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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
23/48

友達-1

 拓人と闇朱が廊下を歩いていると、不意に自分達のクラスから一人の男子が飛び出してきた。

 彼は手に数枚の紙を掴んでいて、楽しそうな顔ではしゃいでいる。


「ホーケーがエロ漫画持ってきたぞー!」


 目の前で男子が叫んだ台詞を聞いた瞬間、拓人の背中は冷たくなった。

 ホーケーというのは法健の事で、字面から意地の悪い連想をさせたアダ名だった。

 そして騒ぎ立てている男子は、法健を何時も苛めてくる奴らのリーダー的存在だ。

 名を狩谷(かりや)という。

 はっきり言って、悪い予感しかしない。


「うっわ、おい見ろよ見ろよ! 何ですかこの女キャラは!」

「これホーケーが描いたんだろっ? マジきめえぇぇっ!」

「オタクやばいわ~っ。ほら、皆も見てみろよー!」


 騒ぎ立てているのは一人だけじゃなくて、更に一人、二人と増えて合計三人。

 何時も一緒につるんでいる彼らは、一様に染色された長髪に着崩した制服、派手なTシャツにアクセサリーといったファッションをしていた。

 廊下で呆然としていた他の生徒達をも巻き込んで、三人組は手にした紙を揶揄している。

 どうやら紙は漫画の原稿用紙で、露出の高い女キャラクターの姿等が描き込まれていた。


「や、やめっ……返してよっ!」


 そこへ教室の中から法健が飛び出て来る。青ざめた顔をして、三人組へ向かっていった。


「おーっと、へい、パース!」

「おっけ! ほい、パース!」

「はいはい、こっちだよ、ホーケーくん!」


 三人組は迫って来る法健を避けながら、タイミング良く手渡しで原稿を回し合う。

 そのまま三人組は教室内に戻り、原稿を適当に机の上へ放り投げていった。


「号外~! 号外だよ~!」

「ホーケーのキモ漫画、みんな感想聞かせてね~!」

「やめろってば! 本当に返してよーっ!」


 殆ど半泣きになった法健の悲痛な叫び声が、教室の喧騒に混じって何度も上がった。

 大多数の生徒は三人組の行動を冷めた目で見つつ、特に関わろうとしていない。

 一部の生徒は放られた紙を興味津々な顔で見つめ、三人組と同じように囃し立てていた。

 床の上に落ちたものは誰かに踏まれたのか、靴跡が刻まれ黒く汚れていく。


「これって同人誌ってヤツ? あれだろ? コミケで売るんだろっ?」

「お前なんで知ってんだよ! どこ情報だよそれ!」

「知ってるオメーがきめぇよ!」

「ばっか、博学なんだよ俺は! ホーケー、売れたら俺達にジュース奢ってくれよな~っ?」


 耳障りな大声で三人組は仲良く笑い声を上げ、残りの紙をバッと空中へ放り投げた。

 慌ててキャッチしようとした法健は、椅子に足を引っかけて前のめりに倒れてしまう。

 周囲の机や椅子も巻き込んで、ガラガラと崩れた後は埃が舞い、悲惨な光景だった。


「――大丈夫か! ヨッシー!」

「吉田君!」


 慌てて法健へ駆け寄る拓人と闇朱。

 転んだまま起き上がらない法健を心配し、拓人は手を差し伸べる。

 ――その手はしかし、鋭い制止の声に遮られた。


「触らないでっ!」

「――っ、……ヨッシー……?」

「……っぅ、……っく、……フ……ゥッ……」


 二の腕に顔を押し付けたまま、法健は顔を上げなかった。

 ……いや、上げられないのだ。

 押し殺した法健の泣き声が、拓人の鼓膜を震わせる。

 泣き顔を見られたくないのだと察し、拓人はゆっくりと立ち上がった。


「…………お前らっ……」


 拓人は騒ぎの主犯である三人組を睨みつけ、怒りに震えた声を漏らした。


「あん? なんだよ。あさみー、怒っちゃった?」

「こえーっ、何で睨まれてんの? 俺ら?」


 気易くアダ名で呼ばれたくない連中の、少しも悪びれた所が無い態度に頭の血管が切れそうになる拓人。

 拳を硬く握り締め、三人組へ駆け寄っていった。


「謝れよ! 吉田に謝れっ!」

「はん? 吉田って誰よ? オマエ、知ってるか?」

「知らねーそんな奴。このクラスに居たっけ? ホーケーなら知ってるけど」

「てか何でキレてんだよ、麻宮。まじお前、KYだわ~」

「ちょっと騒いでただけだろ? マジになるとかドン引きですから。空気読めし」


 拓人の心臓はドクドクと鼓動を速め、刺すような痛みを胸の奥へ与えた。

 自分達はまるで悪くないと主張し、それどころか拓人の方に非があると言わんばかりに、好き勝手な言葉を並べる三人組。

 怒りで沸騰した血潮が全身を駆け巡るのに、心は冴え冴えとして冷酷に凍っていく。

 拓人はそんな感覚に染まって、奥歯を噛み締めた。

 即座に狩谷の胸倉を掴んで、殴りかかりたい衝動に襲われる。

 しかし同時に、物凄い勢いで自分の心と身体にブレーキがかかるのを感じた。

 握り込んだ手の平に爪を食い込ませながら、じっとその場で棒立ちとなってしまう。

 拓人は狩谷から目を逸らし、視線を落として俯いてしまった。


「……おいおい何だよ、黙っちゃってさ。ブルッてんの?」

「ビビってるぜ、コイツ」

「つまんね。行こうぜー!」


 立ち尽くすだけの拓人に一瞥をくれて、三人組は面倒臭そうに教室を出ていった。


「…………吉田君……」

「……ッゥ……、……ひっ……ふう! ……ぅっ……!」


 泣き続ける法健を憐みの表情で見つめていた闇朱は、教室内に散らばった紙を一枚一枚拾い始める。

 それらはやがて一つのストーリーを織りなし、一本の漫画作品となった。

 確かにセクシーな女キャラが登場しているけれど、三人組が馬鹿にしたようなエロ漫画ではない。

 闇朱の目から見ても上手いと思える絵が、薄汚れて皺が寄って、台無しになってしまっていた。


「…………くそっ……。……くそっ……!」


 立ち尽くしたままの拓人が、喉を絞るように悔しさを吐き出している。

 ――――何で。どうして自分は何もできなかった。

 大切な友達を、どうして助ける事が出来なかった。

 そう己を心の中で責め続けていた。


 ――キーン、コーン、カーン、コーン……。


 休み時間の終了を告げ、二時限目の開始を報せるチャイムが響き渡る。

 しかし拓人の心は切り替わる事なく、苦しくて暗い感情に暫し包まれたままだった。

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