その叫びは闇朱の心を苛んで、罪悪感で満たしていく。
全力で攻撃している心算でも、見るからに急所でありそうな目や口の部分を避けてしまっていた。
すると法健は身体を捩って、絞った布のように捻じれて細くなった。
同時にサイズを小さくした黒球が、法健の周囲へ大量に現れる。
「逃げろ! 麻宮っ!」
義乃は直感で危険を察知し、拓人へ向かって大声を上げる。
「アアアアァァッッ!」
耳を劈く奇声を放ち、捻じれた身体の緊張を一気に解いて、法健は高速で回転した。
その勢いに弾かれるように、大量の黒球が高速で四方へ撒き散らされていく。
ドドドドドドド!
空を引き裂き、木々を貫通し、大地を抉る凶悪な黒球。
辺りにはもうもうと土煙が舞って、中州の一部は悲惨な状況に変わっていった。
「……うっ……く、……ぁ」
衝撃に巻き込まれた拓人は仰向けで地面に寝転がり、呻き声を上げている。
だが打ち所が良かったのか、幸い擦り傷と軽い打撲程度で済んでいた。
一方闇朱の方は、展開していた黒片を自分の前に集める事で攻撃をガードしていた。
しかし相当消耗したらしく、背中の翼を小さくはためかせ、地上へ降下していく。
「……なんで、なんでだよ。僕はただ、僕を苛める酷い奴らに仕返ししただけじゃないか。……まだ肝心の狩谷が残ってるんだ。……邪魔をするなよ、お前らァッ!」
怒りと憎悪に震える法健が、雄叫びを上げる。
不気味な目玉を血走らせ、獣の牙が生え揃う赤い口を大きく開いた。




