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ダークシャウト  作者: 焔滴
第二章
19/48

拓人と義乃

「封印って、そんな事が出来るのか!? 苺莉亜さんや秤音も、そんな事を言っていたけど!」

「《夜光》が施す封印術は、《星魔》の力を制御して、己の力に利用する事が目的。でも私の封印術は聖なる力の加護を得て行使するもので、《夜光》の連中とは違う術よ」

「マジかよ……。じゃあ俺は《夜光》の仲間にならなくても、憑依されないで済むのか?」

「……それは少し違う。封印を施したとしても、相手にするのは《大星魔》。おそらく完全に封印する事は出来ない。麻宮が呪縛から解放される為には、《大星魔》を完全に滅ぼす必要がある」


「滅ぼすって……そんな事が可能なのか?」

「私一人では無理だけど、優秀な《聖血教会》のメンバーが居れば可能になる。元々私達は《星魔》をこの世から完全に消滅させる事が使命だから。封印術はその過程で行使する、サポート的な技術にすぎない」

「それで、その優秀なメンバーってすぐに来てくれるのか?」

「今すぐは無理だけど、上層部へ連絡を取ったから近い内に来てくれる筈。その間の時間稼ぎも含めて、私が先に封印を施しておくというわけ」

「……そうなのか? 俺はてっきり、ホリブラの人間が一杯屋敷に詰めてるのかと思ったのに……俺達の他には、管理人のおばちゃんしか居ないみたいだしさ」


 世界的な組織の割には、なんだか物寂しく感じて。拓人は疑問を口にした。


「世界規模の組織とはいえ、一定以上の力を持つ《舞い手》の数はとても少ないの。全ての地域に戦力を配置する事は出来ないし、管理人もただの一般人で私のような力は無いわ」

「えっと、その……《舞い手》って何だ?」

「《星魔》と戦う為に訓練を積んだ戦士の事。昔は巫女が聖なる舞いを踊る事で《星魔》を滅してきたから、名残りでそう呼んでいる」

「なるほど。……その《舞い手》の中でも、義乃は凄い実力者みたいだな? 『小夜啼鳥』……だっけ?」


 拓人は《夜光》の幹部である苺莉亜が、『小夜啼鳥』という二つ名を聞いた途端に態度を豹変させた事を思い出す。


「でもさ、俺の中に《大星魔》が宿ってるんだろ? 覚醒する前に抹殺しようとか考えなかったのか? ……まぁ、そんなの俺は絶対イヤなんだけどさ」

「《聖血教会》は崇高な使命を掲げる正義の組織。そんな簡単に人の命を奪ったりはしない」


 じろりと少し不機嫌そうな目つきで、義乃が拓人を睨みつけた。


「わ、悪い。苺莉亜さんに過激な組織だって聞いたからさ。気に障ったなら、謝るよ」

「あの女と親しいの? 麻宮は。今日会ったばかりなんでしょ? 酷い事されたのに、どうして敬称で呼んだりしてるの?」

「そ、それは……。確かに酷い目に遭ったけど、そんなに悪そうな人じゃなかったし……」

「《夜光》の連中に絆されたりしないで。私が麻宮をここへ連れてきたのも、《夜光》の手から保護する為よ。それと不安定な状態の麻宮を、放っておく訳にはいかなかったから」

「……感謝してます」


「それはそうと、家の人に連絡はしたの?」

「ああ、さっき携帯で。今日は友達の家に泊まるって言っておいたから、大丈夫だ」

「そう、良かった。また何が起きるか分からないし、今夜は私と一緒に居た方が安全」

「……そうなんだよ、な……多分」

「麻宮? 何か気にかかる事でも?」


 迷いの表情を浮かべて俯く拓人に、義乃は小首を傾いで尋ねた。


「いや、俺さ……最初は《夜光》の仲間になる心算だったんだ。《大星魔》に憑依されないで済むっていうし、秤音っていう知り合いも所属しているみたいだし」

「それは駄目。ここに来るまでの間に、麻宮から事情を聞いたから分かるけど……《夜光》は麻宮の力を自分達の物にしたいだけ」

「うん、それは俺もそう思うんだ。……でもさ、自分が助かりたい為に《夜光》の仲間になるって言ったのに……。いざホリブラの方にも解決策があるって分かったら、そっちに期待しちまうのって……」

「何か問題でも?」


「……なんか、ズルくないかなって。優柔不断というか……」

「それは違う。元々麻宮は被害者よ。望まぬ運命を背負わされた訳だから、それを何とかしたいって思うのは仕方ない。だから条件の良い方を選ぶのは当然だし、《夜光》に義理を感じる必要もない」

