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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
26/48

拓人と闇朱

 即座に電話口へ出る義乃の表情が、きりりと引き締まった。


「――はい。……いえ、そちらの方こそお疲れ様です。……はい」


 真剣な様子で話し始めた義乃の様子からすると、相手は重要な人物らしい。


「……グエインきょうがっ? 本当ですか? ……あ、はい。少々お待ち下さい」


 驚きの声を漏らした義乃が、一旦携帯から顔を離して拓人を振り返る。


「ごめん、ちょっと雑音が入り過ぎるみたい。少し外すから、ここで待っていて」

「ああ、そうか。オッケー、了解だ」

「それじゃあ、また後で」


 足早に人混みから抜け出ていく義乃の背中を、拓人は心配そうに手を振って見送る。

 義乃の真剣そうな表情を思い浮かべつつ、自分に関わる事だろうかと思案していると。


「拓人君、今の内っ」

「へっ? ――うわっ!?」


 闇朱が声をかけてきたと思えば、突然拓人の腕を掴んで引っ張った。


「ちょ、ちょっと闇朱! 何処へ行くんだよっ?」

「邪魔者と離れるチャンスでしょ? ほら、こっちこっち!」

「な、だってあそこで待ってろって言われたじゃ……おわっ?」


 拓人の声を無視して、ぐいぐいと有無を言わさず射的屋の近くから離れる闇朱。

 しっかりと掴まれた拓人の腕に、闇朱の豊かな胸の膨らみが形を変えて当たっている。

 一気に赤面して息を荒くしてしまう拓人は、そのまま抗えずに連れて行かれてしまった。


「はぁ、はぁ。……ここまでくれば大丈夫ね。この人混みじゃ、見つけられないでしょ」

「はぁ、はぁ、はぁ……。闇朱、ちょっと強引じゃないか……?」


 人の波に押されるようにしながら、二人は屋台のある広場から抜け出ていた。

 比較的薄暗い、川沿いの下草が広がる辺りまでやって来ると人通りも疎らである。


「だって、こうでもしないとアイツが何処までも付いて来るでしょ?」

「そりゃそうだけど、ここまで一緒に来たんだから、別にもう気にしないでも……」

「ふ~ん……。拓人君はそれで良いんだ? ……あの子、結構可愛いもんね……」

「――な、何を言ってるんだよ? 別にそういう意味じゃ……ってか、何かいつもとキャラが違くないか? 闇朱……」


 闇朱は円らな瞳を半分に細め、じろん、と纏わり付くような視線を拓人へ送っていた。

 普段学校で見慣れているのとは異なる雰囲気や表情、言葉遣いの数々。

 拓人は片側の口端を引き攣らせながら、闇朱をおそるおそる見下ろしていた。


「いつもと違う? ……それはだって、そうだよ。……普段学校では絶対に見せないあたしを、今は隠さないで全部出してるもん」


 拓人の腕からするりと身を離し、闇朱が川の方へ数歩進んだ。

 からりころりと、少し寂しげに下駄の音が鳴る。

 爪先でこつん、と小石を蹴る音も一つ。


我儘わがままを言ったり、ねたりもするよ。ムカつく事があれば、乱暴な言葉も使っちゃう。さっきも場所を弁えず、アイツと口喧嘩をしちゃったし。……ゲンメツした?」


 拓人から視線を外し、闇朱は街の明かりで照らされる群青色の空を見上げる。

 ぽつりと漏れた語尾の呟きが、微かに拓人の耳へ届いていった。


「……ううん。そんな事ない。……どっちかってーと、嬉しい……かも」

「――嬉しい?」

「ああ。何て言うか新鮮な感じで、面白いっつーか」

「ええーっ? うっそ~。……あはは、でも良かった」


 闇朱は意外そうに驚いたが、拓人の言葉に安堵して明るい笑みを浮かべていく。


「……学校では波風立てないように、普段は無理してる?」

「んー……一概いちがいに無理してるって訳でもないんだ。あの『私』も、『あたし』には違いないから。基本的に人とは仲良くしていたいし。だから何時も笑顔は絶やさないようにしてる」


