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ダークシャウト  作者: 焔滴
第三章
29/48

異形の影

 真黒川の傍に作られた公園が、拓人達と法健の待ち合わせ場所だった。

 広い敷地内に人口の小川が流れる水路があり、東屋やトイレも設置してある。

 地面は大半が芝生となっており、一部には赤錆色のタイルが敷き詰められていた。

 そんな公園の中央にある時計塔の下で、拓人と闇朱は一向に現れる気配の無い法健を心配そうに待ち続けていた。


「おっかしいな……確かにココだって決めたんだけど。……電話しても出ないし」


 不安そうな表情を浮かべる拓人が、念の為に携帯の着信とメールの履歴を確める。

 新たな履歴は確認できず、ゼロ件のままだ。

 何度も連絡を取ろうと試みているのに、法健と全くコンタクトする事が出来ない。


「用事が長引いてるとかじゃない?」

「うーん……でもそうだとしたら、俺に一言連絡してくれると思うんだよな。ヨッシーは」


 拓人は眉根に皺を寄せ、折り畳み式の携帯をパチンと閉じてポケットに仕舞った。

 闇朱も不安そうに周囲を見渡し、法健の姿を探そうとしている。

 しかし辺りに見えるのは、楽しそうにはしゃぐ家族連れや若者達のグループばかりだ。


「途中で事故に遭ったとか……じゃないと良いんだけど。……心配だよね」

「ああ。あんな事が有ったばかりだし、ちょっと気になる――――えッ!?」


 闇朱と話していた最中、突然拓人の身体を電流が走るような衝撃が襲った。

 爪先から頭のてっぺんまで突き抜ける刺激に自然と背筋が伸びる。胸の辺りが熱くむずむずして、心臓は鼓動を速めていった。

 そんな拓人の異変に気付いた闇朱も、びくりと大きく身体を震わせていって。


「あ、ぁっ……拓人君、……あたし……感じる」

「え……!? ……感じるって、闇朱も……この熱いような、痺れるようなっ……?」

「うん。拓人君も感じたのっ? ……間違い無い。これ、近くに《星魔》が居るよ」

「《星魔》がっ? これ、《星魔》の気配なのか……?」


「うん。普通の人には感じ取れないけど、拓人君は宿主だから感じ取れるんだね」

「そうか……でも、どうすれば良いんだ? 闇朱はホリブラじゃないし、放っておくのか?」

「ううん。普通だったらそうするけど、この感じは良くないよ。……かなりの強い悪意に染まってる、この《星魔》は。探し出して、倒さないと」


 真剣な様子で語る闇朱の面持ちに、拓人も緊張を感じ取る。

 嫌な気配はどんどん二人の胸の中で膨らんで、黒い渦を巻いていくようだった。


「分かった。俺も一緒に行く。《星魔》を見つけて、何とかしよう」

「――え、ダメだよ! 危険すぎるもんっ。拓人君はここで待ってて」

「いや、何か分からないけど、オレが行かなきゃ駄目な気がするんだ。虫の知らせっていうのかな……。闇朱の邪魔はしないようにするから、頼むっ! お願いだっ!」

「拓人君……」


 闇朱の双眸を真正面から見据え、必死な様子で拓人は懇願していった。

 少女に対して深く頭を下げる。広い背中からは、強い意志のオーラが陽炎のように立ち上っていた。

 闇朱はそんな拓人の真っ直ぐな態度に気圧されて、少し思案した後にきゅっと唇を引き締めていき。


「……分かった。一緒に行こう!」

「――ありがとう! 闇朱っ」


 拓人はぱっと顔を上げて、喜びに満ちる瞳で闇朱を見た。

 しかしすぐに真面目な鋭さを双眸に宿して、不穏な気配に引かれるように走り出す。

 浴衣姿の闇朱はそれに追従する形で、それでも必死に下駄の音を鳴らして走っていたが、途中で下駄を脱ぎ捨てて裸足になった。

 砂利が足裏に食い込むのも構わず、スピードを上げる。


「闇朱、大丈夫かっ?」

「大丈夫だよ、これ位! それより気配が近くなってる……あそこ! 橋の下だよ!」


 心配そうに少女を振り返った拓人に、闇朱は気丈な様子で返事をした。

 そして川に架かる橋桁の下を指差す。――ドクン。拓人の心臓が、戦慄くように強く鳴いた。

