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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
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その心は金剛石のように

「中には常識的な者もいる? その真っ当に生きている者の生活を、一部のふざけた輩の所為で乱される事こそが不条理だと言っているの!」

「よ、義乃……?」

「テレビのニュースを見ても分かるでしょ、麻宮。世界は不条理で理不尽な事に溢れている。世の中は多少悪い事をしても、バレないように要領よく立ちまわった方が楽。そんな風に考えている奴が大勢居るのよっ?」


「……ど、どうしたんだよ? 急に熱くなって、さ……?」

「百の悪事を働いたものが、一つの善行を行えば褒め称えられ、百の善行を行った者が、たった一度過ちを犯しただけで非難される! 悪に堕ちる事は容易くて、正義を貫く事は本当に厳しい。……不公平だと思わない? ……麻宮」


 鋭い光を放つ双眸に射抜かれながら、拓人は神社で見た義乃の怒り狂う姿を思い出す。

 普段は冷静で淡々としてる彼女が、実は内側に嵐のような思いを秘めている事を知った気がした。

 そう思えば、拓人は義乃を優しく宥めてやりたい気持ちになっていく。


「……何となく分かるよ。散々周りに迷惑をかけてた奴が、何かの弾みで良い事をすれば『実は良い人』って思われてさ。……普段から真面目で優等生な奴が、うっかり悪い事をすると『実は悪い人』だったって思われる。漫画とかでもよくあるパターンだ」


 熱くなる義乃の言葉に最初は戸惑ったが、今は穏やかに自分の考えを口にする拓人。


「一つ良い事をしたからって、今まで犯してきた罪が消える訳じゃない。一つ悪い事をしたからって、今までの善行が嘘になる訳じゃないのにな。……人ってさ、そういう印象操作っつーか、ギャップに弱かったりする所……確かにあると思うよ」


 ゆっくりと言葉を噛み締めながら、拓人は両手を組んで親指同士を擦り合せた。


「だからそーいう事を含めて、お前が世の中は不条理だ、理不尽だ……って思うのなら、それは仕方がないと思う。……真面目に生きてる奴を尻目にしてさ、ルールを破ってラクしてる奴らが世界には一杯居るんだと思うぜ、実際」

「そう。世の中で最も称賛され、認められるべきは正義を行う人々の筈。……悪事を働いたり、真面目な者を馬鹿にしたりする奴は最低よ。……だから私は《聖血教会》に入った。《星魔》を殲滅して、この世を正しい者達にとって優しい世界に変える為に」


「……うん。……でもさ。……悪い事も、してしまう。それが人間ってものじゃないか?」

「……何? 何を言い出すの、麻宮?」


 熱弁をふるう義乃の思いを聞いて、ふと拓人は指を解き、ぽりぽりと頭をかいた。

 対して義乃は双眸を鋭く細め、拓人が何を言おうとしているのか確めようとする。


「確かに真面目に生きる事、正しく生きる事って大切だと思う。だけど人ってそれだけじゃ、生きていけないような気がするんだ」

「……なら麻宮は、世の中がこんなに不条理なままで良いというの?」

「そういうんじゃないけど、さ……」

「――なら、どういう事?」


 半端な意見なら許さないとばかりに、義乃がきつい口調で拓人へ問い質した。

 綺麗な顔立ちをしているだけに、睨まれると迫力が増すなぁと拓人は思った。


「世の中から不条理な事が無くなって、今よりも沢山の人が幸せになれたら、それはとても良い事だと思うよ。でも義乃が言っている事は、とても……なんつーか、厳しいんだ」

「厳しくて当然でしょ? 断固たる態度で臨まなければ、この腐った世の中は変わらない」

「人は厳しいだけじゃ、正しいだけじゃ生きていけない気がする。……まだ高校生の俺がさ、こんな事を偉そうに語れる程の人生経験がある訳じゃないけど。……でも人間って、ただ生きているだけでも悪い事ってしちゃう生き物なんだよ」


「……随分と分かった風な事を……言うんだ?」

「あはは、ホントにな。自分でもそう思う。……でもさ、義乃。今まで生きてきた中で、お前は一つも悪い事をしてこなかったのか?」


 拓人がそっと瞳を細めて尋ねると、非難の表情を浮かべていた義乃が言葉に詰まった。


「例えば俺はさ、今まで沢山悪い事をしてきたよ。学校に遅刻しそうになった時、信号が赤なのに横断した事は数え切れない。自転車の二人乗りをした事もあるし、親父に勧められて少し酒を飲んだ事もある。……そういうの、全部糾弾されたらさ。なんだかとっても、窮屈な世の中になる気がするんだ」