 にっこりと屈託のない笑顔を浮かべる闇朱を見つめながら、拓人は少し心臓の鼓動が早まるのを自覚した。

 それは自分と近しいモノを感じた時の共感、そこから生まれる喜びだ。


「へぇ……驚いたな。俺もさ、そんな感じ。誰かと衝突したり、争ったりするのは苦手。なるべく穏便に、中立にって生き方してきたから。……何か、親近感湧く」

「ああ……拓人君、そんな感じするもんねぇ」

「え、分かるのか? そんな雰囲気、かもし出してた?」

「出してるよ~。おっきな身体してるのにさ、いつも小さく縮こまってるイメージ」


 闇朱は狭い檻に閉じ込められたクマを想像したりして、一人でクスリと笑みを零す。


「そうなのっ? うっわ~……何かハズいんだけど。不自然だったかな? そんなに」


 拓人は誰にも気付かれないように、自然体を装っていた心算だった。

 だから闇朱の意外な指摘に動揺し、恥ずかしさで頭を抱え、しゃがみ込む。

 その様子がウケたのか、口元を片手で押さえつつ闇朱は拓人の肩へ手を置いた。


「アハハッ。ううん、不自然っていうか、凄く周りに気を遣う人なんだな~って思ってた」

「そうなんだ。……何か、カッコ悪ぃ……」

「そんな事無いよ。拓人君は優しいんだと思う。……すっごく優しくて……で、変人」

「変人は余計だろ~っ?」

「だって変人だもん!」


 祭会場に流れる陽気な音楽をバックに、二人の楽しげなやり取りは続いた。

 辺りも段々と暗くなり、夏虫達の合唱が周囲の草むらから響いていた。


「……闇朱。闇朱はさ、どうして《夜光》に入ったんだ?」


 ふと虫の音が途切れた頃合いを見計らって、拓人が闇朱へ問いかける。

 ずっと気になっていた事を、やんわり窺うような視線を向けながら。


「……あたしね。小さい頃に、お母さんが死んじゃったの」


 返された答えは予想外で、拓人は少し驚いた顔で闇朱を見つめる。


「お母さんの事が凄く好きだったから、暫くの間はずっと引きずってたの。何をするのも悲しくて、何でもない時に涙が出ちゃったりした。……酷く落ち込んでたな、今思えば」

「そうだったのか……」


 今の明るい闇朱からは、ちょっと想像できない昔の姿。

 拓人は小さく相槌を打って、話の続きに耳を傾けていく。


「それから何年か経った後にね、お父さんが急に再婚するって言い出したの。――あたしはその瞬間、目の前が真っ暗になって……お父さんの言ってる意味が理解できなかった」


 当時の事を思い出しているのだろう。少し遠い目をした闇朱が俯く。


「あたしは猛反対した。でも結局は押し切られて、お父さんは再婚したの。相手の女も旦那さんを亡くしていたみたいでね。寂しい者同士、傷の舐め合いって事だよ」

「闇朱……何もそんな言い方をしなくても。部外者の俺が注意するのも、なんだけどさ」

「いいよ、別に気にしないで。自分でも分かってるもん。ただ単に、あたしの我儘だって」


 気分を害した様子もなく、闇朱もそっと拓人の隣にしゃがみ込んだ。

 少女の白い項が近くに見えて、拓人は不謹慎だと思っても、少し胸を高鳴らせてしまう。


「再婚相手とも仲良く出来ないし、上手くいかなくてね……一緒の家族生活。結局、いつまでも反抗的なあたしに手を焼いたお父さんに、家を追い出されちゃった」

「ええっ!? マジかっ? ……それじゃあ闇朱は今、どこで暮らしてるんだ?」

「駅前近くのタワーマンション。『清玄アルティメイツ』っていう」


 闇朱が呟いた名前を聞いて、拓人が驚きで吹き出す。