 居ても立ってもいられずに、少年は下草が生える傾斜を駆け下りていく。


「…………なっ……!?」


 大きな橋の影に蟠る薄闇の奥で、その闇色よりなお黒い冥暗が拓人の瞳へ飛び込んでくる。

 霧状の黒い粒子が、巨大な人間の上半身を模した形で輪郭を成し、その両手に一人の人間を握り締めていた。

 拘束されているのは男で、拓人も知る人物……狩谷だった。

 現在狩谷の顔は恐怖に引き攣り、真っ青に血の気を失っている。


「や、やめてくれよー! 誰か、誰か助けてー!」


 涙混じりの声で絶叫を轟かせる狩谷の周りには、二人の男子がボロ雑巾のように哀れな姿で横たわっていた。

 顔面は強く殴打され、痣と血に塗れている。腕や足も不自然な方向へ曲がっていて、直視するのもはばかられる程の姿だった。

 しかし拓人の目を最も引いたのは……巨大な影の腹部に背中を減り込ませている、小柄な少年の姿だった。


「……ヨッシーッッ!」


 悲痛な叫びで拓人が呼びかけた名前は、他ならぬ友人の名前だった。

 法健は今日学校の帰りに別れた時と同じ制服姿で、生気の感じられない虚ろな瞳で佇んでいる。


「あ、あさみや! た、助けてくれーっ! こいつ、これ、化け物だぁぁっ!」


 はひはひ、と今にも息絶えそうな様子の狩谷が、拓人の存在に気付き大声で助けを請う。


「お前! これは一体どうなってんだ? 何でヨッシーと……このデカブツはっ……?」

「知らねーよぉ! 吉田から急にコイツが出てきて、加藤と柴崎をやっちまったぁ!」


 加藤と柴崎とは、砂利の上で転がっている二人の事だ。

 拓人の位置からでは遠目で良く分からないが、辛うじて生きている事を示すように、二人の方から呻き声が聞こえてくる。


「そんな……まさか法健に、《星魔》が憑依して……?」

「――――拓人君!」


 驚愕に身を震わせて、凍りついたようにその場を動けなくなっていた拓人。

 その背中へ届く声に拓人が振り返ると、追い付いてきた闇朱が荒い息で土手の傾斜を滑り降りてきた所だった。


「大丈夫っ? ――嘘、……吉田君っ……?」


 拓人の隣に立ち、橋の下に広がる光景を確認した闇朱が目を見開いた。

 両手で口元を覆い、法健の姿に見入ってしまう。

 拓人と共に呆然と立ち尽くしていると、人形のような冷たい面持ちをした法健が、ゆっくりと拓人の方を見つめてきて。


「…………あさ、みー……?」

「ヨッシー! 大丈夫かっ? どうしたんだよ、一体!」


 感情の籠もっていない平坦な口調で、拓人の名前を法健が呼ぶ。

 拓人はその声に反応し、法健へ駆け寄ろうとした。


「……うう、……あああぁぁっ!」


 すると突然法健は頭を抱え込み、苦しみに満ちた絶叫で喉を震わせる。

 まるで錯乱状態に陥ったみたいな姿に拓人が驚くと、その瞬間に黒い巨人の身体が浮き上がった。


「なっ……ヨッシー!」

「吉田君!」

「わあぁぁぁ! 助けて! 麻宮助けてーッ!」


 拓人と闇朱の呼ぶ声を振り払うように、巨人の形をした《星魔》が法健と狩谷を連れて川の中州の方へ飛び去っていく。

 助けを求める狩谷の声が、尾を引いて遠ざかっていった。


「あ、闇朱! 大変だ! 急いで追いかけないと!」

「うん! でもあの二人、酷い怪我してる……何とかしないと!」

「あ、そうかっ!」


 裸足に石ころを食い込ませながら、闇朱が倒れ伏している加藤と柴崎へ駆け寄ろうとした。

 拓人もそうしようとした瞬間、二人の横を一陣の風が吹き抜けていく。


「――麻宮、救急車を呼んで。この場は私が何とかする」

「えっ……義乃っ……?」

「あんた……!」


 拓人と闇朱が驚きの声を上げる。二人を追い抜いた風の正体は義乃だった。

 大怪我をしている加藤と柴崎の傍らへしゃがみ込み、彼らの具合を診ている。


「酷いな……おい、お前! 治癒術は使えるかっ?」


 義乃が鋭く質問を飛ばすと、言葉をぶつけられた闇朱は一瞬言葉に詰まり、力なく首を横へ振った。


「……あたしはまだ、使えない……」

「――仕方がない。私が治癒術をこの二人にかける!」

「おい、義乃! 一体お前、どうしてここがっ……」