「それは……でも、悪い事は悪い事だし」

「そうだよな。悪いコトは悪いコトだ。でもさ、ルールや法律を必ず守って生きていく事なんて、俺は無理だと思う。どんなに小さな悪事も行わないで生きていける奴なんて、本当に居ると思うか?」


 畳みかけるように、拓人は義乃へ自分の気持ちを伝えていこうとする。

 世の中に対して不公平を感じる義乃の気持ちは、拓人にもよく分かっていた。

 何も悪い事をしていないのに、趣味について誰かに蔑まれる事がある。

 性格が大人しかったり、身体的に問題があったりすれば、そこを突いて苛めてくるような酷い人間が居る。

 宿題を真面目にやってきた者も、その者から宿題を丸写しさせて貰った者も、事実を知らない教師から下される評価は、両社とも同等だ。

 休み時間のトイレへ一緒に付き合わなければ、ヒビが入る女の友情。

 拓人と拓人の周りには、大なり小なり不条理な事で満ちていた。

 しかしだからといって、人が一点の汚点もなく日々を生きていけるとは思えない。

 妥協があり、諦めがあり、失敗がある。――その他にも、きっと一杯。

 そんな弱い部分まで、仔細に指摘されて責められる世界というのは、正直随分と生き辛い世界だと拓人は思った。


「…………だからよ」

「――えっ?」

「人は悪い事をしてしまう。意識的にであれ、無意識的にであれ、罪を犯してしまう生き物。……麻宮の言う通り、私だって完璧な訳じゃない。清く正しく美しく……それだけで生きてこられた訳じゃない」


 不意に切れ長の瞳に猛り狂う炎の熱を宿して、義乃は脚を崩し、拓人へ迫っていった。


「でもだからこそ私は! ……人は完全に悪事から離れられないからこそ、こうして《聖血教会》の一員になったの。待っていても世の中は変わったりしない! 誰も不条理から自分を守ってくれる訳じゃない。だから変えるの! 私が、自分の手で! ……《星魔》を大勢滅ぼせば、それが実現するの……!」

「――ぅ、義乃っ……」


 義乃の片手が拓人の襟を掴み、ぎゅうっと深く強く浴衣へ食い込んだ。

 大柄な身体がよろめく程に強い力を感じて、拓人は一瞬息を詰める。


「で、でも……《星魔》の数が少なくなったら、世界のバランスが崩れて人は生きていけなくなるって……」


 闇朱達から聞いた情報を拓人が告げると、義乃は小さく鼻で笑った。


「ふ、ふ……《夜光》の何時もの言い分よ。……そんな事、実際やってみなくちゃ分からないのに。《星魔》の力を借りるような奴らの言葉なんて、私は信用しない」

「義乃、お前……?」

「私は世界から悪の原因を取り除く。そして不条理に振り回される事のない世の中を、私は創り出してみせる!」


 鬼気迫る勢いでぶつけられる、義乃の叫び。

 それは心の深い場所から湧き上がり、火山の噴火の如く激しい思いの塊だった。

 ここまで清廉潔白に拘る義乃に、拓人は暗い感情の影を感じ取っていった。


「……義乃。……お前、昔に何があった?」

「――――ッ? ……何を、急に……」


 拓人の真剣な問いかけに、明らかな動揺の色を義乃が浮かべる。


「いや、今のお前を見てるとさ……。世界の為にとか、真面目な人々の為に……とかじゃなくて。――お前がお前自身を救おうとする為に、ガムシャラになって世界を変えようとしているんじゃないかって。……そんな風に、俺には見えるんだよ」

「……あ、っ……」


 穏やかに確信をもって紡がれる拓人の言葉を受け、義乃の手から力が抜けていった。


「それはお前自身に、今まで何か不条理な事が起こった所為なんじゃないのか? ……それが辛くて、振り払いたくて。だから必死になっているように、俺は感じる」


 両手を静かに義乃の肩へ置いて、しっかりと拓人は掴んだ。

 痛みは無いが、熱く強い気持ちがそこから伝わって来るのを義乃は感じる。

 ……何か、何か言い返さなければ。

 そんな事はないと、堂々と否定してみせなければ。……そう思うのに。

 そう思えば思う程、義乃は喉の奥に蓋をされたようになって、言葉が上手く出てこない。


「……離して」

「……えっ……」

「肩、痛いから……。離して……」

「――あ、……悪い……」


 やっとの事で声を絞り出した義乃から、そのまま消えてしまいそうな儚さが滲んでいる。

 拓人は今一つ吹っ切れない思いを抱えつつも、素直に手を離してすまなさそうに謝った。

 ……触れた肩の感触は、驚くほど華奢で。

 倉庫で身体を重ね合わせた時以上に、相手が女の子なんだという事を拓人は実感する。

 神社で見せた激しい戦いの印象とは異なる、義乃の弱さを拓人は知った気がした。

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