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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
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口付けと、封印

「……話が大分逸れたみたい。……今から封印、施すから……」

「――あ、ああ! そうだな、そうだった。……よろしく頼む」


 二人の間を漂っていた重い空気を払うように、拓人は少し明るい調子で同意した。

 義乃はまだ少し元気が無い様子だが、激情の炎は取り敢えず沈静化したように見える。


「……それじゃあじっとしたまま、動かないでいて」

「りょ、……了解」


「……いま我が手に一つの原初を。原初は祝福を受け、魔を戒める楔とならん」


 落ち着いたアルトの声が、拓人の鼓膜を震わせ始める。

 神聖な響きを含んだ言葉は、何かの呪文か聖句のようだ。

 ちゃり、と涼やかな音色を奏で、義乃が掌から法具を垂らした。


「正しき行いには正しき糧を。彼の頭上に優しき慈悲の雨を降らせたまえ」


 まるで寄せては返す漣の音色みたいに、優しく大きく自分を包み込んでいく義乃の声。

 自然と心が穏やかになって、拓人の心臓の鼓動も安らかなリズムを刻み始める。


「我、いま、ここに聖なる力の行使をもって、迷える者の導き手とならん」


 言葉が進む程に法具が黄金色の光を帯びた。

 それは徐々に輝きを増すが、不思議と間近で見ていても眩しさは感じない。

 すると畳の上を滑るように、義乃が拓人の方へ更に近付いてきた。

 その手が静かに拓人の首筋へと触れ、ゆっくりと胸元の方に流れてゆく。


「よ、よしのっ……!?」


 少しひんやりとした義乃の指が、風呂上りで高めの体温へ鮮やかな感触を与えてくる。

 穏やかだった心音が急にどきどきと騒ぎ出し、拓人は上擦った声を漏らした。

 そんな拓人の様子を気にする事もなく、詠唱に集中する義乃は瞼を徐々に下ろし。


「願わくは天に祈りを。地に法を。海に安らぎを」


 法具の輝きが更に増し、部屋の中は黄金色に染め上げられる。

 義乃の指が拓人の胸へと辿り着き、紫の印をそっと一撫でした。

 そして聖なる力に満ちた法具に、軽く義乃は唇を触れさせる。


「……聖なる血に連なる者へ、至上の光を与えたまえ……」


 最後の一句を告げた瞬間、義乃が法具から拓人の胸へ唇を移し、印の上へ口付けを重ねていった。

 ――どくん、と大きい心臓の高鳴りが拓人の胸へ一斉に広がる。

 繊細で温かな唇の訪れと、全身へ流れ込んでくる不思議な力の存在を感じて。

 拓人は夢心地で息を吐き、ただただじっと義乃の行為を受け止め続けていた。


「……んっ……」

「……う、は……ぁ」

「……麻宮? ……あさみや?」

「ぅ……は、ぇ……?」

「封印の儀式、終わった。……術は成功よ」

「――あ、ああ! そう! ……それはうん、良かった……ありがとう、義乃」


 いつの間にか終わっていたらしい封印の儀式。法具の光も消えていた。

 後半は義乃の口付けの事しか頭になかった為、ぼーっとしていた拓人は慌ててぺこりと頭を下げる。


「……顔がにやけてる」

「ええっ!? そ、そんな事はないぞ!」

「……倉庫の時も、そんなカオをしてた」

「えっ!? あ、いや……あの時は、そのっ……」

「ヘンタイ」

「――――へッ!?」


 義乃は狼狽する拓人を半眼で見つめてから、ふいっと顔を横へ逸らしていった。

 今日知り合ったばかりの女子から、同じ日に二度も与えられた口付けの感触。

 しかしそんな幸福と引き換えに与えられた「ヘンタイ」の称号。

 気分を害してしまっただろうかと、拓人の背中を冷や汗が一筋流れ落ちる。

 そんな思いに気付いているのか、いないのか。

 義乃は静かに立ち上がった。

 部屋の奥へ歩んでいけば、襖に手をかけて拓人を振り返り。


「今日は疲れたし、もう寝る。私は隣の部屋で寝るから、麻宮はここを使って」

「あ、ああ! わ、分かった」

「そこの押し入れに布団が入ってるから」

「お、おう! 色々と気を遣わせて悪いなっ」


 義乃が指差した押し入れを一瞬見やり、どこか居心地が悪そうに拓人は身じろぐ。


「ああ、それと……」

「……うん? 何だ? まだ何かあったか?」

「もしも寝ている間に、私に変な事をしようとしたら……刺す」

「さっ――!?」

「お休み」


 かたん。襖の閉まる音。

 隣の部屋に行った義乃を見送る体勢のまま、拓人は暫し硬直していた。


「……刺すってナニで? ……どこを……?」


 震える声を漏らし、自分の身体を見下ろす拓人。

 怯えの表情を暫し浮かべ、去り際に見せた義乃の鋭い表情を思い出す。

 氷の仮面を思わせる、怖い顔だった。

 ……だが、しかし。


「……意外と面白いヤツなのかも、な。……義乃って」


 なんだか可笑しくなって頬を緩めると、胸の印へそっと触れる。

 《大星魔》の証をまだ怖いと思うが、身体が震えてしまう程ではなくなった。

 義乃への感謝を胸に抱きながら、拓人は暫く封印の余韻に浸り……。

 まだやまない雨の音を耳にして、障子越しに外の方を見つめる。


「……秤音……」


 心配そうに目を細め、クラスメイトの顔を思い浮かべる。

 最後に見た姿は、かなり弱っているように見えた。無事だろうか。

 闇朱の安否を気遣う拓人の気持ちを、湿っぽい夏の夜が静かに包み込んでいった。

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