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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
22/48

安堵と約束

 朝方まで降り続けた激しい雨もやんで、気持ち良い青空が花菱学園の上に広がっていた。

 本日は終業式。一時限目に早々と式を終えた生徒達は、二時限目に行われる学級指導までの短い休み時間を過ごしていた。

 彼らは相変わらず賑やかで、これから始まる夏休みの事や、テレビや趣味、恋愛の話に花を咲かせている。

 そんな校舎の騒々しさから少し離れ、外に面した非常階段で向き合う二人の生徒が居た。


「でも本当に良かった。……麻宮君が無事で」

「ああ。……秤音も無事で、本当に良かった」


 闇朱と拓人の二人だ。お互いに安堵の表情を浮かべている。


「気になって昨日は眠れなかったよ。いつもより早く学校に来ちゃった」

「俺も秤音の事が心配で、すげー早い内に登校したもんなぁ……。でもそのお陰で、朝一番に無事を確認し合えた」


 数時間前の出来事を思い出し、拓人と闇朱は顔を見合わせてくすくすと笑い合う。

 闇朱の事が気になった拓人は早朝の内に屋敷を出て、義乃と一緒にタクシーで学園までやってきたのだ。

 拓人は正門から玄関までをダッシュで駆け抜け、階段を一段飛ばしで上っていった。

 そして汗に塗れ、息を切らせながら二年C組へ辿り着く。

 勢い良く開けた扉の向こう側、ぽつんと一人席に着いていた闇朱の姿を見つけ。

 拓人はへなへなと腰を下ろし、その場に座り込んでしまったのだった。


「まさか出会った瞬間に腰を抜かすなんて……ね」

「だって本当に安心したからさ、急に全身の力が抜けちまったんだよ」


 日の光を受けて語り合う拓人達は、まるで昨日の事など無かったように普段通り……いや、普段以上に親しげな様子だった。

 しかしそれも長くは続かずに、二人にとって重要な話題へ話は移り変わっていく。


「……それで、昨日の事だけど……」

「ああ、うん。……実はあの後さ……」


 話を切り出した義乃に答える形で、拓人は昨日の出来事をかいつまんで説明した。

 闇朱は黙って拓人の話を聞き、驚きや不安の表情を次々と浮かべていく。


「……それじゃあ麻宮君は今、あの義乃って子の封印を受けている状態なんだ?」

「ああ、そうだ。お陰さまで今の所、何の問題も無いよ」

「……だったら私達の仲間になるっていう話は、つまり……」

「……悪い。その話だけどさ、やっぱり断らせてくれ」


 拓人の返事を半ば予想していたのだろう。闇朱は落ち着いた顔で、こくりと頷いた。


「分かった。残念だけど、仕方が無いね。……苺莉亜さんには、私から伝えておくよ」

「本当にごめん。一度了解したのに、手の平を返すような真似をして……」

「麻宮君は悪くないよ。私の方こそ嘘の告白なんかして、本当にごめん。改めて謝る」

「いや! あれは、まぁ……気にしてないから」


 真摯な態度で頭を下げる闇朱を見下ろしながら、拓人は首の後ろをかいてほろ苦く笑った。

 全く気にしていないと言えば嘘になるが、かと言って怒ってる訳でもなかったから。


「でも苺莉亜さんが出てこなかったら、分からなかったかもだぜ。かーなーり、本気にしてたから。あの時の俺は」

「……苺莉亜さんの事、まだ『さん付け』で呼んでくれるんだ? ……てっきり怒ってるかと思った。『あのアマァ、ふざけんじゃねーぞ!』……って」


 突然闇朱がドスの利いた声を発するものだから、拓人は可笑しくてぶっと吹き出してしまった。


「あ、あはははは! 俺ってそんなイメージなのかよ?」

「だってさ……ムカつかない? あたしに対してだってそうだよ。麻宮君、絶対に怒ってると思った。……それなのに、私達の怪我の心配までしてくれてさ」

「別に……怒ってないよ。怒ってたらあの時、助けようとなんてしないし」


「……あたし達が助ける筈が、逆に助けられちゃったね」

「気にするなよ。俺は秤音と苺莉亜さんを守れて、嬉しかったんだからさ」

「どうしてそこまで? あたしはクラスメイトだからまだ分かるけど、苺莉亜さんは初めて会った相手なのに」


「ん? ……ああ。……ちょっと強引だけど、悪そうな人じゃないから。例え《大星魔》の力が目当てで俺を誘ったんだとしても、助けてくれようとした事には変わりないし」

「……はは。……本当に変わってるね、拓人君は」

「えっ……?」

「あっ……」


 拓人の言葉を受けて、花が綻ぶように魅力的な笑顔を浮かべた闇朱。

 その唇からふわりと紡がれた下の名前に、拓人は思わずどきっと胸奥を騒がせ、闇朱の顔を見つめ返した。

 闇朱の方も無意識に呟いてしまったらしく、少し驚いた顔で自分の口元へ触れている。


「ごめん……なんか、自然に名前で読んじゃった」

「あ、ああ……良いよ、別に。秤音が好きなように呼べば」

「…………ううん、良くない」

「ええっ……?」


 拓人は照れながらも勇気を出して了承したのに、闇朱から否定的な言葉が返されてショックを受けた。

