魔は暗き心に惹かれ
花菱学園からの帰り道。
法健はとぼとぼとした足取りで、蝉時雨が響き渡る公園を歩いていた。
さほど広くはない敷地内に、遊具は象の形をした滑り台と小さなブランコ。
後はベンチに手洗い場が設置してあるだけで、他には何もない。
園内に自分以外の人影はなく、法健は強い日差しから逃れるように、木陰の下にあるベンチに座った。
「はぁ……」
法健は深い深い溜息を吐く。溜息の原因は無論、苛めの事だった。
鞄を開けて茶色の封筒を取り出す。
中には拓人と闇朱が拾い集めた漫画の原稿用紙が入っていた。
これらは法健がとある漫画雑誌の新人賞へ応募しようと描き溜めていた物で、完成した際には友人である拓人へ一番に見せると約束していた物だ。
しかし今は見るも無残な姿へと変わり果ててしまい、法健の瞳にじわりと涙が浮かぶ。
「馬鹿だよな……僕。……学校に持っていくなんて……」
大勢の人間が集まる場所だ。何が起こるか分からない。
自分を苛めてくる奴だって居るのに、どうして大事な作品を持っていってしまったのか。
悔やんでも悔やみきれない思いに苛まれ、法健はぐすぐすと鼻を啜った。
一生懸命に仕上げた原稿だった。
出来上がった喜びでつい有頂天になり、気が緩んでしまったのかもしれない。
一番の友達である拓人に見て欲しい。感想を聞かせて欲しい。それだけを考えていた。
楽しんで笑ってくれる拓人の顔を想像して、期待に胸を膨らませていた。
しかし結局、其の気持ちが仇となってしまった。
「原稿管理をキチンとするのも、作家として当然の仕事だよな……」
自分の迂闊さを呪う法健だが、呪うのは自分自身だけではない。
三人組に対する怒りと憎しみの感情も沸々と湧き上がり、心を黒く染めていく。
穏やかで呑気そうな法健の顔つきが険しく歪む。
身体中の体液が恨みという毒に変わって、細胞を腐らせていくみたいな苦しみに喘いだ。
(オオ……)
不意に静穏な公園の一角で、妖しき魔の気配が突如として生まれる。
苦しむ法健の背後で、黒いモヤのようなものが不気味にゆっくりと蠢いていた。
木の影に紛れながら少年に向かって進む姿は、まるで気体になったアメーバだ。
法健はその気配に気付かずに、三人組へ対する恨み言を吐き出していた。
他人の前では決して見せない、苛められた悔しさに悶える姿だ。
止めようと思っても吐き出さずにはいられない、激しい憎悪に喘いでいる。
(オオ……スバラシイ。スバラシク ケガレタ ココロ ダ……)
不定形の魔物は法健へ親近感を覚えたように、じわじわと黒い触手を伸ばし始めていく。
「……はぁ、はぁ……。……でも、大丈夫。……僕には拓人が居る。優しくしてくれる友達が、居るんだ……」
恨み言を呟いた後に、ゆっくりと小さく笑みを浮かべる法健。
頭に思い浮かべるのは、今日の放課後の出来事だった。
元気を無くしていた自分を気遣って、拓人が真黒川で行われる祭に誘ってくれたのだ。
しかも闇朱も一緒に来るという。
「まさか秤音さんも一緒だなんて……驚きだけど、嬉しいよね」
今まで学校内で会うだけだった闇朱の参加に対して、法健は不思議に思いつつも喜びにクスッと笑った。
本当は情けない姿を見せてしまった手前、断ろうとしたのに。
しかし結局は、拓人の強引で明るい勧誘に乗る事にしたのだ。
残念ながら法健には小用があったので、拓人と闇朱の二人には先に祭へ行って貰う事となっている。法健は後から合流するという事で、話は纏まっていた。
「楽しみだな……」
ぽつりと法健が漏らした、その瞬間。
(オオオォオ!)
「――うわぁっ!?」
急に背後から『何か』に圧し掛かられて、法健はパニックに陥る。
ベンチから転げ落ちた瞬間、持っていた原稿用紙も鞄も地面に落してしまった。
黒い霧状の塊は巨大化し、法健の身体を捕食するように包み込んでいく。
(オマエノ ケガレ イタダクゾ……)
「う、うわああああぁぁぁっっ! た、助けて! 誰かあぁぁ!」
耳元で囁かれるおぞましい声に恐怖を引き出され、法健は全身を強張らせた。
必死に助けを求める絶叫が、空しく宙へ溶けて消える。
そして捕らわれた法健の身体は木の影へ引きずり込まれ、見えなくなった。
後にはただ、開いた鞄と地面に散らばった原稿用紙だけが、法健がそこに居た証として残っていた。