「強い《星魔》の気配を感じて飛んできた。そんな事より麻宮、早く救急車を!」

「あ、おお! 分かった!」


 大声を張り上げる義乃の姿に、一刻を争う状況なのだと即座に拓人は理解する。

 急いで携帯電話を取り出して、救急車を手配して貰うように消防へ連絡を取った。

 その間に義乃は法具を手にし、拓人へ封印を施した時のように厳かな口調で呪文を唱えていく。

 片翼が黄金色の光を帯びて、横たわる加藤と柴崎の身体を照らし出した。


「いま我が手に一つの原初を。原初は祝福を受け、伏せる者を癒す光とならん」


 義乃の静穏な呟きと共に、加藤と柴崎の顔面から腫れと痣が少しずつ消えていく。

 見る見る内に怪我が癒えていく様子を、拓人と闇朱は驚きの表情で見つめていた。


「凄ぇ……凄ぇよ、義乃!」

「……凄い……」


 興奮する拓人と、深く感嘆の溜息を漏らす闇朱。


「……よし。これで救急車が来るまでの間は大丈夫」


 苦悶の表情を浮かべていた加藤と柴崎が、今は大分安らいだ表情で眠っていた。

 義乃は怪我人の傍から離れ、闇朱に向かって素早く近付いていく。


「……私を撒いた事は、取り敢えず不問にする」

「うっ……」


 義乃の言葉を受けて、闇朱は気まずそうに顔を顰めた。


「今はあの《星魔》をどうにかする事が先決。……お前、魔人化すると空が飛べたわよね?」

「え、ええ……それが何か?」

「あの中州まで私を運んで。飛んでいけば速い」

「はぁぁっ!? 何であたしがそんな事をしなくちゃ……」

「今は一刻を争う時。これ以上犠牲者を出さない為にも、私が《星魔》を払うわ」


「それだったら、あたしがやるわよ! これでも《夜光》の一員なんだからっ」

「実戦経験の無い半端者には、何も出来やしない。そもそも《星魔》を払うのは《聖血教会》の務めなんだから」

「ちょっと、ストップ!」


 またさっきみたいに喧嘩を始めそうな気配を感じ取り、拓人はレフェリーの如く少女二人へ制止の声をかけた。


「言い争ってる場合じゃない。ここはお互いに協力し合おうよ」

「協力って……《聖血教会》の奴となんて……」

「私だって《夜光》の人間と慣れ合う心算は無い」

「いいから落ち着いて話を聞け! 闇朱は義乃の言う通り、実戦経験がほとんど無いだろ? 苺莉亜さんもいないのに、一人で突っ込むのは無謀だ」

「うっ……それは……」


「義乃も《星魔》と戦った経験は豊富そうだけど、人に物を頼む時は態度を少し和らげないとな。今は確かに一刻を争うけど、喧嘩腰じゃあ上手くいくものも、いかなくなる」

「むっ……ぅ」


 拓人の指摘を受けて黙り込む少女二人。

 少年の言葉が的を射ているのに気付いての事だったが、拓人自身も内心でかなり焦っている事には変わりない。


「闇朱、魔人化状態で俺と義乃を連れて飛ぶ事は出来るか?」

「それは、多分大丈夫だと思う……」

「それじゃあ早速頼む! ヨッシーと狩谷を助けないと!」

「……分かった。――魔憑身!」


 強い意志の籠もった拓人の態度に後押しされて、闇朱が赤い燐光を纏い身体を変化させていく。

 義乃は竹刀を取り出して、法具を発動させると共に黄金に輝く剣を手にした。


「――よし、準備は良いな? 行こうッ!」

「それじゃあしっかり掴まってて、拓人君。……アンタも落ちるんじゃないわよ」

「……愚問。そっちこそ途中でへばらないでよ」


 視線で火花を散らすように見つめ合う闇朱と義乃。

 しかしそれ以上は言い合う事は無く、変身を終えた闇朱が拓人と義乃の手を握り、ふわりと宙へ浮かび上がった。


「……おおっ。……よし、闇朱、頼む!」

「はあぁぁっ!」


 初めての浮遊感に驚きの声を漏らした拓人は、意を決して闇朱に声をかけた。それと同時に闇朱は橋桁から飛び出して、真黒川の水上を滑るように中州へ向かっていく。


「あ、あそこだっ……!」


 顔に当たる風に片目をつむりつつ、拓人は中州に林立する木の間に《星魔》を発見した。

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