「……うん。……そう、だよな……。俺も実際、秤音達の仲間になった所で……誰かと戦うなんて事、出来そうにないし」


 呟きながら拓人は顔を上げ、ちらりと義乃を見た。

 凛とした空気を纏い、何処か近寄りがたい印象も抱くけれど、とても親切な女の子だという事は今日の内に理解できた。

 もしも自分が《夜光》に所属してしまったら、義乃と敵対するという事になってしまう。

 そんな事は出来ないと、拓人は心に強く思った。


「……あのさ、一つ聞いていいか?」

「なに?」

「義乃はどうして……ホリブラのメンバーになったんだ?」

「……世の中から不条理を無くすためよ」


 ぽつりと漏れる義乃の声は、冷たく硬い氷のようだった。


「……不条理を?」

「そう。……麻宮は毎日を生きる中で感じた事は無い? 正しい事が踏みにじられて、平然と悪事が横行している社会の不条理を」

「ええっと……悪い。俺ってあんまり社会問題とかに詳しくなくて……」

「別に専門知識がいるような難しい話じゃない。……例えば麻宮が、友達数人と遊ぶ事になったとする」

「友達と遊ぶ……ふんふん」


 拓人は脳内で義乃の話す設定に自分を当てはめ、頷き返した。


「場所は誰かの家でも良いし、外に出かけてもいい。とにかく楽しく過ごす事が出来て、自分も友達も自然とテンションが高くなってくる」

「おお、良いじゃん。家でゲームしても良いし、この時期なら外で花火も楽しいよなぁ」


 頭の中で楽しく遊ぶ光景を思い浮かべ、拓人も自然と笑顔になった。


「……周りには注意する大人もいなくて、次第に遊びはエスカレートしてゆく。……その内に誰かがカクテルやらチューハイやらの缶を開け始め、だんだん宴会のような雰囲気になっていくの」

「……え? いや、ちょっと待とうぜ。未成年に酒は売ってくれないだろ?」

「基本はそうね。でもちょっと頭を働かせれば、調達できない事はないでしょ? 例えば親が買ってきたものを、冷蔵庫からくすねて……とか」


「あ、いや……。でもそれって後で怒られるだろ、親に」

「怒られたって構わない。実の親に警察へ連絡される事もないだろうし。そもそも誰かに注意される位で未成年の飲酒が無くなるなら、誰も苦労はしないだろうから」

「ん……まぁ、それは……確かに……」


 拓人は今までの人生を振り返ってみて、義乃が言うような人間と何人か出会ってきた事を思い返した。

 中学校時代でも酒を飲む奴はいたし、それを周りのクラスメイトに堂々と話しても、文句を言う者や注意をする者はいなかった。

 勿論教師には内緒だったが。

 酒の入手手段は不明だが、成人している知り合いに頼んで買って貰う……という事も出来なくはない。

 犯罪行為に変わりはないだろうけど。

 しかしまぁ、義乃の言う通り。本気でやろうと思えば、未成年の飲酒は可能な事だ。


「で、アルコールが入ると更に気分は高揚して、周りの者にも飲めと勧め出したりする。いけない事だからと拒否した者は、空気が読めない奴だと非難される」

「……まぁ、そういう展開に絶対ならないとは、言えないけどさ……」


 拓人は義乃の話を聞いて、自分の姉である慧の顔を思い出していた。

 慧が大学に入学したての頃、サークルや学科の仲間を集めての新入生歓迎会が行われた。

 場所は当然の如く居酒屋で、未成年の者もその多くが普通に酒を飲んでいたという。

 慧は未成年の上に元々アルコールはダメな体質らしく、ずっとジュースとお茶を飲んでいたのだが、やはり散々周りから酒を飲む事を勧められたらしい。

 ――酒を飲む者は、周りにも飲む事を勧めたがる事が多い。

 その事を慧は今までの大学生活で学んだと、拓人に教えてくれた。


「私にはそれが許せない。なんで一生懸命法律に従い、世の中のルールを守って生きている者が、そういう特殊な場だと逆に悪人のような扱いをされなければならないのか」

「いや、でもさ。そういう無茶な事を言う奴ばかりでもないぜ? 中には常識的な奴もいるし、悪人扱いってのはちょっと言い過ぎじゃ……」

「麻宮は何も分かってない!」

 今まで穏やかで冷静だった義乃が、急に声を荒げてバシンッと畳を叩いた。

 びくりと拓人は肩を竦めて、恐る恐る義乃の顔を窺った。

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