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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
25/48

夜祭

雄大に流れる真黒川は、夕日の茜色を受けて鮮やかな赤銅色に水面を輝かせている。

 遠くに大きな橋を眺め、拓人と闇朱は並んで川べりの舗装された道を歩いていた。


「うわぁ……凄い人だね。全国から集まって来るって言う噂は本当みたい」

「本当だなぁ。これだけ大勢いると、はぐれないように気を付けないとな」


 黒いTシャツとデニムのハーフパンツといったラフな格好で、拓人が闇朱の声に頷く。

 しかし本当は周囲の人間など目に入っておらず、拓人の目はある一点に釘付けだった。

 そう。傍らに居る、浴衣を纏った闇朱の姿に。


「……ん? どうかした? 拓人君」

「――いや、何でもない。……浴衣、良い感じだな……って思って」

「ああ、うん……。ありがと」


 照れ臭そうに呟いた拓人の言葉を受けて、闇朱がそっとはにかんだ。

 その笑みに一瞬息が詰まる位のときめきを覚え、ますます拓人の瞳は浴衣姿の闇朱に惹き付けられてしまう。

 浴衣は黒地に赤や白の梅花柄で、表裏が黄色と橙色に分かれた帯が明るくて可愛い。

 結い上げられた黒髪も艶やかで、可愛らしさの中に女の色気がほんのりと滲んでいる。


「これを着た所為で少し遅刻しちゃったから、ちょっと悪いかなぁって思ったんだけど」


 すまなさそうに呟く闇朱に対し、拓人はぶんぶんと勢い良く首を左右に振る。


「いやいや全然そんな事ないって! メチャクチャ似合ってるし! 俺も闇朱の浴衣姿が見られて、凄く嬉しいし!」

「そう? ……良かったぁ」


 ほぅ、と安堵の息を吐く仕草すら可愛らしい闇朱。

 拓人は祭の会場へ来るまでの間に、何度キュン死しかけたか分からない。

 からんころん、と心地よい闇朱の下駄の音に歩調を合わせ、拓人は川べりを進む。


「あ、ほらあそこ! 屋台が一杯あるよー!」

「おお、道理でさっきから良い匂いがしてくると思ったら……」

「拓人君、行こう行こう!」

「っと、そんなにはしゃぐと転ぶぞ~?」


 普段は人々の憩いの場となっている多目的広場に、提灯の灯りが連なって楽しげなムードを漂わせていた。

下駄履きの闇朱が駆け出そうとしたから、拓人は笑いながら注意する。


「あ、あたしコレ食べたい! わぁ、あっちのも美味しそう~!」

「すっげー! かき氷の味、何種類あるんだ、これっ?」


 魅惑の食べ物やアイテムが並ぶ屋台は、押し寄せる人で埋め尽くされている。

 焼きそばやお好み焼き、人気の高いチキンステーキ等のB級屋台メシ。

 チョコバナナやかき氷、クレープ等のデザート系。

しょっぱいの甘いの勢揃いだ。

 子供向けの古い玩具やら、最新型の携帯ゲーム機が当たると謳う妖しげなクジ屋。

 老若男女を問わず、明るい活気に満ち溢れている。

 賑やかな雰囲気に浸りながら、拓人と闇朱は仲良く様々な屋台を巡った。


「おじさん、あんず飴一つ!」

「あ、俺も一つ」

「私はそっちのリンゴ飴を一つ。ついでにミカンも」


「あ、拓人君。タコ焼きあるよ、タコ焼き!」

「おお、いいな。でもヨッシーも後で合流するし、粉物系は後回しにしようぜ」

「タコ焼きを一つ。マヨネーズは控えめ、青海苔とカツブシは大盛りで」


「おっ、ヨーヨー釣りやってる。闇朱、ちょっとやっていこうぜ」

「あは、あたしこういうの絶対ダメだよ~、不器用だからさ~」

「とか言いながら、笑顔でやる気満々に見える」

「…………ちょっとアンタ!」


 上機嫌に拓人と屋台を回っていた闇朱が、急に額へ青筋を浮き立たせた。

 怒声と共にびしぃっと伸ばした指の先に、タコ焼きにパクついてる平井義乃の顔がある。


「人を指差さないで。礼儀知らず」

「そっちが言う!? 部外者のくせにノコノコと付いてきて、一体なんなのっ!?」

「ス、ストップ! たんま! ……あのさ、闇朱、ちょっと落ち着いて……!」


 ぷるぷると戦慄わなないている闇朱を宥めようと、横から拓人が猫なで声で話しかける。


「拓人君はムカつかないのっ? いきなり待ち合わせ場所に現れたと思ったら、強引に付いて来るなんてさぁっ!」

「麻宮の身体は現在、宿主として微妙な状態にある。だから私が監視をするのは当然の事」

「だからって少しは雰囲気を読みなさいよ! 邪魔にならないようにする約束でしょー!」

「二人の邪魔をしている心算はないわ。そっちが勝手にヒステリーを起こしているだけ」

「な、何をーっ!?」


 言い合う闇朱と義乃を前にして、拓人は頬に一筋の汗を垂らしていった。

 待ち合わせ場所へ向かう為に自宅を出た時から、既に拓人の運命は決まっていたのだ。

 待ち構えていた義乃との遭遇。

 半袖の青いチュニックに、カーキ色の細いカーゴパンツ。

 折角の私服姿だというのに、竹刀袋を肩にかけ、染め直された黒髪を後ろで束ねた姿は相変わらず凛々しかった。

 ……勿論、拓人も最初は断ろうとしたのだ。