 ちょっと悲しそうに闇朱の顔を窺うと、何故かその頬には薄らと赤色が浮かんでいた。


「……あたしの事も、闇朱って呼んでくれなきゃ」

「――ええっ!?」

「ちょっと。『えっ』ばっかりだよ、さっきから」

「ご、ごめんっ……驚きの連続で、つい。……で、でも名前で呼ぶのって、そんな……」

「……義乃って子はフツーに呼んでるのに?」


「あっ……それは、アレだよ。あいつ、同じ学年に同じ苗字の奴が一杯いるから、それで区別がつくように……」

「関係ないね!」

「は、秤音っ?」

「不公平だー。昨日初めて知り合った子の名前は呼べて、付き合いの長いあたしの名前は呼べないの?」

「うっ……そ、それわ……わ」


 なんだか何時もより子供っぽい態度に変わった闇朱が、じぃっと拓人へ視線を注いだ。

 拓人はぎこちない動きで闇朱から視線を逸らし、曖昧に言葉を濁そうとして。


「……だって言ったじゃん。あたしともっと知り合いたいって。仲良くなりたいって」


 不機嫌そうに俯いた闇朱の呟きに反応し、拓人がハッと彼女の顔を見詰める。


「仲良くなるんだったら、まずは名前を呼ぶ所からでしょ……? 苗字だと、何だかヨソヨソシイじゃん……」


 闇朱はぷくっと頬を膨らませ、小さな声で不満を呟いていく。


「へっ? ……だってそれは、秤音に告白されたと思ったからで……」

「じゃあ告白の事が無かったら、あたしとは仲良くなりたくないんだ? ……麻宮クンの気持ちって、所詮はその程度のものだったんだね……。そっかぁー……」

「な、ち、違ッ――!? 俺は本気で、秤音と仲良くなりたいって思ったし! ……あの時の言葉に、嘘はない、し……」


「…………本当?」

「本当!」

「……じゃあ、証拠見せ……ううん、聞かせて」

「うっ……」


 いつの間にか羞恥心で染まり上がった拓人の顔は、茹蛸のように真っ赤になっている。

 何だか知らない内に、逃げられない所まで追い詰められた気がした。

 期待と不安が半々に揺れる、闇朱の上目遣いな瞳が真っ直ぐに拓人を見つめている。

 反則的な表情だと、拓人は心の中で叫んだ。


「…………あんじゅ」

「…………っ……」


 観念したように小さく呟いた拓人の様子を見て、闇朱は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。


「――えっ? ナニ? ……ごめん、聞こえなかっ……た。……もう一回♪」

「ちょっ、オマエいま絶対聞こえてただろっ?」

「聞いてないよ~。ほら、言って? あたしの顔を見ながら、ちゃんと言って?」


 歌うような、ちょっとリズムをつけた口調で闇朱が再び拓人にねだった。

 そんな愛らしい姿に抗える訳もなく、拓人は自分の熱い耳たぶを片手で摘まみながら。


「…………闇朱」

「…………うん。合格、拓人君」


 改めて名前を呼んだ時、闇朱は柔らかそうな頬を一杯に赤らめて、上機嫌に頷いた。

 拓人も首筋がそわそわと擽ったい気分を味わい、片方の口端を持ち上げて微笑んだ。


「――ねぇ、今夜さ、真黒川(まぐろがわ)でお祭があるの知ってる?」

「え? ……ああ、知ってる。毎年恒例のだろ? あれ凄いよなー、盛大でさ」


 真黒川というのは市内を流れる大きな川の事で、毎年その付近で行われる夏祭りが清玄市民の一大イベントとなっていた。


「……よかったら、一緒に行かない?」

「えっ……?」


 闇朱からの誘いに驚いて、拓人は瞬きを素早く繰り返した。


「それとも、もう誰かと約束してる?」

「いや、そんな事はないけど……。……俺、もう《夜光》には……」

「《夜光》の事は関係ないの。……そーゆうのは別で、ただ普通に遊ばないかな、って……」

「はか、……闇朱……」


 苗字で呼びかけた所を抑え込み、少女の名前を噛み締めるように呟いた拓人。

 闇朱は階段の柵を掴んで校庭を見下ろし、もじもじしながら拓人の返事を待っていた。

 吹き抜けていく湿った風が、闇朱の長い黒髪を大きく靡かせた。


「……いいよ」


 ぽつり。

 胸の高鳴りに押し出された気持ちが、拓人の唇から小さく零れていった。


「……ほんと?」

「うん。……行こう、祭。……何時に何処で待ち合わせる?」

「あ、そ、それじゃあ今日の五時に……あ、いや、五時半かなっ。……清玄駅の広場にある、ペンギン像の所でどう?」

「ああ、あそこな。オッケー。……じゃあ、今日の五時半に」


 清玄駅前広場にあるペンギン像は有名で、待ち合わせ場所のシンボルとして人気がある。

 まったりとした表情のペンギンを思い出しつつ、拓人は二つ返事でOKした。


「それじゃあ、そろそろ教室に戻るか。休み時間も終わりそうだし」

「うん、そうだね。……それじゃあ、行こう」


 短い休み時間に対して、密度の高い会話を交わした二人。

 ――昨日までの関係とは、何かが違う。

 上手く言えないが、グンと新密度が増した気がする拓人と闇朱。

 二人とも何処か面映ゆそうにしながら、校舎へ戻る扉を潜り抜けていった。

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