「ぶっ! それってあの高級そうなマンションかっ? ……金持ちなんだな、お前……」

「お父さんのお金よ。一応イラストレーターやってるしね。その世界じゃ結構有名みたい」

「ああ、そうなんだぁ……って、家を追い出されたんじゃなかったのか?」


 てっきり住む所が無い放浪少女を想像していただけに、駅前の高級マンションと結びつかず拓人は混乱する。


「追い出されたも同じだよ。『不満ばかり言うなら出ていけ、自分一人で好きに暮らすと良い』……なんて言われたんだから。だから高校入学に合わせて、ここにあたしだけ引っ越してきたの」

「はぁ……そういう事だったのか……」


 ぎゅっと自分の膝を抱え込む闇朱を眺めながら、何やら複雑そうだと拓人は思った。

 こういう時に何て声をかけたらいいのか分からない、自分の拙さに歯噛みする。


「……悪い事ばかりでもないんだけどね。新しい母親にも連れ子がいてさ……双子の女の子でね。この子達はすっごくカワイイの!」

「へ、へえぇ……」

「『わらび』と『くずり』っていってね。あたしにも懐いてくれて、イイ子達なんだよ~」


 蕩けるような笑みを浮かべる闇朱が、両手でちっちゃく拳を作ってぶんぶんと振った。


「へぇ~。そんなに可愛いんだ。それは是非、一度見てみたいな~」

「あ、写メあるよ。見る?」

「マジ? 見る見る! ……おおー、すげー! 本当に可愛い……」

「でしょでしょーっ? 右の子がわらびで、左の子がくずりだよ」


 携帯のディスプレイに浮かぶ、十二~三歳位の愛らしい少女が二人。

 良く似た面立ちをしているが、わらびは髪が長く服もふわっとした感じ。

 くずりはボーイッシュで、動きやすそうな服装をしていた。

 拓人と闇朱は二人して双子を褒めちぎり、お互いに笑い合った。


「……でもね。やっぱりお父さんの事が心の奥で常に引っかかって、無くならなかった」

「…………闇朱」

「お金は出して貰ってるし、色々と自由にさせて貰ってる。……でも結局あたしの事は放っておいて、仕事や新しい家族との生活を優先してるお父さんが、許せなかった」


 闇朱は携帯電話を巾着袋へ仕舞いながら、再び思い出の中へ浸るような瞳を浮かべた。


「そんな暗くて苦しい気持ちが、どんどん積み重なっていったある日ね。……あたしは、《星魔》に襲われたの」

「ええっ!?」


 驚きの事実を知らされて、拓人は思わず目を剥いた。


「前にも少し話したけど、《星魔》は人の感情に惹かれて憑依する事があるの。その時のあたしと波長が重なったみたいで、凄く大変な目に遭った……」

「そ、それでっ? 一体どうしたんだ?」


 今こうして無事な闇朱を目の前にしていても、心配で慌てる拓人が話の続きを催促した。


「うん。……その時にあたしを助けてくれたのが、苺莉亜さん」

「苺莉亜……あの人がっ?」


 拓人の脳裏に派手な髪の色と、眠たげな目をした女の姿が浮かんだ。


「そう。完全に《星魔》に憑依される前に、《夜光》式の封印術を使ってあたしの《星魔》を封じてくれた。その時に初めて、組織や世界のバランスの話とかを教えて貰ったんだ」

「なるほど……それで闇朱は《夜光》の一員になったのか。助けて貰った恩があるから」

「うん、それも勿論もちろんあるけどね。……もう一つ、大切な理由があるの」

「へぇ……? ……それは、どんな理由なんだ?」


 噛み締めるような闇朱の呟きに興味を惹かれ、拓人は少し身を乗り出して尋ねていった。

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