 しかし封印をして貰った立場上、義乃に対しては強く出られない……というのは建前で、実際は義乃の迫力に負けて同行を許可する事になってしまったのだ。

 無論、闇朱はこの状況に納得していない。

 口調も荒いモノに変わっていて、徐々に彼女の地の部分が顕わになっていた。


「今までは空気だと思う事にして我慢してたけど、出しゃばるなら容赦しないからね」

「面白いわね。お前には神社での借りもあるし……いつでも叩き潰してあげる」

「はーい! 二人とも、そこまで!」


 拓人は強引に二人の間へ入って、己が身体を盾に少女達の視線を遮った。

 今にもバトルが始まりそうな緊張感に耐えきれなくなったのと、騒ぎを聞き付けて周囲に集まって来る、人々の視線が痛くなったのが行動理由だ。


「お互い言いたい事はあるだろう! でもまぁ、ほら、折角の祭なんだし! ここは一つ穏便にいこうぜっ? なっ?」

「……そもそも拓人君がビシッと断ってくれたら、こんなに揉めないで済んだんだけど?」

「麻宮、《夜光》の誘いは断ったんでしょ? なら私の意見を重視するべき」

「だ、だから今日は《夜光》の事は関係ないんだってば!」

「信用できない。そいつが麻宮にいい加減な事を吹き込んで、誘惑しないとも限らない」


「ハァ? あんたさ、いくら《夜光》が嫌いだからって、人のコト侮辱してんじゃ……」

「あー! あんな所に射的屋がある! 俺メッチャやりたい! 二人とも、行こうぜー!」

「あ、きゃっ……」

「ちょっ、麻宮っ……」


 一向に口喧嘩のやむ気配が無い事に絶望し、拓人は強引に闇朱と義乃の手を握り込んだ。

 そのまま少女二人の手を引いて、そそくさと逃げるようにその場を離れる。

 咄嗟にとはいえ美少女二人の手を握り締めてしまった事に、拓人は胸を高鳴らせた。


「あ、すみません! 射的やらせて下さーい」


 何とか目的の屋台へ辿り着くと、拓人はぱっと二人の手を離し、店のおやじへ金を払う。


「……もう、いきなり手を引くなんて……」


 玩具の銃に弾を込める拓人の後ろで、闇朱は赤い頬を膨らませている。

 一方義乃は黙ったまま、じっと拓人に握られていた方の手を見つめていた。


「ほりゃ! うりゃ! ……あー、惜っし~」


 そんな少女二人をよそに、拓人は射的に熱中している。

 コルク製の弾が小気味良い音と共に次々と発射され、七割程度の命中率で景品に当たっていった。

 しかし微妙に位置が動いたり、揺れたりするだけで落下には至らない。


「ほら、頑張ってよ。オトコでしょー?」

「麻宮、もっと重心を読むんだ」


 拓人の一生懸命な様子につられた闇朱と義乃が、揃って声援を送り始める。

 女子二人から応援されて、拓人の瞳にやる気の炎が点火した。決めねば男がすたる。

 新たに金を支払い、弾を補充する。獲物を狙う狩猟者となった拓人は、先程より集中した様子で次々と景品へ弾を命中させていった。


「あ、すごい! やったー!」

「おお……やれば出来るじゃないか」

「良しっ……こんなモンかな」


 感嘆の声を背中に受けながら、拓人は控え目にドヤ顔を浮かべた。

 最終的に獲得できた景品は二つ。

 一つはバラの形をした入浴剤で、もう一つは垂れ耳ウサギのぬいぐるみだった。店のおやじが、持ち易いようにビニール袋に入れて拓人へ渡す。


「えっと……闇朱、義乃。……はい、これ」


 拓人は少し照れ臭そうな顔で闇朱へ入浴剤、義乃へぬいぐるみ(タグにロップ君とキャラ名が書いてある)を差し出していく。


「えっ……良いの? ありがとう、拓人君っ」

「……ロップくん。……これを、私……に?」


 闇朱は嬉しそうに笑顔で受け取り、その場で軽く足踏みした。カランと下駄の音が鳴る。

 一方義乃は驚き顔で袋の口を開き、拓人とぬいぐるみの両方を交互に見つめた。


「ちなみに、この景品の分け方はどういう心算つもりで決めたの?」

「えっ? ……どういう心算って……、えっと……」


 闇朱は小首を傾げて拓人へ尋ねると、義乃も興味深げな視線を拓人へ注いだ。

 尋ねられた方の少年は一瞬答えに詰まり、ちょっと考え込んでから少女二人の顔を見る。


「何となく……かな? 是非バラの香りでリフレッシュしてくれよ、闇朱」

「ふぅん……何となく、ね。……うん、ありがとう。あたしバラの匂いって好き」

「義乃もそいつを眺めたり抱いたりしてさ、もふもふっと癒されてくれたら嬉しいかな」

「麻宮……。……あ、有難う」


 拓人は正直に、己の直感に従った答えを二人へ告げる。

 闇朱は嬉しそうに目を細める。

 一方、微かに震えた声で礼を告げる義乃の顔は、何だかおずおずと戸惑っているようだ。

 それでも義乃はぎゅっとロップ君を抱え込み、拓人をほっと安堵させた。


「おう、いやいや、どういたしまして」


 取り敢えず二人とも受け取ってくれた。男の面目も保てて、拓人は満足気だ。


「さて、次は何処どこへ行こうか。花火まではもう少し時間あるし……」


 そう拓人が提案した時だ。

 不意に義乃の携帯電話がバイブレーションと共に鳴り響く。

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